蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

死ぬということ

2025年01月29日 | 本の感想
死ぬということ(黒木登志夫 中公新書)

中公新書でこのタイトルなので、哲学的考察なのかな?と思ったが、実際には人間の死へのプロセス(事故死は除く癌などの病気)や死への準備といったトピックをコンパクトに解説した内容。

びっくりするようなことは書かれていないが、病気の原因と予防や対処法が科学的根拠に基づいて素人にもわかりやすく紹介されている。実用書としてみても一級品だが、さらに紹介されている詩歌も印象的なものが多い。

著者は医学者で一般向け含めて多数の著書があるようだが、1936年生まれで現在88歳か89歳。しかし、記述は明晰そのもので非常に読みやすく、多数のエビデンスが引用されており、掲載されている図表も多くてわかりやすい。巻末にすべての引用元が記載されており、ご丁寧に索引までついている。
最後の方で著者自身が否定しているが、もしかしてAIに書かせたのでは?と疑いたくなるほどだった。

ところどころ、「こんなこと書いて大丈夫か?」と心配になるほど、かなり辛辣なコメントもあって楽しめる。
少子化対策として有効と思われるのは婚外子を社会的に認めることだが、夫婦別姓すら導入できない日本では望めそうもない。
ある大手飲料メーカー(どの会社かすぐ推測できるように書いてある)は多数のサプリメントを販売しているが、ヒトでのテストが必要な(経費が高い)トクホは1品のみ。ほとんどがテストを経ずに(効能の裏付けなく)製品化されている。
有名な社会学者が書いたベストセラー本の内容は(医学的には)デタラメばかり。などなど

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つまらない住宅地のすべての家

2025年01月28日 | 本の感想
つまらない住宅地のすべての家(津村記久子 双葉社)

近所にスーパーは1軒しかなく、コンビニも遠くにしかない、特にとりえもない古びた住宅地に並ぶ10の家。妻が出ていった父子家庭、老夫婦2人の家庭、独身の若者一人の家、近所の大学の教職の夫婦、放浪癖がある息子に悩む夫婦 等々。そんな住宅地の近所に実家がある女性が刑務所を脱獄する。その女が実家に帰ってくるのでは?と疑われ・・・という話。

初出はミステリ雑誌の連載。津村さんがミステリ?と半信半疑で読み始めた。典型的なミステリではないけれどサスペンスの風味は漂い、しかし最後はいかにも津村さん、という結末に着地する。

200ページ強の分量の割に登場人物がやたら多く、しかも多くの場合ファーストネームで記述されているので、中盤くらいまで冒頭に掲げられた地図をいちいち参照しないと誰が誰だがわからない。
単に私の記憶力が衰えただけなのか?ただ、一応名前を覚えた後は、直感的なわかりにくさがミステリ的興趣を醸し出しているような気もした。

全くバラバラに見えた10(脱獄犯のそれも加えると11)の家族の話がラストでキレイに収束するのはお見事の一言。各種書評で高く評価されているのも理解できる。
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バタン島漂流記

2025年01月26日 | 本の感想
バタン島漂流記(西條奈加 光文社)

江戸初期、知多半島と江戸を結ぶ航路の帰り、15人乗りの商船 颯天丸は、知多半島の近くまで来たところで強い西風に流され、黒潮に乗ってしまい、循環流でフィリピン北部のバタン島に流れ着く。全員無事だったが、バタン島の原住民に奴隷のようにこき使われ・・・という話。

実話に基づくフィクションらしいが、江戸時代の航海方法や和船の構造が詳細に描写されていて、ある意味史実よりリアルに感じられた。
特に、漂流中に船頭(リーダー)がどのようにメンバーの士気を維持していくか(全員で協議する、納得性を高めるために最後は神託(くじ)で方針を決める、余計なことを考えないようにルーティンを作って守らせる、等々)の方法論はへたなビジネス書より実用的に思えた。

史実かどうかわからないが、海水を日光で蒸留して真水を得るノウハウが確立されていた、とか、江戸時代より前はどの外航船も方位磁石を持っていたなんていうのも意外な感じだった。

颯天丸のメンバーは知恵と工夫をこらし自力で帰国への道を切り開いていく。なんというかベンチャー魂の塊りみたい。日本人は運命を従容として受け入れる・・・みたいなイメージは間違っているよ、と突きつけてくる感じ。
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碁盤斬り

2025年01月22日 | 映画の感想
碁盤斬り

彦根藩士の柳田格之進(草彅剛)は、藩主秘蔵の絵巻を紛失した罪を着せられ、妻も失い、今は江戸の長屋で娘と暮らす。囲碁が趣味?で、碁会所で商人の源兵衛(國村隼)と知り合い、その店で対戦を重ねる。ある時、その店で五十両がなくなり、格之進が疑われるが・・・という話。

副題が「柳田格之進異聞」。柳田格之進と聞くと、志ん生がこのネタを演ったとき、柳田格之進という固有名詞を忘れてしまって「何とかというお侍さんがあ・・・」などと始めたのだが、お客さんはあきれるどころか(いつものように)大爆笑だったというエピソードを思い出す(もちろんすでに名人として認識されていた時代の話だが。その当時は深酒して高座で居眠りしていてもお客さんが「寝させておいてやれ」というくらいだったとか)。

落語とはちがって、チャンバラシーンを入れるため??に同じ彦根藩士だった柴田兵庫(斎藤工)が登場する。アクションとかセリフ回しとか明らかに斎藤工の方が上手なのだが、格之進と比べてどちらがより侍らしく見えるかというと草彅剛の方なんだよなあ〜不思議な役者さんだと思う。

遊郭の女主人役の小泉今日子も好演なのだが、まさかあのキョンキョンがこういう役が似合う齢になってしまったのかと思うと、なにか虚しさを感じてしまうのであった。
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ベンチの足

2025年01月21日 | 本の感想
ベンチの足(佐藤雅彦 暮しの手帖社)

暮しの手帖に連載されたエッセイ集。粒ぞろいだが、特に面白かったのは・・・

「家の中で一番年を取るところどーこだ?」→どこでしょう?

「ボールペン奇譚」→「グラフ」の考え方が興味深い。

「携帯電話は知っていた」→当たり前ようで、意外と指摘されるまで気づかないこと、ありますね。

「フィッ、フィッ」→人間の脳の不思議。右目と左目の合成認識の話がいい。

「5名の監督」→いやあ、才能ある人(著者)ってやっぱり違うなあ、と差を感じてしまう。

「憎き相手校を応援する理由」→自分が応援しているチームを負かしたチームを応援してしまう、という誰もが抱く変な感情を科学的?に分析。なるほど~と思わされた。

「ベンチの足」→これも指摘されるまで気づかない。確かに足の下に●●がないと・・・

「名優のラジオ」→名優というのはモリシゲのこと。これはもしかして創作なのでは?と思えるくらいドラマチック。

そして、何と言っても素晴らしかったのは「とくの話」。この話に近い経験があるせいか、何度も読み返してしまった。映像化してくれないだろうか。
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