蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

TAR

2023年11月23日 | 映画の感想
TAR

女性ながらベルリン・フィルの首席指揮者をつとめるリディア・ター(ケイト・ブランシェット)は、作曲家としてもプロデューサーとしても高名で音楽界のカリスマの地位を不動のものとしていた。彼女はレズビアンで第一バイオリンのシャロンと同居し、養女のペトラを育てている。アシスタントのフランチェスカは、かつてリディアの指導を受けていたクリスタから不審なメールを受け取っていた・・・という話。

冒頭の意味不明な動画が不穏な雰囲気をかきたてるが、その時点では意味がわからない。
その後のインタビュウシーンや、リディアが学生を議論でやりこめる場面が相当に長くて、予備知識がないと「いったい、何の映画なんだ?」と観ている方を多少いらつかせる。
その後も、すぐには理解しがたいシーンが積み重なるのだが、後半になってそれぞれの場面に意味があり、伏線であったことがわかってくる。
なので、ストーリーとしての本作の出来のよさは2回目観たときに初めて理解できた。
説明が極端に少ないことに不満を持つ人もでそうだが、それを恐れなかった監督の勝ちと、最後まで観終わると思えるのではないかと思う。

ただ、ストーリーを横にのけておいても、なんというか、(邦画ではめったにみられない)映画としてのセンスの良さが感じられるシーンが多くて、文化のレベルの差?みたいなものを見せつけられた感じ。
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2023年11月12日 | 本の感想
道(白石一文 小学館)

唐沢功一郎の妻:渚は、娘の美雨が交通事故で亡くなった後、鬱病になり自殺をはかる。その後、妹の碧が同居して治療を続けたが回復せず、二度目の自殺を試みる。功一郎はかねてから考えていたある秘策を実行することにする・・・という話。

著者の作品は、過去1作しか読んだことがないが、人生の意味を問うような純文学に近い作風なのかな、というイメージがあった。
しかし、本作はSF的要素を本格的にとりいれ、主人公の功一郎は頭脳明晰で二枚目で仕事ができて社長のお気に入りでもちろんモテる、という島耕作みたいな設定にして、スイスイ読み進めるテンポのよさがあって、エンタメとしてよくできていると思えた。

功一郎は食品の品質管理のエキスパートなのだが、冒頭からいきなり製品への異物混入事件の顛末を細かく描写し、「これは一体なんの話なの?」と読者に興味を抱かせるツカミが、うまいなあ、と思わせた。
この最初の10ページくらいを書店で立ち読みしただけで、続きを読みたくて仕方なくなってしまった。

実際、功一郎の職業が何であっても、本作の筋立てとはほとんど関係ないのだが、品質管理というあまり馴染みがない仕事の内容を詳述することで、現実離れしたストーリー展開をリアルな世界につなぎとめる効果があったように思えた。
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炯眼に候

2023年11月12日 | 本の感想
炯眼に候(木下昌輝 文春文庫)

信長の様々なエピソードを新たな切り口で解釈する短編集。

「偽首」、「軍師」は桶狭間と長篠の謎解き。信長が気候観測に長けていた、というのは昔からよく聞く説だが、竹中半兵衛を絡ませた所が新しい。ただ、ちょっと現実離れした感じ。
「弾丸」は杉谷善住坊の信長狙撃の謎解き。杉谷善住坊の子孫への取材を元にしているものの、動機が「ありえねー」感じかな。
「鉄船」は石山本願寺戦で毛利水軍に完勝した謎解き。これは納得性があった。毛利水軍を圧倒した鉄船がその後二度と現れなかった理由が「なるほど」と思わせた。
「鉄砲」は長篠の三段撃ちの謎解き。これは読んでいる途中、もっとも謎解きへの期待が高まったが、結末は正直期待はずれで、「それは当たり前すぎませんか?」と思えてしまった。
「首級」は本能寺で信長の首が見つからなかった謎解き。謎解きはトンデモだったが、小説としては面白かった。長編にできそう。

本書の解説にもあるように、信長ほどありとあらゆる面から研究され、物語化された武将はいないだろう。秀吉、家康、義経、竜馬などと比べても圧倒的な差があると思う。
ために、信長を材料にすると本書のように多少突飛な発想をしないと二番煎じになってしまいそう。
なので、謎解きがトンデモだ、なんて腐すのは見当違いで、トンデモを、それでもそれらしくまとめてエンタメにできていると思う。
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千年の読書

2023年11月10日 | 本の感想
千年の読書(三砂慶明 誠文堂新光社)

数々の本をジャンル分けしながら紹介する。

よくあるダイジェスト本と違って、それぞれの本に著者の愛着が感じられる。おそらく、本書のような本を書こうと思ってそれぞれの本を読んだわけではなくて、あまたの本を読んできて本当に自分が気に入ったもの、感銘したものを取り上げているためだろう。

第6章の「瞑想と脳と自然」が特によかった。私自身あまりそういう方面に近づきたくないなあ、と日頃思っているせいかマインドフルネスについて何も知らなかったのだけど、もともとは仏教(というか禅宗?)に起源があるのものだったのね。アメリカでそれを広めたのは日本人(鈴木大拙、鈴木俊隆)だというのも知らなかったし、なぜ英語で禅のことをZENと呼ぶのか(本来の起源の中国語ではチャンと発音するらしい)という挿話も面白かった。
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さがす

2023年11月10日 | 映画の感想
さがす

原田智(佐藤二朗)は、懸賞金がかかった指名手配犯を街で見かけたと、娘の楓(伊藤蒼)に話した翌日に失踪する。楓は智を探すが見当たらない。ある日、自宅のはなれ(かつては卓球教室だった)に、指名手配犯の清水(山内照巳)が寝込んでいるのをみつけ後を追うが逃がしてしまう。清水が残した荷物には智のスマホがあった・・・という話。

という話は物語の一面で、視点や時間軸を変えてこの後異なる場面が描かれる。この二面性が本作の魅力。よくある手法といってしまえばそれまでだが、わかりやすく、サスペンスと謎を盛り上げながら真相を観客に明かしていくプロセスはよく出来ていた。加えて、普通の映画ならエンディングになりそうなところからもう一つの物語が始まる構成も異色であった。

ストーリーの二面性だけでなく、主要登場人物がそれぞれに二面性を抱えている設定もいい。
佐藤二朗という純朴?なイメージの俳優をハマり役のように見える役柄で起用しながら、実は・・・というキャスティングもありがちといえばありがちだが、突然手の平を返すようにキャラが変わるのではなくて、序盤からそれらしい伏線(例えば、智が、難病に苦しむ妻を見つめる視線とか)を配しているのがいいんだよね。
似たようなことは娘の楓やシリアルキラーの清水にもいえる。佐藤さんがうまいのは当然として、楓役、清水役の人も上手だった。

本作を知ったのは、レンタルビデオ屋さんの(貸出実績じゃくなくて中身の評価での)ランキングで上位だったから。それに取り上げられてなければ絶対見なかったと思うので、このランキングには感謝。毎年、特に邦画ではメジャーと言いかねる意外性がある作品をいくつか取り上げていることはえらいと想う。
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