落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(33)

2013-07-19 11:51:31 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(33)
「12年前の古い事件と、任侠映画が死ぬほど好きな辻のママ』




 「今からもう12年も前の話だ・・・・まさかなあ。
 あん時の少女がこの子と同一人物とは思えないが・・・・しかしよく似てはいる」

 ありえない話だと、岡本が頭を振り自分の考えを強く否定しています。
美和子がステージから戻ってきても、岡本はまだ自分の思考の中でぼんやりとしています。
その虚ろな表情を見逃さなかった美和子が、あえてまた岡本の隣へ腰を下ろします。

 「あら。放心されたお顔です。お気に召しませんでしたか、あたしの歌は」


 どうぞと徳利を持ち上げた美和子が、柔らかい物腰のまま抗議の色合いだけを鮮明に滲ませます。
『おうっ』と、腕組みをしていた岡本が慌てて両手を振りほどきます。
図星の苦笑いを口元へ浮かべながら、あわててテーブルからグラスを持ち上げます。
美和子からグラスへたっぷりと日本酒を注いでもらい、それをあえて静かに、
ことさらゆっくりと、自分の口元へ運んでいきます。


 「いやいや、そう言うことじゃない。
 ちょいとばかり、古い記憶をたどっていたもんで、不本意ながら難しい顔をしていたようだ。
 俺みたいな鬼瓦顔が考え事をすると、まさに仏頂面の見本になる。
 記憶違いなら申し訳がないが、12年ほど前に東京葛飾の四ツ木というところの斎場へ
 顔を出した覚えがあるかい。美和子さんは」



 「12年前といえば、高校を卒業して2年ほど東京に住んでいた頃です。
 当時はもう歌のレッスンを受けていましたので、そこの音楽関係者に呼ばれて、
 葛飾四ツ木にある斎場へ同行した覚えならあります。
 格式の高い盛大なお葬式の会場で、ただただびっくりしていた記憶が残っています。
 ついでに浅草あたりの飲み屋さんで、練習中の歌などを披露した覚えなどもございます。
 もしかしたら、その席に岡本さんもいらしたのでしょうか?」


 「やっぱりそうだ。お下げ髪で歌のうまかったあのときの少女は、やはり君か。
 芸能関係に籍をおいていたのなら、あの時の葬儀に顔を出していても別に不思議じゃない。
 だが俺の記憶の中に残っている君は、たぶん、その時の印象のものじゃない。
 もう一つ別で、まったく予想外なほど意外な場所で出会ったという気がするんだが」



 「その話はまた後ほどに、内密にてお話をいたします。
 岡本さん。飲みが足りないようです。美人のお酌でもう一杯いかがでしょうか?」


 さらりと話題を逸した美和子が、再び徳利を持ち上げて岡本へ微笑みます。
「そうだな。すこしばかり、余計な部分へ足を踏み込みすぎたようだ」と、会話を締めくくった
岡本が、グラスをもちあげて、美和子からの酒を受けます。



 「12年前の葛飾四つ木の斎場といえば、長年の抗争事件の発端にもなった
 2人の死亡者を出したという、暴力団の発砲事件の現場じゃないの。
 へぇぇ・・・・岡本ちゃんがその場に居たのはわかるとしても、
 美和子ちゃんまで居たとなると、なぜか奇遇というか、なにか運命的なものさえ感じます」


 辻ママが唐突に、収まりかけた話題へ乱入をしてきました。
「おいママ。その話は・・・・」と制止しかけた岡本の手をするりと抜け、楽しそうな話題が
始まりましたとばかりに、辻ママが両方の黒い目を輝かせています。


 「わたしねぇ、高倉健の大ファンなの。
 鶴田浩二も渋い役者で素敵だけど、彼は、歌も上手いし芸達者でスマートすぎるの。
 その点、高倉健は、いつだって寡黙に背中で無骨な男を演じる役者でしょう。
 それがまた、いいのよ~、私みたいな女には。
 かつては上電の西桐生駅の駅前に、東映の直属の映画館があったのよ。
 今はもう取り壊されて、駐車場とコンビニに変わってしまったけれど、そここそが
 任侠映画の聖地だったの。あの頃は」


 (ほら見ろ。岡本がつまらない昔話なんかを持ち出したりするから、
 ママのおしゃべりに、遂に火がついちまったぞ。こうなるともう、
 嵐が来たって止まらないぜ。ママの任侠話は・・・・まったく!)


 俊彦の無言の眼差しが、鋭く岡本の横顔を見つめています。
(そうだよなぁ・・・・すっかり油断をしちまった。こいつ任侠映画には目がなかったんだ)
下目使いのままの岡本が、『すまん』とひとこと、俊彦へ目で詫びを入れています。
ふたりのコソコソしたやりとりをよそに、辻ママの勢いは一向に収まる気配を見せません。



 「世間では、男が男に惚れるというけれど、女だって、女に惚れることがあるわ。
 いやだぁ。レスビアンの話じゃなくて女優さんのお話よ。
 鶴田浩二や高倉健も素敵だけれど、当時の任侠映画の中に女性の任侠スターもいたわ。
 それが美しさと女の妖しさを併せ持った、女優の藤純子。
 彼女の主演で、1968年の第1作「耕牡丹博徒」から、1972年の「同・仁義通します」
 までの全部で、8作品が作られた。
 緋牡丹の刺青を背負った女ヤクザの“緋牡丹のお竜”が、女がてらに、
 義理と人情のしがらみの中を生きながら、不正に身を持って立ち向かっていくというのが
 この映画の定番パターンなの。
 藤純子の、きりりっとしたなかにある女らしさを秘めた物腰が、実に魅力的なの。
 流し目の白い顔と、真っ赤な唇がこちらを振り向くだけでもう、女の私でも
 昇天しそうなほど、ひたすら興奮をしました。


 若山富三郎が扮する熊虎親分がコメディ・リリーフ的に登場をしたり、
 鶴田浩二や高倉健、菅原文太たちが交互に出演して、主人公の「お竜さん』を盛り立てるの。
 シリーズの、全8作はいずれも高い水準をほこる作品だと思うけど、私が大好きなのは
 加藤泰が監督をした第3作の、『花札勝負』、第6作の『お竜参上』、
 第7作の『お命頂きます』の3作品で、これが群を抜いている。
 特に第6作の『お竜参上』は、彼の演出がすみずみまで行き届いいている
 シリーズの最高作で、藤純子も、泣けちゃうほど最高に綺麗で美しいのよ。
 藤純子の引退と同時に、この傑作シリーズも終わりをつげた。
 でもねぇ、藤純子は、1989年に富司純子の名前で待望の再デビューを果たしているの。
 今でも時々テレビでみるけど、やっぱり歳をとってもチャーミングよねぇ・・・・
 あんな風に、私も歳を重ねたいわ」



 「あら、知っています、あたしも。藤純子さんのその歌。
 ♪~娘盛りを渡世にかけて 張った身体に緋牡丹燃える
   女の 女の 女の意気地  旅の夜空に 恋も散る・・・・
 というあの歌ですよね。覚えているでしょう、岡本さん。あの時に歌いました。これも」



 (やばいなぁ・・・・完全に話が、また元へ戻ってきたぞ)
師匠にあたる俊彦が何故か絶望的な眼差しを、黙ったままひたすら飲んでいる
弟子の康平へ向けています。


 (任侠道を地で行く岡本さん。
 12年前に藤純子の『緋牡丹博徒』を歌ったという美和子。
 ヤクザ映画の高倉健と藤純子が大好きだという、辻のママ・・・・
 任侠路線の支持派が3人にたいして、それ以外の一般人は師匠と弟子の私の2人だけです。
 師匠、とりあえず多勢に無勢です。ここは、嵐が通り過ぎるのをひたすら待ちましょう!)

 康平も目だけで、師匠の俊彦へそんな言葉を返しています。



(34)へ、つづく



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