落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第7話 丹後の久美浜

2014-10-08 12:00:07 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第7話 丹後の久美浜




 京都府最北部にある丹後地方は、おおくが日本海に面している。
9時25分に京都駅を発車した特急「はしだて1号」は、1時間57分で天橋立駅に着く。
さらに北部へ向かうため、豊岡行き「丹後あかまつ1号 」に乗り込む。
のどかな景色の中を1時間ほど揺られていくと、ようやく目的の丹後久美浜駅に着く。
3時間を超える列車の旅を終える頃には、2人とも揃って、いつのまにか無口になっている。
疲れた気持ちを内に秘めたまま、2人はゆっくりと目的駅の改札を出る。


 「おんなじ京都府とはいえ、ずいぶんと遠いわね。
 で、あんたが仲居をしながら育ったちゅう温泉旅館は、どこなんかいな?」


 「仲居をしていたのは、中学生になってからです。
 海女になろうか、舞妓になろうか、真剣に悩みながら中学の3年間を
 過ごしていました」


 「あら。うちの着物姿に憧れて、舞妓になろうと決めたんではおまへんのか、あんたは。
 海女になるって言わはったても、見た限りのこないな汽水湖、
 ろくなモンが取れへんやろう?」



 目の前に広がっている久美浜湾は、京都北端の町にひろがる汽水湖だ。
久美浜湾という名前がついているが、外海とは数10メートルほどの幅の水路で
かろうじてつながっているだけの湖だ。
実際には、内陸の湖という趣のほうが強い。
北には、海をさえぎる「小天橋」の細い砂州が見える。
8kmにわたる白砂と青松の景色は、風光明媚な夕日が浦まで続いていく。


 「海女がいるのは、汽水湖の此処ではありません。
 丹後には古くから、航海術に秀でた「海人族」と呼ばれる一族が住んでいます。
 彼らは凡海郷が海没した後、丹後半島へ移住してきた人々です。
 漁や塩つくりなど、海にかかわって生活する「海人族」の人びとの手により、
 いまの丹後の文化が生まれ、 歴史が作られてきたそうです。
 火の神、「天火明」を先祖神とする人びとのことを、「海部(あまべ)」と呼んでいます。
 今でも久美浜町海部(かいべ)地区に、「海士(あま)」という地名が残っています」


 「ホンマ。なんにでも詳しいんやねぇ。あんたは。
 うふふ・・・ホントは賢くて、饒舌家なんやろう、あんたって子は。
 置屋のお母はんの前やから、かいらしい子ぶって、猫をかぶっとったんやろう。
 隅に置けませんね。計算高く、純情な振りをしとってからに」


 「お姉さんが浦島太郎の伝説を聞きたがるから、電車の中で解説しただけです。
 置屋のお母さんに、あの子は本当は根っからのおしゃべりだなんて、
 絶対に告げ口なんか、しないでくださいね」



 「あんたんおかげで、丹後半島に浦島太郎伝説が有ることを初めて知ったんや。
 告げ口なっとしはるもんか。
 これから先は運命共同体になるんやモンね。あんたとウチは」

 「もしかして。わたしが舞妓になることを、旅館をしている叔母が反対しても、
 お姉さんだけは、あたしの味方になってくれるという意味ですか!」


 「あんたには、かなわんなぁ。
 打てば響くようです。ホンマに賢く反応をしはるねぇ、あんたって子は。
 そん賢さは、舞妓になるために必要なもんどす。
 あんたは先天的に、即座に反応できる賢さちゅうやつをちゃんと身に着けてはる。
 そやけどね。それだけでは一人前の舞妓にはなれへんよ。
 もうひとつ大切なことが、ちゃんと出来はるかどないか、それを確認しはるために、
 こうしてわざわざ丹後まで、あんたと2人で足を運んでけたんどすえ」



 それにしても美しいですねぇこの汽水湖はと、佳つ乃(かつの)が額に小手をかざす。
「はい」と答えた清乃が、同じように額に小手をかざし、佳つ乃(かつの)のとなりで、
背筋とつま先を、精いっぱい伸ばしてみせる。

 
 
第8話につづく

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