落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (32)       第二章 忠治、旅へ出る ⑰

2016-08-22 12:34:50 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (32)
      第二章 忠治、旅へ出る ⑰




 万次郎の弟分になったことで、忠治はすっかり渡世人の気分に浸っていた。
腕を磨き、道場主になる夢などとうの昔に忘れていた。
毎日がとにかく楽しかった。



 万次郎のやる事なす事。
すべて手本にするため、四六時中万次郎について回った。
それほど若い万次郎の振る舞いは、忠治の目にさっそうと映った。
自分のことを親分と呼ばせず、旦那と子分たちに言わせていることも気に入った。
一家を張ったら俺も真似してやると、密かに心に決めていた。



 桜の花が散り、暑い夏がやって来た。
まわりの山々の木々が色づき始めた頃、旅支度の英五郎が高萩村へやって来た。
挨拶が済んだ頃、忠治が英五郎の座敷へ呼ばれた。



 「なんでぇおめえ、その恰好は。
 それじゃ、どこからどうみても遊び人だ。
 忠治おめぇ。本気で、博奕打ちになるつもりかい?」


 ひと目見た英五郎が、眉をひそめる。
それほど久しぶりに見る忠治は、様変わりをしている。
遊び人風の格好が板についている。
英五郎の強い視線から目を離さず、忠治が「へぇ」と中途半端にうなづく。



 「呆れたなやつだなぁ、おまえってやつも。
 堅気になれとあれほど言っておいたのに、なんてぇザマだ。
 そういう俺も、人様のことをとやかく言える立場じゃねぇがな。
 人殺しの兇状持ちだからな。俺も」

 
 「親分。あらためてお願いします。俺を子分にしてください」


 
 「駄目だ。俺は旅の途中だ。子分を持つつもりもねぇ。
 大前田の盃が欲しければ、俺の兄貴のところへ行くんだな。
 だがな。三下からやりなおしをするようだ。
 万次郎と兄弟分になったお前が、いまさら三下からはじめるわけにはいかないだろう。
 とりあえず国定村へ帰り、よく考えることだな」


 「えっ・・・、国定へ帰れるんですか!」



 「玉村の親分から知らせが来た。すべてうまく片付いたそうだ。
 いつ戻ってきても大丈夫だと書き送って来た」



 「ホントですか・・・ホントなら、こんな有りがたいことはねぇ」



 「おめえが国を出てまもなく1年になる。
 しかし。こんなに早く帰れるようになるとは、驚きだ。
 おめえのオヤジは、徳の有った人らしい。
 世話になった大勢の人たちが、おめえのために必死で動いてくれたんだ。
 亡くなったオヤジさんや、まわりの人たちに感謝して、
 国定村へ帰ることだな」



 「へぇ・・・」忠治の顔色が良くない。
帰れることは嬉しいが、胸にまだ、わだかまっているものが有りそうだ。



 「もう堅気の生活には戻れねぇって顏しているな、忠治。
 仕方がねぇなぁ。境宿のとなりに、百々(どうど)村ってのがある。
 知ってるか?」



 「へぇ。国定から6里ほど南です」



 「そこに俺の兄弟分で、紋次ってのが一家を張っている。
 なかなかいいやつだ。
 三下修行なしで子分になれるよう、俺が紹介状を書いてやろう。
 どうだ。それなら不満はないだろう」



 このときのやりとりが、その後の忠治のすべてを決めた。
忠治が国定村を出て1年。侠客としての未来が忠治の前にひらけてきた。
ゴーサインを出したのはもちろん、目の前に居る大前田村の英五郎だ。


 堅気に戻れと言ったものの、凶状持ちに堅気の未来はない。
そのことは凶状持ちである英五郎自身が、身に沁みてよくわかっている。
しかし。17歳の若者が侠客の道に落ちていくのはしのびない。



 説得をこころみたものの、忠治のこころは変らないようだ。
このとき以降。忠治は上州が産んだ侠客・大前田英五郎を終生、心の師として
あおぐようになる。



 第二章 完
 
(33)へつづく

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