忠治が愛した4人の女 (39)
第三章 ふたたびの旅 ⑦
境宿の西はずれに、『伊勢屋』という煮売茶屋がある。
煮魚や煮豆、煮染など、すぐ食べられるように調理した惣菜を販売する店のことで、
「菜屋(さいや)」と呼ばれることもある。
夕食のおかずとして煮売屋の惣菜を求めることが多かった反面、夜間の煮売りは
火災を起こす危険性もある。
そのため江戸では防火のため、煮売屋の夜間営業を禁じる命令が度々出ている。
「市が立つ日、ここの2階で賭場を開帳します」と久次郎が、煮売茶屋の2階を指さす。
「ほう・・・」忠治が、風に揺れている伊勢屋の暖簾へ目をこらす。
「此処、上町(かみちょう)の伊勢屋。中町の佐野屋。下町(しもちょう)の大黒屋。
この三ケ所で賭場を開くんでさぁ。
そのなかでここの伊勢屋が、なぜかいちばん繁盛します。
ちかくに本陣があるせいでしょうかねぇ」
本陣を過ぎると街道の両脇が賑やかになってくる。
居酒屋、煙草(たばこ)屋、菓子屋、荒物屋、酒屋、太物(ふともの)屋、
質屋などの商い屋が並ぶ。
宿場の中央に、高札場(こうさつば)が有り、市場の神様を祀(まつ)っている石宮が見える。
さらにその先にも、商い屋がずらりと並んでいる。
大間々へ向かう道の角に、『桐屋(きりや)』という料理屋が建っている。
「市がたたねぇ日は、ここの2階で賭場を開きます。
今日も馬見塚(まみづか)の左太郎さんが、ここで賭場をやっているはずです」
桐屋の前に男が3人、座り込んでいる。
「文蔵の兄貴!」久次郎が声を掛けると、3人の男がいっせいに振り返る。
手拭いを肩に掛け、弁慶格子の袷(あわせ)を着た兄貴分らしい男が、
面倒臭そうな視線を久次郎に投げてくる。
「なんでぇ。誰かと思えば、久次じゃねぇか。
おっ、見かけねぇ顔だな、客人か?。おめえが連れているのは?」
「へぇ。今日来たばっかりの、国定村の忠次郎さんです」
「なにっ、国定村の忠次郎だって」
文蔵が、ゆっくり立ち上がる。
鋭い目付きが忠次の姿を、上から下までジロリと睨む。
「へぇぇ・・・おめえが噂の国定村の忠治郎かい。うむ。たしかにいい雰囲気を持っている」
上から下まで吟味した文蔵が、急に柔らかい態度をみせる。
「おい、久次郎。おめえは俺の代わりに、ここで見張りをしていろ。
俺はすこし、この男に話がある」
「文蔵の兄貴。勝手なことをしたら、また代貸に怒られます!」
「へっ。どうってことはねぇさ、そんなもん。くそくらえだ。
おい忠治。ちょっくら俺に付いて来い」
文蔵に促された忠次が、たったいま歩いてきた道を引き返していく。
上町にある、小さな居酒屋まで戻ってきた。
「御免よ」声をかけて、文蔵が暖簾をくぐる。
日が高いため、まだ店の中に客の姿はない。
艶(あで)やかな着物を着た年増女が、奥からひょいと顔を出す。
「なんだい。誰が来たかと思えば、文蔵じゃないか。
あんた。いまじぶんに、こんなところへ顔を出して、大丈夫なのかい?
あら、はじめて見る顔だねぇ、そちらさんはどなただい?」
「こいつは、国定村の忠治郎だ。
おめえも、どこかで噂を聞いたことがあるだろう」
「へぇぇ、ニッコリ笑って人を斬る、国定村の忠治郎さんが、この人かい・・・
なるほどねぇ。
噂通りの苦み走ったいい男だねぇ。あんたと違ってさ」
「うるせぇ。つべこべ言ってないで、さっさと酒を持ってこい。
いまからこいつと、兄弟分の盃をかわすんだ!」
(40)へつづく
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第三章 ふたたびの旅 ⑦
境宿の西はずれに、『伊勢屋』という煮売茶屋がある。
煮魚や煮豆、煮染など、すぐ食べられるように調理した惣菜を販売する店のことで、
「菜屋(さいや)」と呼ばれることもある。
夕食のおかずとして煮売屋の惣菜を求めることが多かった反面、夜間の煮売りは
火災を起こす危険性もある。
そのため江戸では防火のため、煮売屋の夜間営業を禁じる命令が度々出ている。
「市が立つ日、ここの2階で賭場を開帳します」と久次郎が、煮売茶屋の2階を指さす。
「ほう・・・」忠治が、風に揺れている伊勢屋の暖簾へ目をこらす。
「此処、上町(かみちょう)の伊勢屋。中町の佐野屋。下町(しもちょう)の大黒屋。
この三ケ所で賭場を開くんでさぁ。
そのなかでここの伊勢屋が、なぜかいちばん繁盛します。
ちかくに本陣があるせいでしょうかねぇ」
本陣を過ぎると街道の両脇が賑やかになってくる。
居酒屋、煙草(たばこ)屋、菓子屋、荒物屋、酒屋、太物(ふともの)屋、
質屋などの商い屋が並ぶ。
宿場の中央に、高札場(こうさつば)が有り、市場の神様を祀(まつ)っている石宮が見える。
さらにその先にも、商い屋がずらりと並んでいる。
大間々へ向かう道の角に、『桐屋(きりや)』という料理屋が建っている。
「市がたたねぇ日は、ここの2階で賭場を開きます。
今日も馬見塚(まみづか)の左太郎さんが、ここで賭場をやっているはずです」
桐屋の前に男が3人、座り込んでいる。
「文蔵の兄貴!」久次郎が声を掛けると、3人の男がいっせいに振り返る。
手拭いを肩に掛け、弁慶格子の袷(あわせ)を着た兄貴分らしい男が、
面倒臭そうな視線を久次郎に投げてくる。
「なんでぇ。誰かと思えば、久次じゃねぇか。
おっ、見かけねぇ顔だな、客人か?。おめえが連れているのは?」
「へぇ。今日来たばっかりの、国定村の忠次郎さんです」
「なにっ、国定村の忠次郎だって」
文蔵が、ゆっくり立ち上がる。
鋭い目付きが忠次の姿を、上から下までジロリと睨む。
「へぇぇ・・・おめえが噂の国定村の忠治郎かい。うむ。たしかにいい雰囲気を持っている」
上から下まで吟味した文蔵が、急に柔らかい態度をみせる。
「おい、久次郎。おめえは俺の代わりに、ここで見張りをしていろ。
俺はすこし、この男に話がある」
「文蔵の兄貴。勝手なことをしたら、また代貸に怒られます!」
「へっ。どうってことはねぇさ、そんなもん。くそくらえだ。
おい忠治。ちょっくら俺に付いて来い」
文蔵に促された忠次が、たったいま歩いてきた道を引き返していく。
上町にある、小さな居酒屋まで戻ってきた。
「御免よ」声をかけて、文蔵が暖簾をくぐる。
日が高いため、まだ店の中に客の姿はない。
艶(あで)やかな着物を着た年増女が、奥からひょいと顔を出す。
「なんだい。誰が来たかと思えば、文蔵じゃないか。
あんた。いまじぶんに、こんなところへ顔を出して、大丈夫なのかい?
あら、はじめて見る顔だねぇ、そちらさんはどなただい?」
「こいつは、国定村の忠治郎だ。
おめえも、どこかで噂を聞いたことがあるだろう」
「へぇぇ、ニッコリ笑って人を斬る、国定村の忠治郎さんが、この人かい・・・
なるほどねぇ。
噂通りの苦み走ったいい男だねぇ。あんたと違ってさ」
「うるせぇ。つべこべ言ってないで、さっさと酒を持ってこい。
いまからこいつと、兄弟分の盃をかわすんだ!」
(40)へつづく
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