忠治が愛した4人の女 (77)
第五章 誕生・国定一家 ⑪
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数日後。円蔵がおりんを連れて信州から戻って来た。
「お帰りなさい」と、とつぜん姿を見せた桐生のお辰に、円蔵が目を丸くして驚く。
事情を聴いたあと、「好都合だぜ。そいつは」と、頬をニヤリとゆるませる。
「なにが好都合になるんでぇ。円蔵の兄貴?」
「桐生のお辰を女壺振りに仕立て上げて、ウチの賭場で壺をふらせる。
あれだけの器量と色香だ。たいへんな人気を集めるだろう。
そうなりゃウチの賭場は大繁盛、間違いなしだ。
そうなると敵対している島村の伊三郎も、黙っちゃいねぇ。
必死になって、女の壺振り人を探し始める。
そこでここにいるおりんを、伊三郎の賭場へ送り込む。という寸法だ」
「なんだって!・・・
おりんさんを壺振りとして、敵の伊三郎のもとへ送り込むのか!。
大丈夫かよ。そんな危ない真似をして?」
「こいつは長いこと信州に居た。おりんの顔は知られちゃいねぇ。
伊三郎に気に入られれば、あいつの毎日の行動を筒抜けで知ることができる。
敵を知るための格好の手だてが、俺たちの手に入る」
「なるほど・・・
お辰が百々一家の賭場を盛り上げて、おりんさんは伊三郎の賭場へもぐり込むのか。
悪賢いことを考えるやつだな、おまえってやつは」
「こいつがうまくいけば俺たちは、伊三郎の弱みを握ることが出来る。
そういうことだ、おりん。
まずはお辰さんを、一人前の壺振り人に仕立てあげてくれ。
それから伊三郎の賭場へ、もぐりこむ。そいつがお前さんの仕事だ。
難しい仕事だが、やってくれるよな。忠治親分のために」
「まかせておいておくれ、そのくらい。朝飯前だよ」と、おりんが笑う。
おりんもまた、別嬪の良い女だ。
26歳と年増にさしかかっているが、いまだ容姿に衰えがない。
この時代。
魅力的になった女性の褒め言葉として、「年増」がつかわれる。
少女から年を重ね、20歳前後で恋を知り、より魅力的になった女性を「年増」と呼ぶ。
20歳半ばで、花真っ盛りになった女性は「中(ちゅう)年増」。
円熟味が増した30歳代半ばを、「大年増」と呼んだ。
次の日から、お辰の特訓がはじまった。
おりんが指のあいだに2つのサイコロをはさむ。
手のひら側、甲の側と手首を回し、相手に見せる。
「ご不審はございませんね。はい、それでは入ります!」と、壺へ投げ入れる。
「さぁ景気よくまいります。丁方、半方、どんと張りましょう。
はい。丁方、足りません。
丁方、あと2両足りません。さぁ張った、張った。
はい。よろしいですね。丁半、駒がちょうどそろいました。
それでは、勝負に入らせてもらいます! 」
小ざるに紙を貼り、柿しぶを塗った壺の中で、2つのサイコロをからからと鳴らす。
ひゅっと盆に伏された瞬間。壺の中でサイコロの目がピタリと止まる。
壺振りの作法を覚えることも大切だ。
だが女壺振り師の場合、ほかのことにもたっぷり時間をかける。
女の武器を最大限に活かすための仕草を、身に着ける。
博奕は、集中力が勝負。
客の集中力をうつろにしてしまえば、仕掛ける側が優位になる。
そのため女の壺振りは、必ず片肌を脱ぐ。
ロウソクの明かりに浮かび上がる女の肌は、あくまでも美しく怪しい。
片膝を立てようものなら、男たちの興味は自然に女の股へ向く。
こうなったらもう、勝負どころではない。
女壺振りは、女だけが持っている武器を最大限に利用する。
男たちの目を、色香でくらませることだけに、最大の神経をそそぐ。
「見せちゃだめだ。
見えそうで、見えない角度が大切なんだ。
見えなけりゃ見えないほど、男の注意が、どんどんそっちへ向いていく。
それが狙いなのさ。あたしたちのね。うっふっふ・・・」
おりんの熱心な指導は日が暮れても終わらず、深夜までつづく。
(78)へつづく
おとなの「上毛かるた」更新中
第五章 誕生・国定一家 ⑪
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数日後。円蔵がおりんを連れて信州から戻って来た。
「お帰りなさい」と、とつぜん姿を見せた桐生のお辰に、円蔵が目を丸くして驚く。
事情を聴いたあと、「好都合だぜ。そいつは」と、頬をニヤリとゆるませる。
「なにが好都合になるんでぇ。円蔵の兄貴?」
「桐生のお辰を女壺振りに仕立て上げて、ウチの賭場で壺をふらせる。
あれだけの器量と色香だ。たいへんな人気を集めるだろう。
そうなりゃウチの賭場は大繁盛、間違いなしだ。
そうなると敵対している島村の伊三郎も、黙っちゃいねぇ。
必死になって、女の壺振り人を探し始める。
そこでここにいるおりんを、伊三郎の賭場へ送り込む。という寸法だ」
「なんだって!・・・
おりんさんを壺振りとして、敵の伊三郎のもとへ送り込むのか!。
大丈夫かよ。そんな危ない真似をして?」
「こいつは長いこと信州に居た。おりんの顔は知られちゃいねぇ。
伊三郎に気に入られれば、あいつの毎日の行動を筒抜けで知ることができる。
敵を知るための格好の手だてが、俺たちの手に入る」
「なるほど・・・
お辰が百々一家の賭場を盛り上げて、おりんさんは伊三郎の賭場へもぐり込むのか。
悪賢いことを考えるやつだな、おまえってやつは」
「こいつがうまくいけば俺たちは、伊三郎の弱みを握ることが出来る。
そういうことだ、おりん。
まずはお辰さんを、一人前の壺振り人に仕立てあげてくれ。
それから伊三郎の賭場へ、もぐりこむ。そいつがお前さんの仕事だ。
難しい仕事だが、やってくれるよな。忠治親分のために」
「まかせておいておくれ、そのくらい。朝飯前だよ」と、おりんが笑う。
おりんもまた、別嬪の良い女だ。
26歳と年増にさしかかっているが、いまだ容姿に衰えがない。
この時代。
魅力的になった女性の褒め言葉として、「年増」がつかわれる。
少女から年を重ね、20歳前後で恋を知り、より魅力的になった女性を「年増」と呼ぶ。
20歳半ばで、花真っ盛りになった女性は「中(ちゅう)年増」。
円熟味が増した30歳代半ばを、「大年増」と呼んだ。
次の日から、お辰の特訓がはじまった。
おりんが指のあいだに2つのサイコロをはさむ。
手のひら側、甲の側と手首を回し、相手に見せる。
「ご不審はございませんね。はい、それでは入ります!」と、壺へ投げ入れる。
「さぁ景気よくまいります。丁方、半方、どんと張りましょう。
はい。丁方、足りません。
丁方、あと2両足りません。さぁ張った、張った。
はい。よろしいですね。丁半、駒がちょうどそろいました。
それでは、勝負に入らせてもらいます! 」
小ざるに紙を貼り、柿しぶを塗った壺の中で、2つのサイコロをからからと鳴らす。
ひゅっと盆に伏された瞬間。壺の中でサイコロの目がピタリと止まる。
壺振りの作法を覚えることも大切だ。
だが女壺振り師の場合、ほかのことにもたっぷり時間をかける。
女の武器を最大限に活かすための仕草を、身に着ける。
博奕は、集中力が勝負。
客の集中力をうつろにしてしまえば、仕掛ける側が優位になる。
そのため女の壺振りは、必ず片肌を脱ぐ。
ロウソクの明かりに浮かび上がる女の肌は、あくまでも美しく怪しい。
片膝を立てようものなら、男たちの興味は自然に女の股へ向く。
こうなったらもう、勝負どころではない。
女壺振りは、女だけが持っている武器を最大限に利用する。
男たちの目を、色香でくらませることだけに、最大の神経をそそぐ。
「見せちゃだめだ。
見えそうで、見えない角度が大切なんだ。
見えなけりゃ見えないほど、男の注意が、どんどんそっちへ向いていく。
それが狙いなのさ。あたしたちのね。うっふっふ・・・」
おりんの熱心な指導は日が暮れても終わらず、深夜までつづく。
(78)へつづく
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