落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (77)       第五章 誕生・国定一家 ⑪

2016-11-03 18:20:55 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (77)
      第五章 誕生・国定一家 ⑪



 数日後。円蔵がおりんを連れて信州から戻って来た。
「お帰りなさい」と、とつぜん姿を見せた桐生のお辰に、円蔵が目を丸くして驚く。
事情を聴いたあと、「好都合だぜ。そいつは」と、頬をニヤリとゆるませる。


 「なにが好都合になるんでぇ。円蔵の兄貴?」


 「桐生のお辰を女壺振りに仕立て上げて、ウチの賭場で壺をふらせる。
 あれだけの器量と色香だ。たいへんな人気を集めるだろう。
 そうなりゃウチの賭場は大繁盛、間違いなしだ。
 そうなると敵対している島村の伊三郎も、黙っちゃいねぇ。
 必死になって、女の壺振り人を探し始める。
 そこでここにいるおりんを、伊三郎の賭場へ送り込む。という寸法だ」


 
 「なんだって!・・・
 おりんさんを壺振りとして、敵の伊三郎のもとへ送り込むのか!。
 大丈夫かよ。そんな危ない真似をして?」


 「こいつは長いこと信州に居た。おりんの顔は知られちゃいねぇ。
 伊三郎に気に入られれば、あいつの毎日の行動を筒抜けで知ることができる。
 敵を知るための格好の手だてが、俺たちの手に入る」

 
 「なるほど・・・
 お辰が百々一家の賭場を盛り上げて、おりんさんは伊三郎の賭場へもぐり込むのか。
 悪賢いことを考えるやつだな、おまえってやつは」



 「こいつがうまくいけば俺たちは、伊三郎の弱みを握ることが出来る。
 そういうことだ、おりん。
 まずはお辰さんを、一人前の壺振り人に仕立てあげてくれ。
 それから伊三郎の賭場へ、もぐりこむ。そいつがお前さんの仕事だ。
 難しい仕事だが、やってくれるよな。忠治親分のために」

 
 「まかせておいておくれ、そのくらい。朝飯前だよ」と、おりんが笑う。
おりんもまた、別嬪の良い女だ。
26歳と年増にさしかかっているが、いまだ容姿に衰えがない。



 この時代。
魅力的になった女性の褒め言葉として、「年増」がつかわれる。
少女から年を重ね、20歳前後で恋を知り、より魅力的になった女性を「年増」と呼ぶ。
20歳半ばで、花真っ盛りになった女性は「中(ちゅう)年増」。
円熟味が増した30歳代半ばを、「大年増」と呼んだ。



 次の日から、お辰の特訓がはじまった。
おりんが指のあいだに2つのサイコロをはさむ。
手のひら側、甲の側と手首を回し、相手に見せる。
「ご不審はございませんね。はい、それでは入ります!」と、壺へ投げ入れる。


 「さぁ景気よくまいります。丁方、半方、どんと張りましょう。
 はい。丁方、足りません。
 丁方、あと2両足りません。さぁ張った、張った。
 はい。よろしいですね。丁半、駒がちょうどそろいました。
 それでは、勝負に入らせてもらいます! 」



 小ざるに紙を貼り、柿しぶを塗った壺の中で、2つのサイコロをからからと鳴らす。
ひゅっと盆に伏された瞬間。壺の中でサイコロの目がピタリと止まる。
壺振りの作法を覚えることも大切だ。
だが女壺振り師の場合、ほかのことにもたっぷり時間をかける。
女の武器を最大限に活かすための仕草を、身に着ける。


 博奕は、集中力が勝負。
客の集中力をうつろにしてしまえば、仕掛ける側が優位になる。
そのため女の壺振りは、必ず片肌を脱ぐ。
ロウソクの明かりに浮かび上がる女の肌は、あくまでも美しく怪しい。


 片膝を立てようものなら、男たちの興味は自然に女の股へ向く。
こうなったらもう、勝負どころではない。
女壺振りは、女だけが持っている武器を最大限に利用する。
男たちの目を、色香でくらませることだけに、最大の神経をそそぐ。



 「見せちゃだめだ。
 見えそうで、見えない角度が大切なんだ。
 見えなけりゃ見えないほど、男の注意が、どんどんそっちへ向いていく。
 それが狙いなのさ。あたしたちのね。うっふっふ・・・」


 おりんの熱心な指導は日が暮れても終わらず、深夜までつづく。


(78)へつづく


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