落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (93)   第六章 天保の大飢饉 ⑩

2016-11-24 17:09:56 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (93)
  第六章 天保の大飢饉 ⑩




 「まずは伊三郎が、今年、どうして俺たちの賭場を隅っこにしたのか、
 そいつを考えなくちゃいけねぇな」


 黙ったままやりとりを聞いていた忠治が、目を開ける。
「そんなのは決まってらぁ。賭場割りで難癖をつけてから、境の宿へ彦六を送り込み、
俺たちのシマを乗っ取ろうと考えているからでぇ!」
文蔵が顔を冷やしていた手ぬぐいを投げ捨てる。そのまま忠治の前へ身体を乗り出す。


 「慌てるな文蔵。おめえの気持ちはよくわかる。
 たしかに、その通りかもしれねぇ。
 だが伊三郎のやつは、おめえたちが彦六に仕返しするのを、待ち構えている。
 彦六を餌に、おめえたちが騒ぎ始めるのを待っているんだ。
 そうなったら、まとめて取っ捕まえる魂胆だ」



 「彦六のやつなんざ後回しだ。
 伊三郎の奴をさきに殺(や)っちまえば、俺たちが捕まることはねぇ!」


 
 「まぁ待て、文蔵。おめえの気持ちは分かるが、無茶はいけねぇ。
 いま伊三郎を殺ったとしても、島村一家がどうなるかを考えなくちゃいけねぇ。
 島村一家が潰れるのなら伊三郎を殺したほうがいい。
 しかし伊三郎がいなくなっても、島村一家が健在のままだったら、
 こんどは、俺たちのほうが潰されることになる」


 「親分!。そんな事は、やってみなきゃわかんねぇだろう!」


 「だからおめえはしくじるんだ。いいか、よく考えろ文蔵」
2人のやり取りを聞いていた軍師の円蔵が、「まぁ落ち着け」と口を挟む。



 「わかんねぇじゃ済まねぇんだぜ、文蔵。
 おめえは頭にくると簡単に伊三郎を殺すと言って騒ぐが、相手は十手持ちだ。
 十手持ちを殺して、ただで済むと思ってんのか。
 必ず手配書が回る。
 手配された連中はしばらく帰って来られねぇ。
 その間に留守を守っている者が殺されたら、おめえたちは帰る場所がなくなる。
 そのあたりのことをよく考えてから、行動に移さなきゃいけねぇ」


 「軍師のいうことは、よく分かる。
 だがよ・・・このまま黙って引き下がったら、国定一家が笑いものにされちまう」


 文蔵が眉間にしわを寄せる。握り締めたこぶしが、ぶるぶる震えている。



 「文蔵が半殺しの目に遭ったのは、賭場の準備に来たほかの連中にも見られている。
 子分たちは帰ってから、事の成り行きをてめえの親分に知らせたはずだ。
 そうなるとこの俺がどう出るか、期待して見ているのにちげえねぇ。
 子分がこんな目に遭わされたというのに、何もしなかったら、俺が笑われちまう。
 意気地なしだと、きっと、世間から笑われる」


 忠治が再び、目を閉じる。


 「たしかにそれは言える・・・だが、彦六の奴がどうも臭え。
 ひょっとしたら先走った彦六が、伊三郎に内緒で場所割りを変えたかもしれねぇぞ。
 そうなってくるとまた、話は別になる」



 「円蔵。そんなことはどうでもいい。
 真相をはっきりさせて彦六を殺したって、伊三郎が生きてる限り国定一家はつぶされちまう。
 こうなったらもう、伊三郎を殺すよりほかに俺たちの助かる道はねぇ!」



 「そうだな。いまがやるべき時かもしれねぇな。
 大前田の英五郎親分も、久宮の親分を殺ったことで男をあげて、名前を売った。
 俺もいつかは、島村の伊三郎をやらなきゃならねぇ。
 たしかにいまが、その時だ。
 よし。よくわかった。伊三郎を殺るってことで腹を決めようじゃねぇか。
 軍師。さっそく作戦をたててくれ」


 
(94)へつづく


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