忠治が愛した4人の女 (93)
第六章 天保の大飢饉 ⑩
「まずは伊三郎が、今年、どうして俺たちの賭場を隅っこにしたのか、
そいつを考えなくちゃいけねぇな」
黙ったままやりとりを聞いていた忠治が、目を開ける。
「そんなのは決まってらぁ。賭場割りで難癖をつけてから、境の宿へ彦六を送り込み、
俺たちのシマを乗っ取ろうと考えているからでぇ!」
文蔵が顔を冷やしていた手ぬぐいを投げ捨てる。そのまま忠治の前へ身体を乗り出す。
「慌てるな文蔵。おめえの気持ちはよくわかる。
たしかに、その通りかもしれねぇ。
だが伊三郎のやつは、おめえたちが彦六に仕返しするのを、待ち構えている。
彦六を餌に、おめえたちが騒ぎ始めるのを待っているんだ。
そうなったら、まとめて取っ捕まえる魂胆だ」
「彦六のやつなんざ後回しだ。
伊三郎の奴をさきに殺(や)っちまえば、俺たちが捕まることはねぇ!」
「まぁ待て、文蔵。おめえの気持ちは分かるが、無茶はいけねぇ。
いま伊三郎を殺ったとしても、島村一家がどうなるかを考えなくちゃいけねぇ。
島村一家が潰れるのなら伊三郎を殺したほうがいい。
しかし伊三郎がいなくなっても、島村一家が健在のままだったら、
こんどは、俺たちのほうが潰されることになる」
「親分!。そんな事は、やってみなきゃわかんねぇだろう!」
「だからおめえはしくじるんだ。いいか、よく考えろ文蔵」
2人のやり取りを聞いていた軍師の円蔵が、「まぁ落ち着け」と口を挟む。
「わかんねぇじゃ済まねぇんだぜ、文蔵。
おめえは頭にくると簡単に伊三郎を殺すと言って騒ぐが、相手は十手持ちだ。
十手持ちを殺して、ただで済むと思ってんのか。
必ず手配書が回る。
手配された連中はしばらく帰って来られねぇ。
その間に留守を守っている者が殺されたら、おめえたちは帰る場所がなくなる。
そのあたりのことをよく考えてから、行動に移さなきゃいけねぇ」
「軍師のいうことは、よく分かる。
だがよ・・・このまま黙って引き下がったら、国定一家が笑いものにされちまう」
文蔵が眉間にしわを寄せる。握り締めたこぶしが、ぶるぶる震えている。
「文蔵が半殺しの目に遭ったのは、賭場の準備に来たほかの連中にも見られている。
子分たちは帰ってから、事の成り行きをてめえの親分に知らせたはずだ。
そうなるとこの俺がどう出るか、期待して見ているのにちげえねぇ。
子分がこんな目に遭わされたというのに、何もしなかったら、俺が笑われちまう。
意気地なしだと、きっと、世間から笑われる」
忠治が再び、目を閉じる。
「たしかにそれは言える・・・だが、彦六の奴がどうも臭え。
ひょっとしたら先走った彦六が、伊三郎に内緒で場所割りを変えたかもしれねぇぞ。
そうなってくるとまた、話は別になる」
「円蔵。そんなことはどうでもいい。
真相をはっきりさせて彦六を殺したって、伊三郎が生きてる限り国定一家はつぶされちまう。
こうなったらもう、伊三郎を殺すよりほかに俺たちの助かる道はねぇ!」
「そうだな。いまがやるべき時かもしれねぇな。
大前田の英五郎親分も、久宮の親分を殺ったことで男をあげて、名前を売った。
俺もいつかは、島村の伊三郎をやらなきゃならねぇ。
たしかにいまが、その時だ。
よし。よくわかった。伊三郎を殺るってことで腹を決めようじゃねぇか。
軍師。さっそく作戦をたててくれ」
(94)へつづく
おとなの「上毛かるた」更新中
第六章 天保の大飢饉 ⑩
「まずは伊三郎が、今年、どうして俺たちの賭場を隅っこにしたのか、
そいつを考えなくちゃいけねぇな」
黙ったままやりとりを聞いていた忠治が、目を開ける。
「そんなのは決まってらぁ。賭場割りで難癖をつけてから、境の宿へ彦六を送り込み、
俺たちのシマを乗っ取ろうと考えているからでぇ!」
文蔵が顔を冷やしていた手ぬぐいを投げ捨てる。そのまま忠治の前へ身体を乗り出す。
「慌てるな文蔵。おめえの気持ちはよくわかる。
たしかに、その通りかもしれねぇ。
だが伊三郎のやつは、おめえたちが彦六に仕返しするのを、待ち構えている。
彦六を餌に、おめえたちが騒ぎ始めるのを待っているんだ。
そうなったら、まとめて取っ捕まえる魂胆だ」
「彦六のやつなんざ後回しだ。
伊三郎の奴をさきに殺(や)っちまえば、俺たちが捕まることはねぇ!」
「まぁ待て、文蔵。おめえの気持ちは分かるが、無茶はいけねぇ。
いま伊三郎を殺ったとしても、島村一家がどうなるかを考えなくちゃいけねぇ。
島村一家が潰れるのなら伊三郎を殺したほうがいい。
しかし伊三郎がいなくなっても、島村一家が健在のままだったら、
こんどは、俺たちのほうが潰されることになる」
「親分!。そんな事は、やってみなきゃわかんねぇだろう!」
「だからおめえはしくじるんだ。いいか、よく考えろ文蔵」
2人のやり取りを聞いていた軍師の円蔵が、「まぁ落ち着け」と口を挟む。
「わかんねぇじゃ済まねぇんだぜ、文蔵。
おめえは頭にくると簡単に伊三郎を殺すと言って騒ぐが、相手は十手持ちだ。
十手持ちを殺して、ただで済むと思ってんのか。
必ず手配書が回る。
手配された連中はしばらく帰って来られねぇ。
その間に留守を守っている者が殺されたら、おめえたちは帰る場所がなくなる。
そのあたりのことをよく考えてから、行動に移さなきゃいけねぇ」
「軍師のいうことは、よく分かる。
だがよ・・・このまま黙って引き下がったら、国定一家が笑いものにされちまう」
文蔵が眉間にしわを寄せる。握り締めたこぶしが、ぶるぶる震えている。
「文蔵が半殺しの目に遭ったのは、賭場の準備に来たほかの連中にも見られている。
子分たちは帰ってから、事の成り行きをてめえの親分に知らせたはずだ。
そうなるとこの俺がどう出るか、期待して見ているのにちげえねぇ。
子分がこんな目に遭わされたというのに、何もしなかったら、俺が笑われちまう。
意気地なしだと、きっと、世間から笑われる」
忠治が再び、目を閉じる。
「たしかにそれは言える・・・だが、彦六の奴がどうも臭え。
ひょっとしたら先走った彦六が、伊三郎に内緒で場所割りを変えたかもしれねぇぞ。
そうなってくるとまた、話は別になる」
「円蔵。そんなことはどうでもいい。
真相をはっきりさせて彦六を殺したって、伊三郎が生きてる限り国定一家はつぶされちまう。
こうなったらもう、伊三郎を殺すよりほかに俺たちの助かる道はねぇ!」
「そうだな。いまがやるべき時かもしれねぇな。
大前田の英五郎親分も、久宮の親分を殺ったことで男をあげて、名前を売った。
俺もいつかは、島村の伊三郎をやらなきゃならねぇ。
たしかにいまが、その時だ。
よし。よくわかった。伊三郎を殺るってことで腹を決めようじゃねぇか。
軍師。さっそく作戦をたててくれ」
(94)へつづく
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