落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (94)  第六章 天保の大飢饉 ⑪ 

2016-11-25 17:12:44 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (94)
 第六章 天保の大飢饉 ⑪ 



 
 忠治は文蔵とともに祇園祭の賭場を、割り振られた場末でひらいた。
場所が悪いと文句を言っている場合ではない。
賭場をひらかなければ、不審を感じた伊三郎が警戒をつよめる。


 「伊三郎だって馬鹿じゃねぇ。
 俺たちがどんな風に出てくるか、鵜の目タカの目で監視している。
 髪の毛ひとつでも、疑われちゃならねぇ。
 勝負は7月にひらかれる最初の絹市の晩だ。
 いいな。それまでは何が有っても、絶対に気付かれちゃならねぇぞ」


 くれぐれも気付かれないように用心しろと、軍師の円蔵が子分たちに念を押す。
喧嘩ッ早い文蔵に向い、特におまえは気をつけろと重ねてクギを刺す。



 しかし。軍師の心配はまったく無用だった。
決行の日を知った文蔵は、周囲が呆れるほど、なにごとにも下手に出た。
伊三郎の子分と、境内で顔を合わせる。
ペコペコと頭を下げ、「来年はもっといい場所にお願いします」と頼み込む。
まわりが呆れるほどの低姿勢ぶりだ。

 
 7月最初の絹市の晩と決めたのには、理由が有る。
市が立つ日。伊三郎は必ず、大黒屋と桐屋の賭場へやって来る。
帰りは平塚道から中島へ出て、利根川を船で渡り、島村へ帰っていく。
それがいつもの決まった道順だ。



 だが7月最初の絹市にかぎり、別の用事が発生する。
縄張りのひとつ。世良田村の長楽寺で、年に一度の特別な会合がひらかれる。
世良田の顔役たちが、この席へ顔をそろえる。
年にいちどの会合のあと。男たちは、そろって博打を楽しむ。
伊三郎は、縄張り内での評判を人一倍気にする男だ。
律儀にこの会合へ必ず顔を出す。軍師の円蔵はそう読んだ。


 普段の見回りなら、明るいうちに島村へ帰ってしまう。
しかしこの日にかぎり、世良田村まで足を延ばす。
賭場が開かれるのは日が落ちてから。とうぜん夜道を歩くことになる。
用心深い伊三郎には、珍しいことだ。
この瞬間こそ、待ちに待った襲撃のそのとき。と、円蔵は計画を決めた。



 忠治は伊三郎襲撃の人数を、7人とした。
大人数で動いては、目立ち過ぎる。
三ツ木の文蔵。曲沢の富五郎。山王道の民五郎。八寸の才市。神崎の友五郎。
甲斐の新十郎。板割の浅次郎の七人を選び出した。


 伊三郎の用心棒、永井兵庫という浪人者は腕が立つ。
斬りあいになったのではこちらが不利になる。
飛び道具で、さきに傷を負わせる作戦にでた。
そのためにまず、鉄砲名人の才市と、弓名人の新十郎を襲撃の仲間に入れた。


 飛び道具がしくじった場合も考えた。
富五郎は真庭念流の使い手で、永井兵庫と五分にわたりあえる。
民五郎は居合抜きの名手。
さらに友五郎は神道流の達人で、板割の浅次郎は槍を使う。
連れて行ってくれと願い出る子分が多かった。
しかし、伊三郎を殺したあと、島村一家が反撃してくることも考えなければならない。



 「おめえたちは万一に備えて、留守を守ってくれ」



 子分たちに言い残し、忠治と7人の刺客が百々村を出て、境の宿へ入る。
前もって用意していた隠れ家へひそむ。
伊三郎が見回りのために、大黒屋へあらわれた。
いつもの刻限だ。昼をすこし過ぎたばかりのいつも通りのいつもの時間。
供回りの顏ぶれも、いつもと変わらない。
用心棒の永井兵庫。子分の新次郎。荷物持ちの三下奴が2人の、いつもの顔ぶれ。
用心している様子は、まったくない。


 伊三郎の一行が大黒屋へ入る。
大黒屋で半時(はんとき)ほど過ごしてから、いつものように桐屋へ移っていく。
ここまでも、まったくいつもと同じ行動だ。



 「よし。いつも通りの伊三郎の一行だ。
 まんにひとつも、俺たちの動きに気が付いていないようだ。
 じゃ、おめえたちは2人づつ組んで、世良田へ急げ。
 ただし。目立つんじゃねぇぞ。
 間を置いて、きづかれないように移動するんだ。
 ひそむのは、長楽寺の手前にある熊野神社。
 くれぐれも気を付けて行け」


 2人ずつ、時間を置いて忠治が、隠れ家から刺客を送り出す。

(95)へつづく


おとなの「上毛かるた」更新中