忠治が愛した4人の女 (78)
第五章 誕生・国定一家 ⑫
女壺振り人・お辰の初披露の日がやって来た。
勝負服に着替えたお辰は、きりりとしていて、涙が出るほど美しい。
おりんも、あまりのお辰の変りように、思わず息をのみこんだ。
「罪だよね。あんたの美しさは。
でもさ。どんなに美しく咲いても、やっぱりやくざはやくざ。日陰の花だ。
堅気で生きていればいいものを、好き好んで博徒の道に入るからこうなるんだ。
だけどやっぱり、どこから見ても綺麗だね。
女のわたしから見ても、うらやまし過ぎる。
いまのあんたを見てると、溜息しか出てこないから不思議だねぇ」
「姐さん。そんなことを言わないで。わたしいま、極度に緊張しています。
サイコロを落としたら、どうしましょう。
そんな風に考えはじめたら、指の震えが止まらなくなってきました・・・」
「あたしだって最初の時は、そうだった。
でもさ。弱気はみせちゃいけないんだ、この世界は。
食うか、喰われるかです。
腹をすえて、男たちをみんな、ぺろりと平らげるつもりで盆に座るんだ。
そうすると不思議にこころが落ち着く。
さぁ行っといで。あんたの晴れ舞台の幕が開いた。
今日の主役は、あんただよ」
ポンと尻を叩かれたお辰が、ロウソクが灯された男たちの賭場へ入っていく。
男たちの目が、いっせいにお辰を振り返る。
(ほぉぉ・・・)男たちの低く唸る声が、暗い賭場の中を流れていく。
盆に腰を下ろしたお辰が、片肌を脱ぐ。
真っ白の肩から胸にかけて、描いたばかりの緋牡丹があらわれる。
ごくりと、生唾を呑み込む音がひろがっていく。
お辰の賭場は大好評だった。お辰には、なによりも女の品が有る。
「入ります」と雪のような腕が壺を振りあげる。
その瞬間。見守っている男たちのあいだに、震えが走る。
チラリと見える胸のサラシから、女の色香がこれでもかとばかり、こぼれ落ちてくる。
次の日。百々一家の賭場が、超満員になった。
噂を聞きつけて近在の旦那衆が、こぞって集まって来た。
お辰をひと目だけでも見ようと、やじ馬がたちが賭場の前に集まって来た。
お辰の評判が、またたく間にひろがっていく。
市が立つ日の賭場は、お辰のおかげで超満員の日がつづいていく。
さらにてら銭を5分から4分に引き下げたことも、賭場の人気に拍車をかけた。
超満員がつづく忠治の賭場を、伊三郎が黙って見ているはずがない。
だが、てら銭を4分に引き下げることはできない。
伊三郎は代貸たちに賭場を任せ、てら銭の上前をはねている。
5分のうちの2分を上納として受け取っている。
自分の妾のひとり、お北に、壺振りを仕込むことにした。
お北は妾の中でいちばん若く、器量もいい。
数日間の特訓を受けたのち、大黒屋の賭場へお北が送り込まれる。
賭場の雰囲気になれていないお北は、極度に緊張していた。
サイコロを壺に入れることさえ出来ない。オロオロして何度も失敗してしまう。
焦れば焦るほど、ぼろが出てくる。
しまいには壺も振れず、盆に泣き伏せてしまう。
1日目ばかりか2日目、3日目と、お北の失敗がつづいていく。
「これじゃ勝負にもならん」おおくの旦那衆が、大黒屋の賭場から逃げ出していく。
にわか仕立てで壺が振れるほど、渡世の世界は甘くない。
伊三郎がお北の壺ふりをあきらめた頃。島村一家に、ひとりの女がワラジを脱いだ。
「信州無宿の、おりんと申します」
初めてみる女渡世人が、伊三郎にむかって、にこりとほほ笑む。
(79)へつづく
おとなの「上毛かるた」更新中
第五章 誕生・国定一家 ⑫
女壺振り人・お辰の初披露の日がやって来た。
勝負服に着替えたお辰は、きりりとしていて、涙が出るほど美しい。
おりんも、あまりのお辰の変りように、思わず息をのみこんだ。
「罪だよね。あんたの美しさは。
でもさ。どんなに美しく咲いても、やっぱりやくざはやくざ。日陰の花だ。
堅気で生きていればいいものを、好き好んで博徒の道に入るからこうなるんだ。
だけどやっぱり、どこから見ても綺麗だね。
女のわたしから見ても、うらやまし過ぎる。
いまのあんたを見てると、溜息しか出てこないから不思議だねぇ」
「姐さん。そんなことを言わないで。わたしいま、極度に緊張しています。
サイコロを落としたら、どうしましょう。
そんな風に考えはじめたら、指の震えが止まらなくなってきました・・・」
「あたしだって最初の時は、そうだった。
でもさ。弱気はみせちゃいけないんだ、この世界は。
食うか、喰われるかです。
腹をすえて、男たちをみんな、ぺろりと平らげるつもりで盆に座るんだ。
そうすると不思議にこころが落ち着く。
さぁ行っといで。あんたの晴れ舞台の幕が開いた。
今日の主役は、あんただよ」
ポンと尻を叩かれたお辰が、ロウソクが灯された男たちの賭場へ入っていく。
男たちの目が、いっせいにお辰を振り返る。
(ほぉぉ・・・)男たちの低く唸る声が、暗い賭場の中を流れていく。
盆に腰を下ろしたお辰が、片肌を脱ぐ。
真っ白の肩から胸にかけて、描いたばかりの緋牡丹があらわれる。
ごくりと、生唾を呑み込む音がひろがっていく。
お辰の賭場は大好評だった。お辰には、なによりも女の品が有る。
「入ります」と雪のような腕が壺を振りあげる。
その瞬間。見守っている男たちのあいだに、震えが走る。
チラリと見える胸のサラシから、女の色香がこれでもかとばかり、こぼれ落ちてくる。
次の日。百々一家の賭場が、超満員になった。
噂を聞きつけて近在の旦那衆が、こぞって集まって来た。
お辰をひと目だけでも見ようと、やじ馬がたちが賭場の前に集まって来た。
お辰の評判が、またたく間にひろがっていく。
市が立つ日の賭場は、お辰のおかげで超満員の日がつづいていく。
さらにてら銭を5分から4分に引き下げたことも、賭場の人気に拍車をかけた。
超満員がつづく忠治の賭場を、伊三郎が黙って見ているはずがない。
だが、てら銭を4分に引き下げることはできない。
伊三郎は代貸たちに賭場を任せ、てら銭の上前をはねている。
5分のうちの2分を上納として受け取っている。
自分の妾のひとり、お北に、壺振りを仕込むことにした。
お北は妾の中でいちばん若く、器量もいい。
数日間の特訓を受けたのち、大黒屋の賭場へお北が送り込まれる。
賭場の雰囲気になれていないお北は、極度に緊張していた。
サイコロを壺に入れることさえ出来ない。オロオロして何度も失敗してしまう。
焦れば焦るほど、ぼろが出てくる。
しまいには壺も振れず、盆に泣き伏せてしまう。
1日目ばかりか2日目、3日目と、お北の失敗がつづいていく。
「これじゃ勝負にもならん」おおくの旦那衆が、大黒屋の賭場から逃げ出していく。
にわか仕立てで壺が振れるほど、渡世の世界は甘くない。
伊三郎がお北の壺ふりをあきらめた頃。島村一家に、ひとりの女がワラジを脱いだ。
「信州無宿の、おりんと申します」
初めてみる女渡世人が、伊三郎にむかって、にこりとほほ笑む。
(79)へつづく
おとなの「上毛かるた」更新中