落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (83)       第五章 誕生・国定一家 ⑰

2016-11-09 17:06:59 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (83)
      第五章 誕生・国定一家 ⑰




 知らせはすぐ百々一家へ届いた。
「うまくいったようだぜ、円蔵の兄貴」文蔵がさっそく、軍師の元へ飛んできた。


 「だが油断はできねぇ。伊三郎のやつは十手持ちだ。
 身内のごたごた騒ぎとはいえ、ご政道のさばきを出さなきゃならねぇ。
 やつがいったい、どんな結論を出すかが問題だ」


 「それなら心配はねぇだろう。
 誰が見たって、賭場を荒らされた助八一家が、仕返しに勘助の賭場を荒らした。
 賭場を荒らした2人を、勘助一家が見つけ出して切り殺した。
 という風に、普通は見るだろう」



 「そんな風にうまくいけば、こっちの筋書き通りの展開になる。
 だが、どこまでもずる賢い伊三郎のことだ。
 油断は出来ねぇ。
 やつがどんなさばきを出すか、そいつを見極めてから次の作戦にうつる」



 軍師の円蔵はどこまでも用心深い。
今回の件に百々一家が関わっていることが露呈してしまえば、ただでは済まない。
あくまでも身内同士の争い事として、事態を装う必要がある。
しかし、円蔵の心配は杞憂にすぎなかった。事態は意外な方向へすすんでいく。



 子分2人を殺された助八一家が、激怒した。
その夜のうちにおもだった子分衆を集める。すぐさま喧嘩支度を整える。
夜明け前に勘助の屋敷へ乗り込む。
油断したまま、不意を突かれた勘助一家は、たまらない。
防戦する暇もなく、いあわせた全員が、ことごとく助八一家によって切り殺された。
勘助の首をあげた助八は、縄張りに戻らず、そのまま子分を連れて、
国越えの旅に出る。



 代貸2人による突然の殺し合いに、伊三郎の怒りは収まらない。
関東取締出役へ訴え出た伊三郎が、助八の一党をお尋ね者として関東一円に手配する。
空白になった助八の平塚と勘助の中島に、それぞれ伊三郎の子分がやってきた。
代貸としておさめることになった。
しかし、とてもではないが、急ごしらえの代貸では助八と勘助の穴を埋めることは出来ない。
こうして円蔵の作戦は、見事なまでに成功した。


 「最初の作戦はうまくいった。3本柱のうちの2本が倒れた。
 しかし、残る1本が難問だ。
 こいつを攻める前に、ひとつだけ、かたをつけておきたいことが有る」



 子分たちを集めた円蔵が、ぐるりと全員を見回す。
10数人だった百々一家が、いまや30人を超える大所帯になっている。
文蔵や富五郎。女壺振りの桐生のお辰や、おりんの姿も見える。


 「次に、残ったひとりの世良田の弥七を狙う。
 だが、その前に、どうしてもやっておきたいことが有る。
 それで今日、こうしてみんなに集まってもらった。
 実はな。二代目の百々一家を、そろそろ解散しょうと思ってる」



 円蔵が意外な言葉を口にする。
驚いたのは代貸の文蔵だ。まったく聞いていない話だ。寝耳に水もはなはだしい。
子分たちも同様に、ざわざわといっせいに騒ぎだす。


 「みんな。話は最後まで聞いてくれ。
 先代の紋次親分がつくった百々一家は、すでに役割を終えた。
 さいわい紋次親方は、一命をとりとめた。
 だがもう昔のようにはならねぇ。
 そこでだ。2代目を襲名した忠治親分を筆頭に、あたらしい一家を発足したいと考えた。
 親分はもともと、国定村の忠治として男を売って来た。
 16歳で無宿者を切り殺した國定忠治の名前は、関八州に知れ渡っている。
 百々一家の忠治じゃ、どうにも説明するのがじれったい。
 この際だ。わかりやすく、組の名前を国定一家とあらためる。
 紋次親方もすでに承知している。
 忠治親分もこの件に関しては、俺に反対はねぇと言い切った。
 あとはみんな次第だ。
 どうでぇ。この際、百々一家をあらためて、国定一家にしょうじゃねぇか!」



 おうっ!と、賛成のどよめきが、全員の口からあがる。
全員が賛成したこの瞬間。
忠治が引き継いだ2代目百々一家が、はじめて、「国定一家」の名前をかかげる。
こうして誕生した親分も子分も若い『国定一家』が、やがて関東の八州に、
その名を燦然と轟かせていくことになる。

 第五章 誕生・国定一家 完


(84)へつづく


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