落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (80)       第五章 誕生・国定一家 ⑭

2016-11-06 17:23:35 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (80)
      第五章 誕生・国定一家 ⑭




 「組織を分断させる?。いったいどんな手を使うんだ?」


 文蔵が、円蔵の顔を覗き込む。
知恵のよくまわる円蔵を、すでに一家の「軍師」として認めている。



 「おりんの話では、伊三郎のしたに9人の代貸がいる。
 9人とも、もとは小さな一家の親分だ。
 この中で力をもっているのは、3人。
 世良田の弥七と、平塚の助八。中島の甚助の3人。あとは雑魚ばかりだ。
 中には伊三郎に不満を持っている代貸もいるが、2足のワラジを履いている伊三郎には
 逆らうことができねぇ。
 まずはこの代表格の3人を、つぶす。
 さいわいこの中に、仲の悪い2人がいる。
 この2人を揺さぶり、内輪もめを起こして分断させようじゃねぇか」


 「仲の悪い2人をけしかけて、同士討ちさせるということか?」



 「そうだ。
 おりんの調べでは、平塚の助八と中島の甚助の2人は、縄張りが隣り合っている。
 もともとこの2人は、犬猿の仲だ。
 この2人をたきつけ、内輪のもめ事を起こそうという寸法よ。
 主だった代貸が消えて組織がばらばらになれば、こっちのもんだ。
 3人がいなくなれば伊三郎を殺しても、かたき討ちにくるような代貸は
 いなくなるからな」


 「なるほど。外堀を埋めてから、本丸の伊三郎のやろうを討つのか。
 頭がいいねぇ、あいかわらず。お前ってやつは」

 
 「伊三郎を殺しても、百々一家を潰されたら元も子もねぇ。
 安全が保障された状態で、敵を討つ。
 これこそが、ぜったいに負けねぇための、俺さまの軍略よ」


 「よし。よく分かった。で、とりあえず、どんな手をうつんだ?」



 文蔵が、身体を乗り出す。
俺が先頭に立って行こうじゃねぇかと、喧嘩好きな文蔵がうずうずしている。
だが「おめえは駄目だ」と円蔵が止める。


 「おめえの顔は目立ちすぎるし、売れてすぎている。
 そうだな。子分になったばかりの、富五郎と又八がいいだろう。
 この2人に賭場荒らしをしてもらう。
 とりあえず、平塚の助八の賭場ばかりを、徹底的に狙う」



 「平塚の助八の賭場ばかりを狙う?。なんでだ。
 どうせなら、中島の甚助の賭場も狙ったほうが、効果があるだろう?」


 「それじゃだめだ。
 あくまでも中島の甚助が仕掛けたと見せるんだ。
 賭場を荒らした証拠の品を、勘助の縄張りの中へ落としてくる。
 なるべく目立たない場所へ捨ててくるんだ。
 勘助一家の裏手にある竹藪あたりへ、テラ銭を入れる箱を落としてくる。
 そうすりりゃ誰もが、勘助一家が賭場を荒したと思うだろう」


 「なるほど、そいつは面白れぇ。うまいことを考えつくもんだ。
 やっぱり悪党だな、おまえって男は!」

 
 「言葉に気を付けろ、悪党じゃねぇ。軍略の知恵だ」

 
 さっそく文蔵が、子分になったばかりの富五郎と又八を呼びつける。



 「おまえら2人。顔を隠して、平塚の助八の賭場を荒らしてこい。
 だが。つづけてやるんじゃねぇぞ。
 月に1回ぐらいの割合で良い。
 忘れたころ、助八の賭場を荒らしくるんだ。
 賭場を襲った証拠の品を、勘助の縄張りの中へ落としてこい」



 命令を受けた2人がさっそく、手ぬぐいで顔を隠して平塚へ出向いていく。
平塚は、古くから栄えている河岸。
河岸は、利根川と広瀬川が合流する地点の、左岸にある。
かつては銅を運ぶための、「あかがね街道」の終点だった。
牛馬をつかって街道を下って来た足尾の銅が、ここから船に積み込まれる。
河岸には往時をしのばせる、銅を保管するための御用蔵が残っている。



 江戸の中ごろ。銅の積み込みは、もうすこし下流の前島の河岸へ移った。
銅にかわり、江戸に向けた薪や炭、木材や穀物、醤油、酒などが集まって来るようになった。
前橋から広瀬川を使って運ばれてきた生糸も、ここから大きな船に
積み替えられる。

 

(81)へつづく

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