忠治が愛した4人の女 (96)
第六章 天保の大飢饉 ⑬
伊三郎の一行は、5人。
提灯を持った新次郎を先頭に、荷物持ちの三下が2人。
すぐうしろを伊三郎があるいている。
用心棒の永井兵庫がすこし離れて、ふらりふらりとついてくる。
警戒している様子は、まったくない。
それどころか用心棒の永井兵庫は、呑みすぎて千鳥足だ。
(焦るんじゃねぇぞ。いちどやり過ごして、背後から襲う)
忠治が文蔵に目配せを送る。
桑畑に隠れた忠治と文蔵の目の前を、世良田へ向かう一行が通り過ぎていく。
世良田まで、あと5町(約500m)あまり。
無警戒のまま伊三郎一行が、ゆっくりと忠治の前を通り過ぎていく。
「やい。待ちやがれ、伊三郎!」
頃合いは充分と見た文蔵が、背後から大きな声で呼び止める。
伊三郎が振りかえる。
その瞬間。鉄砲の音がとどろく。用心棒の永井兵庫がもんどり打って倒れる。
「卑怯だぞ、てめえら!」兵庫の声をかき消すように、2発目の銃声がとどろく。
新十郎のはなった矢が、提灯を持っている新次郎を射抜く。
三下たちが荷物を放り出し、我先に逃げ出す。
その逃げ道を、民五郎と板割の浅次郎がふさぐ。
悲鳴をあげた三下が、街道から外れていく。泥田の中を慌てふためいて駆けまわる。
「逃がすものか」民五郎が、泥田に逃げた三下を追う。
浅次郎の槍がもうひとりの三下を、執拗に追いかけまわしていく。
「おめえは忠治だな。こんなことをして、タダで済むと思ってんか!」
伊三郎が腰の脇差に手を伸ばす。
「やかましい。てめぇこそ年貢の納め時だ。覚悟しゃがれ」
手出しをするんじゃねぇぞ、俺がやると忠治が、腰の吉兼を抜き放つ。
脇差に手をかけたまま、伊三郎が2歩3歩、うしろへ下がっていく。
忠治がかまわず間合いを詰める。
伊三郎の退路がなくなった瞬間。
するどく気合をかけて忠治が、吉兼を大上段へ振りかざす。
真庭念流の剣は、一撃必殺。
大上段から振り下ろされた吉兼が、伊三郎を袈裟がけに斬る。
充分な手ごたえが有った。
さらに返す刀で忠治が、伊三郎の胴を横に払う。
こちらも充分すぎる手ごたえが有った。
忠治の愛刀。加賀の野鍛冶が鍛えた吉兼の切れ味は、鋭い。
かんたんに致命傷を与えることができる。それほどまで切れ味は鋭い。
2回の攻撃で、すでに伊三郎は虫の息。
文蔵が、瀕死の永井兵庫にとどめを刺す。
泥田の中で三下の2人も、民五郎と浅太郎の攻撃を受けて絶命する。
ただひとり。提灯を持っていた新次郎だけを取り逃がす。
「もういい。逃げたちょうちん持ちなんざ、放っておけ。
伊三郎のやつは予定通り片づけた。
だが、問題はこれからだ。
留守は円蔵にまかせるとして、俺たちも2手に別れよう。
富五郎と友五郎、新十郎と才市の4人は、行商人に化けて下総(千葉)へ向え。
残った俺たちは、糸繭商人に化けて信州へ向かう」
本懐をとげた忠治の一行が2手に分かれる。それぞれ国を越えていく。
天保6年7月。忠治はふたたび、人を殺してしまった。
苦い想いを抱きながら忠治が三国の山(群馬と長野の県境)を越えていく。
第六章 天保の大飢饉 完
第一部 完
第六章 天保の大飢饉 ⑬
伊三郎の一行は、5人。
提灯を持った新次郎を先頭に、荷物持ちの三下が2人。
すぐうしろを伊三郎があるいている。
用心棒の永井兵庫がすこし離れて、ふらりふらりとついてくる。
警戒している様子は、まったくない。
それどころか用心棒の永井兵庫は、呑みすぎて千鳥足だ。
(焦るんじゃねぇぞ。いちどやり過ごして、背後から襲う)
忠治が文蔵に目配せを送る。
桑畑に隠れた忠治と文蔵の目の前を、世良田へ向かう一行が通り過ぎていく。
世良田まで、あと5町(約500m)あまり。
無警戒のまま伊三郎一行が、ゆっくりと忠治の前を通り過ぎていく。
「やい。待ちやがれ、伊三郎!」
頃合いは充分と見た文蔵が、背後から大きな声で呼び止める。
伊三郎が振りかえる。
その瞬間。鉄砲の音がとどろく。用心棒の永井兵庫がもんどり打って倒れる。
「卑怯だぞ、てめえら!」兵庫の声をかき消すように、2発目の銃声がとどろく。
新十郎のはなった矢が、提灯を持っている新次郎を射抜く。
三下たちが荷物を放り出し、我先に逃げ出す。
その逃げ道を、民五郎と板割の浅次郎がふさぐ。
悲鳴をあげた三下が、街道から外れていく。泥田の中を慌てふためいて駆けまわる。
「逃がすものか」民五郎が、泥田に逃げた三下を追う。
浅次郎の槍がもうひとりの三下を、執拗に追いかけまわしていく。
「おめえは忠治だな。こんなことをして、タダで済むと思ってんか!」
伊三郎が腰の脇差に手を伸ばす。
「やかましい。てめぇこそ年貢の納め時だ。覚悟しゃがれ」
手出しをするんじゃねぇぞ、俺がやると忠治が、腰の吉兼を抜き放つ。
脇差に手をかけたまま、伊三郎が2歩3歩、うしろへ下がっていく。
忠治がかまわず間合いを詰める。
伊三郎の退路がなくなった瞬間。
するどく気合をかけて忠治が、吉兼を大上段へ振りかざす。
真庭念流の剣は、一撃必殺。
大上段から振り下ろされた吉兼が、伊三郎を袈裟がけに斬る。
充分な手ごたえが有った。
さらに返す刀で忠治が、伊三郎の胴を横に払う。
こちらも充分すぎる手ごたえが有った。
忠治の愛刀。加賀の野鍛冶が鍛えた吉兼の切れ味は、鋭い。
かんたんに致命傷を与えることができる。それほどまで切れ味は鋭い。
2回の攻撃で、すでに伊三郎は虫の息。
文蔵が、瀕死の永井兵庫にとどめを刺す。
泥田の中で三下の2人も、民五郎と浅太郎の攻撃を受けて絶命する。
ただひとり。提灯を持っていた新次郎だけを取り逃がす。
「もういい。逃げたちょうちん持ちなんざ、放っておけ。
伊三郎のやつは予定通り片づけた。
だが、問題はこれからだ。
留守は円蔵にまかせるとして、俺たちも2手に別れよう。
富五郎と友五郎、新十郎と才市の4人は、行商人に化けて下総(千葉)へ向え。
残った俺たちは、糸繭商人に化けて信州へ向かう」
本懐をとげた忠治の一行が2手に分かれる。それぞれ国を越えていく。
天保6年7月。忠治はふたたび、人を殺してしまった。
苦い想いを抱きながら忠治が三国の山(群馬と長野の県境)を越えていく。
第六章 天保の大飢饉 完
第一部 完