オヤジ達の白球(2) 持病

祐介は、持病をもっている。
「ぎっくり腰」からはじまる腰の痛みだ。
30代のはじめの頃。「椎間板ヘルニア」と診断され、ひと月ほど入院したことがある。
以来。やっかいな痛みが、祐介の身体に定着した。
腰の痛みはいつも些細なきっかけからはじまる。
数日前のこと。棚の荷物を取ろうとしたとき。わずかな痛みが背筋をはしった。
「あれ?。またやったかな?」と思った。
こんな風に祐介の腰痛は、ささいなきっかけからはじまる。
案の定。痛みは、時間とともに激しさを増した。
痛みはじめてから3日目の朝。寝床から起き上がることができなくなった。
横になったまま、身動きひとつできない痛みになる。
「また、いつもの状態がはじまりやがった。
分かっているがこうなると、独り者は、どうにもならん」
布団に横になったまま、ひたすら痛みに耐えるしか対策がない。
寝込んだままの2日目の朝。
玄関へ、人がやって来たような気配がする。
祐介は一人っ子。
早くに両親を亡くしている。そのため、親戚との付き合いは薄い。
どちらかといえば疎遠のままだ。
「誰だ。今頃・・・」身体の向きを変えるだけで、痛みが襲ってくる。
玄関の様子を確認することなど、とうていできない。
ピンポン~。玄関のチャイムが鳴る。
「開いてるぞ。勝手に入ってきてくれ」
そう叫んだ。だが声が出ない。かすれきっている。
まる2日間、何も食べていないためだ。体力はすでに底をついている。
(落ち目の三度笠だな、情けねぇ。声もろくに出やしねぇ・・・)
もういちど。ピンポン~と玄関のチャイムが鳴る。
祐介は、声を出すことを諦めた。
それから数分後。今度は庭へ、誰かが入って来たような物音がする。
(へっ・・・回り込んで来たぜ。物好きな奴もいるもんだ・・・)
庭は荒れ放題になっている。
好きではじめた家庭菜園も、手入れを中断したまま、ぼさぼさ状態になっている。
庭というより、まるで耕作放棄の農地のようだ。
不安を感じながら、こわごわ荒れ地を歩いてくる様子が、枕元まで伝わって来る。
『誰だいったい。庭まで入って来るとは、ずいぶん物好きな奴だ』
ようやくたどり着いた足音が、ガラスの向こうで躊躇っている。
覚悟を決めたのか。そっと伸びた指先が、コンコンと軽くガラスを叩きはじめた。
ガラス戸に手をかけた瞬間。動く気配を感じ取る。
「あら。鍵はかかっていないみたいです。不用心ですねぇ、祐介ったら・・・」
聞き覚えのある声だ。
からりと音を立て、ガラス戸があく。
『勝手に入るわよ。いるんでしょ。祐介?』
女の気配が廊下へ入って来る。
外気と一緒に、いつもの化粧の匂いが漂ってきた。
麦わら帽子をかぶった女が、祐介の枕元へ立つ。
起き上がろうとする祐介を、『そのままでいいよ』と制止する。
「無理して起きなくてもいいよ。
もう3日も、お店を休んでいるんでしょ。
どうしたの?。またいつもの、腰痛のはじまり?。
軟弱だわねぇ。あんたの腰は」
あらわれたのは、幼なじみの陽子。
成人式が終わった直後。望まれて資産家のもとへ嫁いだ。
「金に目がくらんだんだぜ、あいつは』と、さんざん同級生たちが避難した。
だが何が気にいらなかったのか、わずか3ヶ月で離婚した。
その後。ぷっつりと消息が途絶えた。
まったく連絡がつかず、30年近い月日が経過した。
その陽子が、ひょっこり実家へ舞い戻って来た。いまから半年前のことだ。
「動けないんだろう。朝ごはんを作って来た。
病人のくせに無駄な元気を出して、わたしを襲ったりしないでおくれ」
「朝飯か。そいつはありがてぇ。
見た通り寝たっきりだ。2日も食っていないから、腹はペコペコだ。
動けないが、お前がここまで来てサービスしてくれるのなら、話は別だ」
(3)へつづく
落合順平 作品館はこちら

祐介は、持病をもっている。
「ぎっくり腰」からはじまる腰の痛みだ。
30代のはじめの頃。「椎間板ヘルニア」と診断され、ひと月ほど入院したことがある。
以来。やっかいな痛みが、祐介の身体に定着した。
腰の痛みはいつも些細なきっかけからはじまる。
数日前のこと。棚の荷物を取ろうとしたとき。わずかな痛みが背筋をはしった。
「あれ?。またやったかな?」と思った。
こんな風に祐介の腰痛は、ささいなきっかけからはじまる。
案の定。痛みは、時間とともに激しさを増した。
痛みはじめてから3日目の朝。寝床から起き上がることができなくなった。
横になったまま、身動きひとつできない痛みになる。
「また、いつもの状態がはじまりやがった。
分かっているがこうなると、独り者は、どうにもならん」
布団に横になったまま、ひたすら痛みに耐えるしか対策がない。
寝込んだままの2日目の朝。
玄関へ、人がやって来たような気配がする。
祐介は一人っ子。
早くに両親を亡くしている。そのため、親戚との付き合いは薄い。
どちらかといえば疎遠のままだ。
「誰だ。今頃・・・」身体の向きを変えるだけで、痛みが襲ってくる。
玄関の様子を確認することなど、とうていできない。
ピンポン~。玄関のチャイムが鳴る。
「開いてるぞ。勝手に入ってきてくれ」
そう叫んだ。だが声が出ない。かすれきっている。
まる2日間、何も食べていないためだ。体力はすでに底をついている。
(落ち目の三度笠だな、情けねぇ。声もろくに出やしねぇ・・・)
もういちど。ピンポン~と玄関のチャイムが鳴る。
祐介は、声を出すことを諦めた。
それから数分後。今度は庭へ、誰かが入って来たような物音がする。
(へっ・・・回り込んで来たぜ。物好きな奴もいるもんだ・・・)
庭は荒れ放題になっている。
好きではじめた家庭菜園も、手入れを中断したまま、ぼさぼさ状態になっている。
庭というより、まるで耕作放棄の農地のようだ。
不安を感じながら、こわごわ荒れ地を歩いてくる様子が、枕元まで伝わって来る。
『誰だいったい。庭まで入って来るとは、ずいぶん物好きな奴だ』
ようやくたどり着いた足音が、ガラスの向こうで躊躇っている。
覚悟を決めたのか。そっと伸びた指先が、コンコンと軽くガラスを叩きはじめた。
ガラス戸に手をかけた瞬間。動く気配を感じ取る。
「あら。鍵はかかっていないみたいです。不用心ですねぇ、祐介ったら・・・」
聞き覚えのある声だ。
からりと音を立て、ガラス戸があく。
『勝手に入るわよ。いるんでしょ。祐介?』
女の気配が廊下へ入って来る。
外気と一緒に、いつもの化粧の匂いが漂ってきた。
麦わら帽子をかぶった女が、祐介の枕元へ立つ。
起き上がろうとする祐介を、『そのままでいいよ』と制止する。
「無理して起きなくてもいいよ。
もう3日も、お店を休んでいるんでしょ。
どうしたの?。またいつもの、腰痛のはじまり?。
軟弱だわねぇ。あんたの腰は」
あらわれたのは、幼なじみの陽子。
成人式が終わった直後。望まれて資産家のもとへ嫁いだ。
「金に目がくらんだんだぜ、あいつは』と、さんざん同級生たちが避難した。
だが何が気にいらなかったのか、わずか3ヶ月で離婚した。
その後。ぷっつりと消息が途絶えた。
まったく連絡がつかず、30年近い月日が経過した。
その陽子が、ひょっこり実家へ舞い戻って来た。いまから半年前のことだ。
「動けないんだろう。朝ごはんを作って来た。
病人のくせに無駄な元気を出して、わたしを襲ったりしないでおくれ」
「朝飯か。そいつはありがてぇ。
見た通り寝たっきりだ。2日も食っていないから、腹はペコペコだ。
動けないが、お前がここまで来てサービスしてくれるのなら、話は別だ」
(3)へつづく
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