落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(6)タンポポ 

2017-04-26 17:57:21 | 現代小説
オヤジ達の白球(6)タンポポ 


 
 それから一週間。腰に全神経をあつめた祐介が、自宅から出る。
復帰トレーニングを兼ねた、朝の散歩だ。
数歩あるいたところで、あまりにも力の入らない自分の足に気が付く。

 
 (なんだよ。一週間寝込んだだけで老人並みに萎えてるのか、俺の足は。
 人の身体なんて軟弱なもんだ。
 道理で朝早くからおおくの人が、せっせと散歩しているわけだ・・・)


 5分も歩くと、堤防に出る。
流れているのは、足尾銅山の鉱毒で有名になった渡良瀬川。
渡良瀬川は、利根川最大の支流にあたる。
このあたりで、100mほどの川幅にひろがる。しかし、まだ瀬に中州は見当たらない。
5キロほどくだった市街地のあたりから、中州があらわれる。


 急流で知られるこの川は、大きな台風が来るたび、被害を生んだ。
昭和の時代。5度にわたり堤防が決壊している。
とりわけ1947年にやってきたカスリーン台風は、関東平野で1000名あまりの死者を出した。
そのうち。桐生市で146人、隣接する足利市で319人の死者行方不明者が出た。
渡良瀬川は、関東最大の被害地になった。


 そんな昔をすっかり忘れたように、いまは土手一面にタンポポが咲いている。
タンポポは何年でも生きつづける「多年草」。
邪魔するものがないかぎり、一本の根をどこまでも地中へ伸ばす。
通常で50㌢。なかには1㍍をこえるというから驚きだ。



 タンポポの花言葉は4つ。
「愛の神託」「神託」「真心の愛」「別離」の4つ。
そのうちの別離は、怠け者の南風と少女の話に由来している。


 黄色い髪をした美しい少女に、南風が一目惚れした。
もともと惚れやすい南風は、黄色い髪の少女に夢中になった。
毎日少女を見つめつづけたが、いつのまにか少女は白髪の老女に変ってしまった。
悲しみのあまり南風が、ふっと大きな溜息をついた・・・
その瞬間。ため息に飛ばされて、白髪の老女にかわったたんぽぽが大空へ
次から次へ舞い上がっていく。



 「花として咲くのは、せいぜい7日から10日。
 花粉を落とし、いったんしぼんでから、1ヶ月ほどで真っ白の綿毛にかわる。
 飛び始める季節は4月から6月の下旬。
 そうか。もう、タンポポが飛びはじめる季節になったんだ・・・」


 いっせいに綿毛にかわるわけではない。
元気に咲き誇るたんぽぽの中。ところどころに早い綿毛が目立つ。


 「南風が溜息さえつかなければ、たんぽぽは飛ばなかったのか。
 この世に生きて、たった一ヶ月で風に飛ばされて、あてのない旅に出るとは、
 苦労な生き方をしているんだねぇ、おまえさんたちも」



 背後から女の声が聞こえてきた。祐介があわててうしろを振り返る。
ジャージ姿の陽子が、そこに立っている。


 「なんだよ。誰かと思えば陽子じゃねぇか。いきなり登場するな。
 居るなら居るで、声をかけてくれたらいいだろう。
 突然すぎてびっくりしたぜ」


 「あたしだってびっくりしたわ。
 知り合いの男がタンポポにむかって、ぶつぶつ独り言を言っているんだもの。
 ついにボケがきたかと、心配したわ」


 「ぼけたわけじゃねぇ。
 久しぶりの散歩で、快活になってきた。
 うかれついでにこれから旅に出るタンポポに、語りかけていただけだ」


 「ふぅ~ん。あんたの好みは白髪の老女か。なるほどね」


 (どうりで私のことなんか、振りむかないはずだ・・・)
ふん、趣味のわるい男だ、と陽子が鼻を鳴らす。
(何か言ったか?)陽子を見上げる祐介のあしもとで、何かがうごめいた。
つぎの瞬間。足首にがぶりと子犬が噛みついてきた。


 「あっ・・・何をするんだ、いきなり・・・こいつはお前の犬か、陽子!」



 「こら!。やめなさい。ゆうすけ。
 この人は危険な人じゃないの。病み上がりの白髪が好きなわたしの同級生です。
 大丈夫だから、その口を離しなさい」


 「ゆうすけ?。こいつの名前は、ゆうすけというのか!」


 「あんたは漢字の祐介。この子はひらがなのゆうすけ。
 別に何の問題もないでしょ」


 「じゃ・・・家で待っている最愛のパートナーというのは、こいつのことか!」


 「そうよ。この子のことよ。
 あんたと違ってこの子は、わたしの言うことなら何でも聞くわ。
 こら。敵じゃないんだから、いいかげんその口を離しなさい、ゆうすけ。
 噛まれている祐介が可哀想じゃないの。うっふっふ」


(7)へつづく

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