オヤジ達の白球(4)膝枕と腐れ縁

祐介が、そろりそろりと後ずさりしていく。
しかし。時間をかけて布団まで戻ったところで、動きをピタリと止める。
そのまま固まってしまった祐介を、陽子が心配そうな顔でのぞき込む。
「どうしたの。
痛みがまた、ひどくなったのかい?」
「そうじゃねぇ。
食べさせてもらう態勢について、いろいろ考えた。
横向きがいいか、あおむけがいいのかいろいろ考えたが、
どれもピンと来ない。イマイチだ」
「ふぅ~ん。どんな態勢ならいいのさ。あなたが満足するためには?」
「・・・君の膝枕」
陽子はきっと拒絶する。
絶対に断って来るだろうと、祐介は最初からあきらめていた。
だが意外な答えが返って来た。
「膝枕ねぇ・・・悪くないわね。いいわ、膝枕くらいなら。
お安い御用です」
陽子がそろりと腰をおろす。
祐介の顔の下へ、ゆっくり足を滑り込ませる。
「ほら。顔を乗せて。ゆっくり動いてよ。
あわてて動くと腰に痛みが走って、また、ひどいことになるからね」
「最高だな、おまえの膝は。
お礼に君へ最大限の感謝をこめてキスなんか、贈りたいな」
「いらないわ。半病人のキスなんか。
でも保留にしておくわ。
あんたが回復して、もっと元気になったとき、もらうかもしれません。
うふっ」
「えっ!・・・」
「真顔にならないで。冗談に決まっているでしょ。
敵に塩を食わせにやって来た女の言うことを、いちいち真に受けないで。
熱いからね。やけどしないで頂戴」
陽子の膝は心地がいい。
すらりと伸びた指が、食べごろのおかゆを祐介の口元へ運んでくる。
悪女のわりに、陽子の料理は旨い。
おかゆはお米から炊くのが基本。
ご飯で炊いたものは「入れがゆ」と言う。白米から炊くものが「炊きがゆ」。
弱火で時間をかけて炊き上げると、米の旨みがそのままおかゆになる。
久しぶりの食事を済ませ、胃袋が満たされた祐介が布団の上で腰を伸ばす。
腰を伸ばすこと自体が、久しぶりだ。
凝り固まっていた腰周辺の筋肉が、ごりごりと音を立てて動いていく。
「大丈夫、祐介?。
いきなりそんな態勢をとって。痛みが再発してもしらないよ」
お茶を飲んでいる陽子が、祐介へ牽制球を投げる。
「大丈夫さ。君のおかげだ。
飯を食ったらがぜん、元気がみなぎってきた。
まる3日間。食うものも食わず、喉が渇くと水だけ呑んで我慢してきた。
食いたいのは山々だが、飯を食うとトイレへ行くのが大変だ。
持つべきものはやはり、君のように優しい、幼馴染みだな」
「惚れた弱みだもの、仕方がないじゃないか。
あんたとわたしは、どこまで行っても交わらない2本のレールみたいなものだ。
あれから30年。世間ではこういうのを、腐れ縁と言うんだろうな」
「腐れ縁?」
「あっ。気にしないでおくれ。いまのは言葉の綾さ。
さらっと聞き流しておくれ。
純情可憐で何も知らなかった、あの頃の初心(うぶ)な私が、懐かしいねぇ。
あの頃のわたしは、いったいどこへ消えちゃたんだろう・・・」
「昔のままとは言わないが、いまでも充分に綺麗だぜ、お前さんは。
50歳になったばかりだ。
それだけの美貌があれば、そのへんに転がっている男のひとりやふたり、
簡単に手玉にとれるだろう」
(5)へつづく
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祐介が、そろりそろりと後ずさりしていく。
しかし。時間をかけて布団まで戻ったところで、動きをピタリと止める。
そのまま固まってしまった祐介を、陽子が心配そうな顔でのぞき込む。
「どうしたの。
痛みがまた、ひどくなったのかい?」
「そうじゃねぇ。
食べさせてもらう態勢について、いろいろ考えた。
横向きがいいか、あおむけがいいのかいろいろ考えたが、
どれもピンと来ない。イマイチだ」
「ふぅ~ん。どんな態勢ならいいのさ。あなたが満足するためには?」
「・・・君の膝枕」
陽子はきっと拒絶する。
絶対に断って来るだろうと、祐介は最初からあきらめていた。
だが意外な答えが返って来た。
「膝枕ねぇ・・・悪くないわね。いいわ、膝枕くらいなら。
お安い御用です」
陽子がそろりと腰をおろす。
祐介の顔の下へ、ゆっくり足を滑り込ませる。
「ほら。顔を乗せて。ゆっくり動いてよ。
あわてて動くと腰に痛みが走って、また、ひどいことになるからね」
「最高だな、おまえの膝は。
お礼に君へ最大限の感謝をこめてキスなんか、贈りたいな」
「いらないわ。半病人のキスなんか。
でも保留にしておくわ。
あんたが回復して、もっと元気になったとき、もらうかもしれません。
うふっ」
「えっ!・・・」
「真顔にならないで。冗談に決まっているでしょ。
敵に塩を食わせにやって来た女の言うことを、いちいち真に受けないで。
熱いからね。やけどしないで頂戴」
陽子の膝は心地がいい。
すらりと伸びた指が、食べごろのおかゆを祐介の口元へ運んでくる。
悪女のわりに、陽子の料理は旨い。
おかゆはお米から炊くのが基本。
ご飯で炊いたものは「入れがゆ」と言う。白米から炊くものが「炊きがゆ」。
弱火で時間をかけて炊き上げると、米の旨みがそのままおかゆになる。
久しぶりの食事を済ませ、胃袋が満たされた祐介が布団の上で腰を伸ばす。
腰を伸ばすこと自体が、久しぶりだ。
凝り固まっていた腰周辺の筋肉が、ごりごりと音を立てて動いていく。
「大丈夫、祐介?。
いきなりそんな態勢をとって。痛みが再発してもしらないよ」
お茶を飲んでいる陽子が、祐介へ牽制球を投げる。
「大丈夫さ。君のおかげだ。
飯を食ったらがぜん、元気がみなぎってきた。
まる3日間。食うものも食わず、喉が渇くと水だけ呑んで我慢してきた。
食いたいのは山々だが、飯を食うとトイレへ行くのが大変だ。
持つべきものはやはり、君のように優しい、幼馴染みだな」
「惚れた弱みだもの、仕方がないじゃないか。
あんたとわたしは、どこまで行っても交わらない2本のレールみたいなものだ。
あれから30年。世間ではこういうのを、腐れ縁と言うんだろうな」
「腐れ縁?」
「あっ。気にしないでおくれ。いまのは言葉の綾さ。
さらっと聞き流しておくれ。
純情可憐で何も知らなかった、あの頃の初心(うぶ)な私が、懐かしいねぇ。
あの頃のわたしは、いったいどこへ消えちゃたんだろう・・・」
「昔のままとは言わないが、いまでも充分に綺麗だぜ、お前さんは。
50歳になったばかりだ。
それだけの美貌があれば、そのへんに転がっている男のひとりやふたり、
簡単に手玉にとれるだろう」
(5)へつづく
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