落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(32)練習試合

2017-11-12 15:26:09 | 現代小説
オヤジ達の白球(32)練習試合




 チーム名が決まった。
常連客たちで結成されたソフトボールのチーム名は、「ドランカーズ」。
ドランカーでは誰が聞いても、あまりにも露骨すぎるだろうという反対の声が出た。

 しかし。
「どこからどう見ても酒を呑むしか能のない俺たちだ。
根っからの飲んべェの集まりだ。いまさら格好をつけてもはじまらねぇだろう。
という寅吉の一声で「それもそうだな」と全員が、しぶしぶ手を挙げた。

 対戦相手も決まった。相手は、地域消防の若者たち。
東京消防局を途中退職してきた寅吉の口利きで、即答で決定した。
寅吉は、東京消防局のレスキュー隊で隊長まで務めた男だ。
ボランティアの地域消防団員たちから見れば、はるか雲の上の存在にあたる。



 「俺の顔をたてろと、有無を言わさず試合を決めてきたという噂だよ」


 陽子がグラスに浮いた氷を指で突きながら、祐介の背中へ語りかける。
時刻は開店前の午後の4時。
散歩帰りの陽子が、ふらりと祐介の店に顔を出した。


 「別に支障はないだろう。
 消防といえばたて組織の社会だ。上司からの命令はとにかく絶対服従だからな」

 「でもさぁ、正気じゃないよねぇ、まったくもって。勝てんのかい。
 相手は20歳前後の、元気盛りの若者たちだ。
 かたや脳にも体にも、障害をおこしかけている50代へ突入しはじめたオジサンたち。
 試合になんかならないだろうさ」


 「誰が脳と身体に障害をおこしているって?。
 ウチのチームは、ただの飲んべェどもの集まりだ」


 「脳へのダメージが積み重なり、高次の脳機能障害を起こすとパンチ・ドランカー。
 料理をしながら酒を飲み、アルコール依存症になると、キッチン・ドリンカー。
 同じことだろう。
 なんてたってチームの名前が、そのものずばりのドランカーズだもの」



 否定はしないが、と祐介が苦笑を浮かべる。


 「で。なんでおまえさんは今頃、このあたりをウロウロしているんだ。
 夜中。人の居ない路地裏を徘徊するのが、おまえさんの趣味じゃなかったのか?」
 
 「不倫カップルと遭遇して、足をくじくのはもうまっぴらだからね。
 そういえばさ、例のあの主婦。
 可哀想に。離婚がちかいだろうと、もっぱらの評判だよ」

 「え・・・離婚するのか、このあいだやって来た、あの美人の奥さんは?」


 「うん。そういう話が静かに進行している。
 離婚の原因はこの間見た、あの小太りの男との不倫かもしれないね」

 「ホントかよ。となると、柊のほうは大丈夫かな・・・」


 「男はたいてい大丈夫さ。
 浮気がばれたって、俺は絶対にしてないと開き直ればいいんだから。
 でもさ。女の場合はそうはいかない。
 ほとんどの場合、そのまま離婚まで発展する」


 「そんなもんなのか、不倫の末路は」


 「男は、自分の浮気は棚へあげるくせに、そのくせ女の浮気は絶対に許さない。
 自分のモノにした瞬間から、独占欲のかたまりになるんだから。
 女はモノじゃないというのに。
 妻に浮気されて離婚しなかった男なんか、見たことがない。
 許せないだろうねきっと。不潔な女は。
 人の女房にまでちょっかいを出す男の方が、よっぽど不潔だというのにさ」


 (たしかに・・・こいつの言うことには一理ある)苦い顔で祐介が納得する。

 「で、いつなんなのさ。その、消防との練習試合は?」



 「なんだ。中身を聞いていないのか。今度の土曜だ。
 時間は6時から。
 場所は土木組合がつくった、ナイター設備の有る専用グランドだ」


 「じゃ体調を万全にして、酔っ払いどもの応援に行くとするか、あたしも」

 「来るのか、お前。
 ソフトボールなんかに興味が有ったのか?」

 「あら。忘れたかい、あたしが文武両道の女だってことを。
 高校の時、県大会で準優勝した投手がいたことを忘れたかい?。
 駄目か。覚えていないか。
 あの頃あんたは、別の女に猛烈に熱をあげていたからね。
 あたしの初恋の相手はとにかく、惚れっぽくて、冷めやすい男だったからねぇ。
 忘れられちまったか、困ったもんだ。うっふっふ」


 (33)へつづく

落合順平 作品館はこちら