オヤジ達の白球(32)練習試合
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/69/87edcb8de9292570db6c85ce30720f60.jpg)
チーム名が決まった。
常連客たちで結成されたソフトボールのチーム名は、「ドランカーズ」。
ドランカーでは誰が聞いても、あまりにも露骨すぎるだろうという反対の声が出た。
しかし。
「どこからどう見ても酒を呑むしか能のない俺たちだ。
根っからの飲んべェの集まりだ。いまさら格好をつけてもはじまらねぇだろう。
という寅吉の一声で「それもそうだな」と全員が、しぶしぶ手を挙げた。
対戦相手も決まった。相手は、地域消防の若者たち。
東京消防局を途中退職してきた寅吉の口利きで、即答で決定した。
寅吉は、東京消防局のレスキュー隊で隊長まで務めた男だ。
ボランティアの地域消防団員たちから見れば、はるか雲の上の存在にあたる。
「俺の顔をたてろと、有無を言わさず試合を決めてきたという噂だよ」
陽子がグラスに浮いた氷を指で突きながら、祐介の背中へ語りかける。
時刻は開店前の午後の4時。
散歩帰りの陽子が、ふらりと祐介の店に顔を出した。
「別に支障はないだろう。
消防といえばたて組織の社会だ。上司からの命令はとにかく絶対服従だからな」
「でもさぁ、正気じゃないよねぇ、まったくもって。勝てんのかい。
相手は20歳前後の、元気盛りの若者たちだ。
かたや脳にも体にも、障害をおこしかけている50代へ突入しはじめたオジサンたち。
試合になんかならないだろうさ」
「誰が脳と身体に障害をおこしているって?。
ウチのチームは、ただの飲んべェどもの集まりだ」
「脳へのダメージが積み重なり、高次の脳機能障害を起こすとパンチ・ドランカー。
料理をしながら酒を飲み、アルコール依存症になると、キッチン・ドリンカー。
同じことだろう。
なんてたってチームの名前が、そのものずばりのドランカーズだもの」
否定はしないが、と祐介が苦笑を浮かべる。
「で。なんでおまえさんは今頃、このあたりをウロウロしているんだ。
夜中。人の居ない路地裏を徘徊するのが、おまえさんの趣味じゃなかったのか?」
「不倫カップルと遭遇して、足をくじくのはもうまっぴらだからね。
そういえばさ、例のあの主婦。
可哀想に。離婚がちかいだろうと、もっぱらの評判だよ」
「え・・・離婚するのか、このあいだやって来た、あの美人の奥さんは?」
「うん。そういう話が静かに進行している。
離婚の原因はこの間見た、あの小太りの男との不倫かもしれないね」
「ホントかよ。となると、柊のほうは大丈夫かな・・・」
「男はたいてい大丈夫さ。
浮気がばれたって、俺は絶対にしてないと開き直ればいいんだから。
でもさ。女の場合はそうはいかない。
ほとんどの場合、そのまま離婚まで発展する」
「そんなもんなのか、不倫の末路は」
「男は、自分の浮気は棚へあげるくせに、そのくせ女の浮気は絶対に許さない。
自分のモノにした瞬間から、独占欲のかたまりになるんだから。
女はモノじゃないというのに。
妻に浮気されて離婚しなかった男なんか、見たことがない。
許せないだろうねきっと。不潔な女は。
人の女房にまでちょっかいを出す男の方が、よっぽど不潔だというのにさ」
(たしかに・・・こいつの言うことには一理ある)苦い顔で祐介が納得する。
「で、いつなんなのさ。その、消防との練習試合は?」
「なんだ。中身を聞いていないのか。今度の土曜だ。
時間は6時から。
場所は土木組合がつくった、ナイター設備の有る専用グランドだ」
「じゃ体調を万全にして、酔っ払いどもの応援に行くとするか、あたしも」
「来るのか、お前。
ソフトボールなんかに興味が有ったのか?」
「あら。忘れたかい、あたしが文武両道の女だってことを。
高校の時、県大会で準優勝した投手がいたことを忘れたかい?。
駄目か。覚えていないか。
あの頃あんたは、別の女に猛烈に熱をあげていたからね。
あたしの初恋の相手はとにかく、惚れっぽくて、冷めやすい男だったからねぇ。
忘れられちまったか、困ったもんだ。うっふっふ」
(33)へつづく
落合順平 作品館はこちら
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チーム名が決まった。
常連客たちで結成されたソフトボールのチーム名は、「ドランカーズ」。
ドランカーでは誰が聞いても、あまりにも露骨すぎるだろうという反対の声が出た。
しかし。
「どこからどう見ても酒を呑むしか能のない俺たちだ。
根っからの飲んべェの集まりだ。いまさら格好をつけてもはじまらねぇだろう。
という寅吉の一声で「それもそうだな」と全員が、しぶしぶ手を挙げた。
対戦相手も決まった。相手は、地域消防の若者たち。
東京消防局を途中退職してきた寅吉の口利きで、即答で決定した。
寅吉は、東京消防局のレスキュー隊で隊長まで務めた男だ。
ボランティアの地域消防団員たちから見れば、はるか雲の上の存在にあたる。
「俺の顔をたてろと、有無を言わさず試合を決めてきたという噂だよ」
陽子がグラスに浮いた氷を指で突きながら、祐介の背中へ語りかける。
時刻は開店前の午後の4時。
散歩帰りの陽子が、ふらりと祐介の店に顔を出した。
「別に支障はないだろう。
消防といえばたて組織の社会だ。上司からの命令はとにかく絶対服従だからな」
「でもさぁ、正気じゃないよねぇ、まったくもって。勝てんのかい。
相手は20歳前後の、元気盛りの若者たちだ。
かたや脳にも体にも、障害をおこしかけている50代へ突入しはじめたオジサンたち。
試合になんかならないだろうさ」
「誰が脳と身体に障害をおこしているって?。
ウチのチームは、ただの飲んべェどもの集まりだ」
「脳へのダメージが積み重なり、高次の脳機能障害を起こすとパンチ・ドランカー。
料理をしながら酒を飲み、アルコール依存症になると、キッチン・ドリンカー。
同じことだろう。
なんてたってチームの名前が、そのものずばりのドランカーズだもの」
否定はしないが、と祐介が苦笑を浮かべる。
「で。なんでおまえさんは今頃、このあたりをウロウロしているんだ。
夜中。人の居ない路地裏を徘徊するのが、おまえさんの趣味じゃなかったのか?」
「不倫カップルと遭遇して、足をくじくのはもうまっぴらだからね。
そういえばさ、例のあの主婦。
可哀想に。離婚がちかいだろうと、もっぱらの評判だよ」
「え・・・離婚するのか、このあいだやって来た、あの美人の奥さんは?」
「うん。そういう話が静かに進行している。
離婚の原因はこの間見た、あの小太りの男との不倫かもしれないね」
「ホントかよ。となると、柊のほうは大丈夫かな・・・」
「男はたいてい大丈夫さ。
浮気がばれたって、俺は絶対にしてないと開き直ればいいんだから。
でもさ。女の場合はそうはいかない。
ほとんどの場合、そのまま離婚まで発展する」
「そんなもんなのか、不倫の末路は」
「男は、自分の浮気は棚へあげるくせに、そのくせ女の浮気は絶対に許さない。
自分のモノにした瞬間から、独占欲のかたまりになるんだから。
女はモノじゃないというのに。
妻に浮気されて離婚しなかった男なんか、見たことがない。
許せないだろうねきっと。不潔な女は。
人の女房にまでちょっかいを出す男の方が、よっぽど不潔だというのにさ」
(たしかに・・・こいつの言うことには一理ある)苦い顔で祐介が納得する。
「で、いつなんなのさ。その、消防との練習試合は?」
「なんだ。中身を聞いていないのか。今度の土曜だ。
時間は6時から。
場所は土木組合がつくった、ナイター設備の有る専用グランドだ」
「じゃ体調を万全にして、酔っ払いどもの応援に行くとするか、あたしも」
「来るのか、お前。
ソフトボールなんかに興味が有ったのか?」
「あら。忘れたかい、あたしが文武両道の女だってことを。
高校の時、県大会で準優勝した投手がいたことを忘れたかい?。
駄目か。覚えていないか。
あの頃あんたは、別の女に猛烈に熱をあげていたからね。
あたしの初恋の相手はとにかく、惚れっぽくて、冷めやすい男だったからねぇ。
忘れられちまったか、困ったもんだ。うっふっふ」
(33)へつづく
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