オヤジ達の白球(37)不正投球
ドスンと音を立てて寅吉のミットへ、坂上の3球目が収まった。
「ストライク~、スリ~。バッタ~、アウト!」
甲高いコールが球場内へ鳴り響く。
(3球でワンアウトをとったぜ。ラッキーだ。なんとも順調すぎる滑り出しだな)
寅吉が手にしたボールを投げ返そうとする。
その瞬間。「貸して」と背後から千佳の手が伸びてきた。
ボールを受け取った千佳が、スタスタとマウンドへ向かって歩いていく。
「はい。ボール。確認したいことが有るの。
投げなくてもいいの。
このボールを持って、投球動作を開始してくれる」
促された坂上が、投球動作を開始する。
まず軸足(右足)を投球プレートの上に置く。
踏み込むための自由足(左足)を、大きく後方へ引いていく。
ホームベースに向かって半身に構えたまま、体の前でボールをセットする。
その態勢を維持したまま捕手のサインを覗き込む。
サインの交換を終えた坂上が投げ出すため、腕をぐるりと上へあげていく。
「やっぱりだわ。駄目ですね、投球前のその動きでは。
残念ながらあなたは、ソフトボールの投球前のルールをぜんぶ無視しています」
「その通りじゃ。
おまえさんの準備動作のすべてが、不正投球に該当する。
1番バッターが一度もバットを振らなかったのは、おまえさんの違反投球に
きづいたためじゃ」
1塁で塁審を務めていた審判部長が、坂上の背後へ足を運んでくる。
「俺の投げ方に、何か問題でもあるというのですか?」
「うむ。大ありじゃ。それもひとつやふたつではない。
だから球審をつとめている千佳とわしが、こうしてわざわざマウンドまで
出向いてきたのじゃ」
「投球前のルールはいろいろあります。
おおまかですが、初心者が最初に覚えなければならないルールは、3つあります。
でもあなたはその3つを、すべて無視しています」
「投球前のルールが3つもある?。
そんなに有るのか、投げる前の取り決めが・・・」
「ソフトボールの投げかたには、ちゃんとしたルールがある。
まずひとつめ。
投球前にプレートを踏むときは必ず、両手を離しておかねばならん」
「えっ、
両手をグローブの中へ入れてボールを握っている状態では駄目なのですか!」
「駄目じゃ。
ふたつめ。捕手のサインを見るときも、プレート上で両手を離した状態で見る。
みっつめはもっとも大事なことだ。
両足でプレートを踏んだまま、投球動作へ入る事。
プレートから足を離してはいかん。
両足をプレートに触れた状態で投球動作を開始する。それが投球前のルールじゃ」
「えっ・・・
野球のように片足だけプレート上へ置き、もう片方をうしろへ引いたのでは
駄目なのですか?」
「足をひらくのはかまわん。
しかし。どちらの足もかならずプレートに触れていなければいかん。
開く場合でも軸足になる右足のかかとと、自由足の左足のつま先をプレート上に
かならず置いておくこと。それがルールじゃ」
「片足だけじゃダメなのか。知らなかったなぁ・・・
はい、よくわかりました」
坂上が蚊の鳴くような声でこたえる。
「投げ始めたばかりでは無理ないがもう少し、ルールの勉強もする必要がある」
審判部長が坂上の肩へ手を置く。
「悪く思うでないぞ。わしらはけして嫌味で言っておるわけでは無い。
なにごともお前さんの今後のためじゃ。
最初が肝心じゃからのう。
ルールを無視したいまの投げ方のままではいかんぞ。
のちのちに試合をするたび、お前さんが赤っ恥をかくことになる」
(38)へつづく
落合順平 作品館はこちら
ドスンと音を立てて寅吉のミットへ、坂上の3球目が収まった。
「ストライク~、スリ~。バッタ~、アウト!」
甲高いコールが球場内へ鳴り響く。
(3球でワンアウトをとったぜ。ラッキーだ。なんとも順調すぎる滑り出しだな)
寅吉が手にしたボールを投げ返そうとする。
その瞬間。「貸して」と背後から千佳の手が伸びてきた。
ボールを受け取った千佳が、スタスタとマウンドへ向かって歩いていく。
「はい。ボール。確認したいことが有るの。
投げなくてもいいの。
このボールを持って、投球動作を開始してくれる」
促された坂上が、投球動作を開始する。
まず軸足(右足)を投球プレートの上に置く。
踏み込むための自由足(左足)を、大きく後方へ引いていく。
ホームベースに向かって半身に構えたまま、体の前でボールをセットする。
その態勢を維持したまま捕手のサインを覗き込む。
サインの交換を終えた坂上が投げ出すため、腕をぐるりと上へあげていく。
「やっぱりだわ。駄目ですね、投球前のその動きでは。
残念ながらあなたは、ソフトボールの投球前のルールをぜんぶ無視しています」
「その通りじゃ。
おまえさんの準備動作のすべてが、不正投球に該当する。
1番バッターが一度もバットを振らなかったのは、おまえさんの違反投球に
きづいたためじゃ」
1塁で塁審を務めていた審判部長が、坂上の背後へ足を運んでくる。
「俺の投げ方に、何か問題でもあるというのですか?」
「うむ。大ありじゃ。それもひとつやふたつではない。
だから球審をつとめている千佳とわしが、こうしてわざわざマウンドまで
出向いてきたのじゃ」
「投球前のルールはいろいろあります。
おおまかですが、初心者が最初に覚えなければならないルールは、3つあります。
でもあなたはその3つを、すべて無視しています」
「投球前のルールが3つもある?。
そんなに有るのか、投げる前の取り決めが・・・」
「ソフトボールの投げかたには、ちゃんとしたルールがある。
まずひとつめ。
投球前にプレートを踏むときは必ず、両手を離しておかねばならん」
「えっ、
両手をグローブの中へ入れてボールを握っている状態では駄目なのですか!」
「駄目じゃ。
ふたつめ。捕手のサインを見るときも、プレート上で両手を離した状態で見る。
みっつめはもっとも大事なことだ。
両足でプレートを踏んだまま、投球動作へ入る事。
プレートから足を離してはいかん。
両足をプレートに触れた状態で投球動作を開始する。それが投球前のルールじゃ」
「えっ・・・
野球のように片足だけプレート上へ置き、もう片方をうしろへ引いたのでは
駄目なのですか?」
「足をひらくのはかまわん。
しかし。どちらの足もかならずプレートに触れていなければいかん。
開く場合でも軸足になる右足のかかとと、自由足の左足のつま先をプレート上に
かならず置いておくこと。それがルールじゃ」
「片足だけじゃダメなのか。知らなかったなぁ・・・
はい、よくわかりました」
坂上が蚊の鳴くような声でこたえる。
「投げ始めたばかりでは無理ないがもう少し、ルールの勉強もする必要がある」
審判部長が坂上の肩へ手を置く。
「悪く思うでないぞ。わしらはけして嫌味で言っておるわけでは無い。
なにごともお前さんの今後のためじゃ。
最初が肝心じゃからのう。
ルールを無視したいまの投げ方のままではいかんぞ。
のちのちに試合をするたび、お前さんが赤っ恥をかくことになる」
(38)へつづく
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