オヤジ達の白球(38)混乱
「がんばれよ」と坂上の肩を叩いて、審判部長が1塁の後方へ戻っていく。
「投げるとき、2秒以上、完全に停止することも忘れないでください」
そう言い残し、千佳も捕手のうしろへ戻っていく。
(ええと・・・何だったけか。
2人からとにかく、一気にいろいろ言われたからなぁ・・・)
坂上がピッチャーサークルの真ん中で、頭をフル回転させている。
審判部長と主審の千佳の言葉のひとつひとつを、しどろもどろで思いだす。
(最初は両手を離して、構えること。
両足も投球プレートの上へ、ちゃんと置いておく。
捕手のサインを見るときも、両手を離しておくこと・・・
投球動作へ入るときは、2秒以上、かんぜんに停止すること・・・
あと何だったっけ・・・まだ何か言われたような気がするんだけどなぁ・・・)
「プレ~ィ!」
千佳の澄んだ声が球場内を響き渡る。
2番打者がペコリと寅吉に頭を下げて、バッタボックスへ入って来る。
じりっと構えた足が寅吉の目の前でぐりぐりと、固い地面を踏みしめる。
(おっやる気だな・・・打つ気満々で打席へ入ったぜ、こいつ)
寅吉の鋭い目が、2番打者をチラリと見上げる。
2度、3度と素振りを繰り返すバットから、風を切る小気味良い音が響いてくる。
(芯を喰ったらスタンドまで飛んでいくな。良いスイングだ。油断は禁物だ)
用心深く料理しょうぜと寅吉が、低く構える。
(高目じゃ持っていかれる。まずは低めでこいつの狙いを確認しょう)
寅吉の意図は、坂上に伝わった。
(了解した)坂上が、帽子のつばへ指先を伸ばす。
体の前で、ボールをセットする。
(停止は2秒。長くても5秒。完全に停止してから投球へ入るんだったな)
坂上がぎゅっとボールを握りしめる。
すこしだけ間をおいて、投球のための動作を開始する。
いつものように大きく胸を張る。
左足を思い切り捕手に向かって踏み込む。
同時にボールを握った坂上の右腕が、風車のように弧をえがきはじめる。
はずだった。
だがどうしたことか腕も足も、金縛りのまま、まったく動こうとしない。
(あれれ・・・なんてこった・・・いきなりの金縛りだ。
手も足も、動き出すためのタイミングをかんぜんに見失っているぞ・・・
どうしちまったんだ、いったい、俺の手と足は?)
坂上の身体は投げ始めるためのきっかけを、まったくもって見失っている。
もじもじと情けなく全身をよじる。
(まいったなぁ、往生するぜ、この後におよんで・・・)
もじもじとしたまま、20秒、30秒と時間だけが経っていく。
「タイム~!。どうしました、投手さん?。
早く投げてくれないと、20秒ルールでペナルティになってしまいます!」
千佳の凛とした声が坂本の耳へ響く。
(えっ・・・20秒以内で投げろと言うルールまであるのか・・・知らなかったぜ!)
坂上のうろたえが、絶頂へ達する。
ドランカーズのベンチにも同様のうろたえが走る。
「いったいどうしたってのさ、坂上くんは。
さっきまで元気はどうしたの。
なんで身動きしないで、マウンド上で固まっているの?。
信じられない、何してんのさ、あの単細胞は。
こらぁ、坂上!
もじもじしていないで、打者に向かってさっさと投げろ!」
陽子の黄色い声が、夕闇がおりてきた球場内をひびきわたる。
(39)へつづく
落合順平 作品館はこちら
「がんばれよ」と坂上の肩を叩いて、審判部長が1塁の後方へ戻っていく。
「投げるとき、2秒以上、完全に停止することも忘れないでください」
そう言い残し、千佳も捕手のうしろへ戻っていく。
(ええと・・・何だったけか。
2人からとにかく、一気にいろいろ言われたからなぁ・・・)
坂上がピッチャーサークルの真ん中で、頭をフル回転させている。
審判部長と主審の千佳の言葉のひとつひとつを、しどろもどろで思いだす。
(最初は両手を離して、構えること。
両足も投球プレートの上へ、ちゃんと置いておく。
捕手のサインを見るときも、両手を離しておくこと・・・
投球動作へ入るときは、2秒以上、かんぜんに停止すること・・・
あと何だったっけ・・・まだ何か言われたような気がするんだけどなぁ・・・)
「プレ~ィ!」
千佳の澄んだ声が球場内を響き渡る。
2番打者がペコリと寅吉に頭を下げて、バッタボックスへ入って来る。
じりっと構えた足が寅吉の目の前でぐりぐりと、固い地面を踏みしめる。
(おっやる気だな・・・打つ気満々で打席へ入ったぜ、こいつ)
寅吉の鋭い目が、2番打者をチラリと見上げる。
2度、3度と素振りを繰り返すバットから、風を切る小気味良い音が響いてくる。
(芯を喰ったらスタンドまで飛んでいくな。良いスイングだ。油断は禁物だ)
用心深く料理しょうぜと寅吉が、低く構える。
(高目じゃ持っていかれる。まずは低めでこいつの狙いを確認しょう)
寅吉の意図は、坂上に伝わった。
(了解した)坂上が、帽子のつばへ指先を伸ばす。
体の前で、ボールをセットする。
(停止は2秒。長くても5秒。完全に停止してから投球へ入るんだったな)
坂上がぎゅっとボールを握りしめる。
すこしだけ間をおいて、投球のための動作を開始する。
いつものように大きく胸を張る。
左足を思い切り捕手に向かって踏み込む。
同時にボールを握った坂上の右腕が、風車のように弧をえがきはじめる。
はずだった。
だがどうしたことか腕も足も、金縛りのまま、まったく動こうとしない。
(あれれ・・・なんてこった・・・いきなりの金縛りだ。
手も足も、動き出すためのタイミングをかんぜんに見失っているぞ・・・
どうしちまったんだ、いったい、俺の手と足は?)
坂上の身体は投げ始めるためのきっかけを、まったくもって見失っている。
もじもじと情けなく全身をよじる。
(まいったなぁ、往生するぜ、この後におよんで・・・)
もじもじとしたまま、20秒、30秒と時間だけが経っていく。
「タイム~!。どうしました、投手さん?。
早く投げてくれないと、20秒ルールでペナルティになってしまいます!」
千佳の凛とした声が坂本の耳へ響く。
(えっ・・・20秒以内で投げろと言うルールまであるのか・・・知らなかったぜ!)
坂上のうろたえが、絶頂へ達する。
ドランカーズのベンチにも同様のうろたえが走る。
「いったいどうしたってのさ、坂上くんは。
さっきまで元気はどうしたの。
なんで身動きしないで、マウンド上で固まっているの?。
信じられない、何してんのさ、あの単細胞は。
こらぁ、坂上!
もじもじしていないで、打者に向かってさっさと投げろ!」
陽子の黄色い声が、夕闇がおりてきた球場内をひびきわたる。
(39)へつづく
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