落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(35)初登板

2017-11-21 16:46:50 | 現代小説
オヤジ達の白球(35)初登板


 
 「おう、悪かったな。遅くなって」

 練習開始の5分前。あせびっしょりの坂上が、息を切らしてやってきた。
いままで投げていたのだろう。
おおつぶの汗が何本も筋をひいて、額から流れ落ちている。

 「投球練習はいい。いままでたっぷり投げ込んで来たからな。
 冷たい水をいっぱいくれ。のどがもうカラカラだ」

 「お前、午後の1時に家を出たんだろう。壁に向かっていままで投げてきたのか!。
 無茶するにも限度ってものがあるだろう。
 いったい何球、投げてきたんだ?」

 「かれこれ350から400球くらいかな・・・。
 心配するな。たっぷり投げてきたから、手ごたえはばっちりだ。
 三振を山のように取ってやるから期待してくれ」

 (いきなり400球も投げ込んでくるとは、なんとも無謀なやつだ)

 やっぱりこいつは大馬鹿者だ・・・呆れたもんだぜ、と北海の熊が鼻で笑う。
予想外に俺の出番が早く来そうだな。
いつでも投げられるよう早めに肩をつくっておく必要がある、と岡崎へつぶやく。

 (同感だ。頼んだぜ熊。ボトル5本分、きっちり仕事してくれよ)

 岡崎も片目をつぶる。
試合前におこなわれるシートノックの時間は、5分。
お互いのシートノックの瞬間から、すでに試合がはじまっているといってもよい。
互いの守備の実力が披露されているからだ。

 消防の先攻めで試合がはじまる。
ドランカーズの選手たちが、それぞれの守備位置へ散っていく。
最後まで候補がいなかった捕手は、寅吉がつとめることになった。
   
 内野や外野手を希望する選手はたくさんいる。
しかし。出来たばかりのドランカーズに捕手を経験した者はひとりもいない。
捕手は守備のかなめ。
そのうち、どこかから経験者を探して来ようという話になった。
とりあえずチーム内でいちばん体力のある寅吉が、捕手の面をかぶることになった。

 球審をつとめるのはなぞの美女。
おたがいのチームがホームベースをはさんで整列する中。
はじめて「球審をつとめる前原千佳です」とフルネームを名乗った。
1塁には最長老の審判部長。
2塁におなじく副部長。3塁に事務局長という豪華な審判団が定位置についた。

 Aクラスに籍を置く消防チームの選手たちも、この顔ぶれに面食らっている。
町の大会でもここまでの審判はそろわない。
先輩の寅吉さんはいったいどんな手を使ったのだろうと、消防のベンチが賑やかになる。

 そんな空気の中。先発の坂上が試合前の投球練習に入る。
ソフトボールの投球練習は初回のみ5球。あとは各イニングに3球づつ。
(いったいどんな球を投げるんだ、初登板の坂上のやつは・・・)
ドランカーズのベンチに軽い緊張がはしる。

 祐介も坂上の投球を見るのは今日が初めてだ。
岡崎から「びっくりするなよ。けっこう、それなりに速い球を投げるから」
と、ことあるごとに聞かされている。
キャッチャーに向かって坂上が上半身を前傾する。1球目の投球動作へ入る。
軸足(右足)を投球プレートの上へ乗せる。同時に、踏み込む足(左足)を後方へおおきく引く。
ぐるりと腕がまわされる。
坂上の手元を離れた白球がうなりをたてて寅吉のミットへ吸い込まれる。

 (ほうっ・・・)

 祐介の口からの驚きの声がもれる。
守備陣からも「意外といけるんじゃねぇか」のささやきが起こる。
消防のベンチから、「おっ、いい球を投げるじゃねぇか」と感嘆の声がわきあがる。
2球目、3球目も同じように小気味の良い音をたて、速い球が寅吉のミットへおさまる。
 
 「それでは消防さんの先攻でゲームをはじめます。プレ~イボ~ル」

 千佳の黄色い声が、グランドへ響き渡る。
マウンド上の坂上が、上半身をゆっくりと前方へかたむける。
本番の投球動作へはいる。
(おっ、いよいよ試合がはじまるぜ・・・坂上の、記念すべき第1球目だ)
祐介がぐっとベンチから身体を乗り出す。



 (36)へつづく

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