上州の「寅」(15)
それから一ヶ月。
寅のあたらしい年は可もなく不可もなく時間と日にちだけが過ぎた。
2月。明日が節分という夜。
年末年始に稼いだアルバイト代が、ついにきれいになくなった。
何に使ったか記憶にない。
気が付いたらいつものように、すっからかんになっていた。
「大将。いつもの!」
「なんでぇ寅ちゃん。成金生活はもう終わりか。
計画的に使わないからそういうことになる。
早すぎないか。散財するのが」
「うるせぇ。江戸っ子は、宵越しの金なんざ持たねぇ」
「江戸じゃねぇだろう。上州生まれだろ寅ちゃんは。
ここは江戸だが、武蔵野といったほうが世間にわかりやすい」
「いいから早くつくってくれ。腹が減って死にそうだ」
いつものラーメン屋でのやりとり。
仕送りが振り込まれるまで、まだ一週間ある。
それまでの間は倹約という名の、ぎりぎり食生活をおくることになる。
(まいったなぁ・・・と言っても、いつものことか)
あきらめてまた毎日大将の顔を見るかと、ため息をつく。
その時だ。めったに鳴らない携帯へ着信が来た。
見覚えのない番号だ。
(記憶にない。間違いかもしれん。放っておこう)
10回ほど鳴って着信が切れた。
(ほら・・・やっぱり間違い電話だ)
と思っていたら、また携帯が鳴りはじめた。
さきほどとおなじ番号だ。
「はい」
「おい。こら。一度で出んか。用があるから電話してんだ」
「は?はぁ。ど、どちらさんですか?」
「住友総合商社の大前田だ」
「あ・・・その節はお世話になりました」
「いまから羽田へ来い」
「羽田?・・・羽田のどこですか?」
「羽田と言えば空港に決まっているだろう」
「羽田空港へ?。いったい何のため?」
「旅に出てもらう」
「旅に出る?。ぼくがですか?」
「そうさ。おまえだ。他に誰が居る」
「突然すぎて、ぼくにはいったい何が何だか・・・」
「よく聞け。
おまえには不純異性交遊の嫌疑がかかっている」
(16)へつづく
それから一ヶ月。
寅のあたらしい年は可もなく不可もなく時間と日にちだけが過ぎた。
2月。明日が節分という夜。
年末年始に稼いだアルバイト代が、ついにきれいになくなった。
何に使ったか記憶にない。
気が付いたらいつものように、すっからかんになっていた。
「大将。いつもの!」
「なんでぇ寅ちゃん。成金生活はもう終わりか。
計画的に使わないからそういうことになる。
早すぎないか。散財するのが」
「うるせぇ。江戸っ子は、宵越しの金なんざ持たねぇ」
「江戸じゃねぇだろう。上州生まれだろ寅ちゃんは。
ここは江戸だが、武蔵野といったほうが世間にわかりやすい」
「いいから早くつくってくれ。腹が減って死にそうだ」
いつものラーメン屋でのやりとり。
仕送りが振り込まれるまで、まだ一週間ある。
それまでの間は倹約という名の、ぎりぎり食生活をおくることになる。
(まいったなぁ・・・と言っても、いつものことか)
あきらめてまた毎日大将の顔を見るかと、ため息をつく。
その時だ。めったに鳴らない携帯へ着信が来た。
見覚えのない番号だ。
(記憶にない。間違いかもしれん。放っておこう)
10回ほど鳴って着信が切れた。
(ほら・・・やっぱり間違い電話だ)
と思っていたら、また携帯が鳴りはじめた。
さきほどとおなじ番号だ。
「はい」
「おい。こら。一度で出んか。用があるから電話してんだ」
「は?はぁ。ど、どちらさんですか?」
「住友総合商社の大前田だ」
「あ・・・その節はお世話になりました」
「いまから羽田へ来い」
「羽田?・・・羽田のどこですか?」
「羽田と言えば空港に決まっているだろう」
「羽田空港へ?。いったい何のため?」
「旅に出てもらう」
「旅に出る?。ぼくがですか?」
「そうさ。おまえだ。他に誰が居る」
「突然すぎて、ぼくにはいったい何が何だか・・・」
「よく聞け。
おまえには不純異性交遊の嫌疑がかかっている」
(16)へつづく