落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(19)空港ひとりぽち

2020-08-15 15:56:25 | 現代小説
上州の「寅」(19)


羽田から1時間50分。搭乗中に日は暮れた。
空港のそとはすでに夜。


 「鹿児島空港へ着いたらすぐ電話しろ」
大前田氏に指示されたとおり、ロビーへ降りた寅が携帯を取り出す。
番号に覚えはない。
電話をかける。数回呼び出すが相手は出ない。


 「電話番号は合っているはずだが・・・出ないなぁ」


 やがて「おかけになった電話をお呼びしましたが、お出になりません」
のアナウンスが流れてきた。


 「はぁ?。どういうことだ。いったい・・・」


 寅が途方に暮れる。


「どうするんだ。こんな場所で一人ぽっちだぞ」
当てはない。相手が電話に出ない限り、この先一歩もすすめない。  
まぁいい。すぐ返信があるだろうと空港前のベンチへ座り込む。


 空港は鹿児島市の北東28キロの高台にある。
東に霧島連峰がそびえ、南に桜島を眺望できる絶好のロケーションだが、
日が落ちてしまうと何も見えない。
ホテルだけが暗闇の中に浮かびあがる。


 (空港前におおきなホテルが有るということは、街が遠いという意味だ)


 時が無情に過ぎ去っていく。
待てど暮らせど、電話はかかってこない。
待つこと2時間。時刻は9時30分。国内線ロビーの閉館時間が迫って来た。


 (9時40分でクローズか。町のパチンコ屋より早い閉店だな)


 ロビーからついに人影が消えた。
のこっているのはベンチに座り込んでいる寅、ただひとり。
遠くから警備員が胡散臭そうな目で寅を見つめている。
(そこに座るな。はやく立ち去れ、ということか?)


 仕方ねぇ。15㎏のプロテインがはいったバッグと、3日分の着替えが入った
リュックを背負い、寅が国内線ロビーの外へ出る。
外は右も左も漆黒の闇。


 あれから何度も電話をかけたが「おかけになったお電話は・・・」
の聞きなれたフレーズを繰り返すばかり。
(まいったね。知らない街で迷子同然だ)
前方へ目をやる。はるか遠くに街の灯が見える。
あれが鹿児島の市街だろうか・・・


 そういえばと、寅がポケットを探る。
大前田氏からあずかった当座の軍資金がある。
余裕があるなら目の前にそびえている大きなホテルへ泊まってもいい。
期待をこめて茶封筒をあけてみる。
紙切れが1枚入っている。


 (なんだ、これ・・・)外灯に文字をかざしてみる。
額面10万円の約束手形だ。


 「現金じゃなくて、額面10万円の約束手形!。
 しかも期日は3ヶ月後だ。ひえ~、いったいぜんたいどうなってるんだぁ!)


 寅の財布には千円札が3枚。小銭が少々。
これではタクシーに乗り、麓にひろがる街まで行くことは出来ない。
行けたとしても泊る金がない。


 (万策尽きたぞ。まいったな。いよいよ進退きわまってきた・・・)


(20)へつづく