上州の「寅」(23)
「なんだぁ・・・ここは!」
翌朝。表へ出た寅が目を丸くする。
目の前に、大量の枯れたアジサイの木がひろがっている。
ところどころ桜や椿、木蓮の木が立っている。
しかしどう見ても、手入れが放棄されたままの巨大な日本庭園。
女たちが住んでいるのは藁ぶきの古民家。
農家ではない。商いをしていたような雰囲気が漂っている。
「起きたかい。ご飯だよ」
古民家からチャコが呼ぶ。
「なんだ。此処は?」
「説明はあと。ご飯にしょう。食べたらすぐ仕事だ」
「なんの仕事?」
「ついてくればわかる。さぁ食べよう」
「はい」と白米の茶碗が目の目に出る。
「ありがとう」と受け取り、ぱくりと炊きたてを口の中へほうりこむ。
旨い。いままで口にしてきたコメとあきらかに味が違う。
「なんだ・・・これ」
「はじめチョロチョロ、中パッパ。
ここにはかまどが有る。慣れれば誰でも美味しいご飯が炊ける」
「かまど?」
「昔はかまどで炊くのがあたりまえだった。
チョロチョロの弱火は釜全体をゆっくり温め、お米の甘みと旨みをひきだす。
中パッパでいっきに火力を強める。
強火で沸騰することでお米に熱がいきわたる。
ひとつぶひとつぶ、ふっくらした食感にしあがる」
「なるほど・・・」
「まだある。ぶつぶつ言うころ火をひいて。
火を弱めて沸騰を維持する。
そうするとお米が釜の中の水分を吸収して、甘みともちもち感をさらに増す。
つづいて一握りのわら燃やし。
もういちど強火にすることで釜内の水分を飛ばす。
そうするとハリを残しつつ、大きな米粒にしあがる。
最後は赤子泣いてもふたとるな。
これは知ってるでしょ。
お米に旨みをとじこめるための蒸らし。
かまどで手間かけて炊き上げると、びっくりするほど美味しいお米ができあがる」
「君が炊いたの?」
「わたしが覚えてユキに教えた」
「ユキちゃんが炊いたのか。こんなおいしいご飯を!」
「感心している場合じゃないよ。
かまど炊きは明日からあなたの仕事だからね」
「え・・・俺が飯を炊くのか!」
「あたりまえです。働かざる者食うべからず。
おいしいご飯を食べたかったら、ユキからしっかり教えてもらうんだね。
ここへきて最初に覚える仕事、それがかまど炊きさ。
頼んだよ。明日の朝からは5時におきてご飯をたいてくださいね」
「あちゃぁ・・・」
(24)へつづく