上州の「寅」(24)
「なんだ?。この景色は・・・」
古民家を出た寅が目の前にひろがる景色を指さす。
荒れ果てた日本庭園が、寅の目の前に横たわっている。
荒れようが酷い。手入れが放棄されていったい何年たつだろう。
「男の夢の跡だよ」
「男の夢の跡?。・・・どういう意味だ?」
「見た通りさ。広いだろ。ぜんぶどこも荒れ果てているけどね」
「どのくらい有る。ここは」
「4万坪」
「よ・・・四万坪だって!」
まわりを囲むのはすべて深い山。
その中にここだけぽっかり、異空間のように広大な日本庭園がひろがっている。
敷地はぜんぶで4万坪あるという。
「どんな男が作ったんだ?」
「孤高の画家。いや、陶工だったかな・・・。
20年前のことだ。
その男は50万円で、このあたりの山を買い取った。
蕎麦屋をつくるためにね」
「こんな山奥に蕎麦屋?。
わからなくもないが、それにしても広すぎるだろうこの面積は。
何を考えていたんだ。その男は」
「うどん、ラーメン、ちゃんぽんなら街中でもいい。
でも蕎麦には景観が必要。
そう思い場所をさがしていた男がここを見つけた。
ここには川が有りホタルが飛んでいた。奥には滝もある。
ここなら特別な場所がつくれる。
そう考えてここに、広大な庭を持つ蕎麦屋をつくることを決意したそうだ」
「まわりはうっそうとした山だ。どう見たってジャングルだぜ。
よくこんなところへ蕎麦屋を作ろうなんて考えたな」
「絵をかくひとや、茶碗をつくるひとたちの頭は特別だ。
山奥へいきなり蕎麦屋をつくっても誰も来ない。
人を呼ぶため山の中へ、見たこともない広大な日本庭園をつくる。
そう考えてたったひとりで20年間、ジャングルをせっせと開墾したそうだ。
たったひとりでね」
「たったひとりで開墾した・・・まるで令和の青の洞門だな。
20年前か。そうすると平成の青の洞門だ。
おそれいったね。
で?、どうなったんだ。ここは、その後?」
「見た通りさ。
北陸から古民家を移築した。
これから蕎麦屋ができるという矢先、長年の無理がたたり、
男はぽっくり病死した。
ということでここに、男の遺構だけが残された」
「4万坪の日本庭園がある山奥の蕎麦屋か・・・
とんでもないことを思いつく男が居たもんだ。
で、おれたちはいったいなぜ、こんなところに居る?。
目的はなんだ。
なんのために此処に居る?。
まさか蕎麦屋の夢を受け継ぐためじゃないだろうな」
(25)へつづく