落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(24)夢の跡 

2020-08-28 16:46:35 | 現代小説
上州の「寅」(24) 

 
 「なんだ?。この景色は・・・」


 古民家を出た寅が目の前にひろがる景色を指さす。
荒れ果てた日本庭園が、寅の目の前に横たわっている。
荒れようが酷い。手入れが放棄されていったい何年たつだろう。


 「男の夢の跡だよ」


 「男の夢の跡?。・・・どういう意味だ?」


 「見た通りさ。広いだろ。ぜんぶどこも荒れ果てているけどね」


 「どのくらい有る。ここは」


 「4万坪」


 「よ・・・四万坪だって!」


 まわりを囲むのはすべて深い山。
その中にここだけぽっかり、異空間のように広大な日本庭園がひろがっている。
敷地はぜんぶで4万坪あるという。


 「どんな男が作ったんだ?」


 「孤高の画家。いや、陶工だったかな・・・。
 20年前のことだ。
 その男は50万円で、このあたりの山を買い取った。
 蕎麦屋をつくるためにね」
 
 「こんな山奥に蕎麦屋?。
 わからなくもないが、それにしても広すぎるだろうこの面積は。
 何を考えていたんだ。その男は」


 「うどん、ラーメン、ちゃんぽんなら街中でもいい。
 でも蕎麦には景観が必要。
 そう思い場所をさがしていた男がここを見つけた。
 ここには川が有りホタルが飛んでいた。奥には滝もある。
 ここなら特別な場所がつくれる。
 そう考えてここに、広大な庭を持つ蕎麦屋をつくることを決意したそうだ」


 「まわりはうっそうとした山だ。どう見たってジャングルだぜ。
 よくこんなところへ蕎麦屋を作ろうなんて考えたな」


 「絵をかくひとや、茶碗をつくるひとたちの頭は特別だ。
 山奥へいきなり蕎麦屋をつくっても誰も来ない。
 人を呼ぶため山の中へ、見たこともない広大な日本庭園をつくる。
 そう考えてたったひとりで20年間、ジャングルをせっせと開墾したそうだ。
 たったひとりでね」


 「たったひとりで開墾した・・・まるで令和の青の洞門だな。
 20年前か。そうすると平成の青の洞門だ。
 おそれいったね。
 で?、どうなったんだ。ここは、その後?」


 「見た通りさ。
 北陸から古民家を移築した。
 これから蕎麦屋ができるという矢先、長年の無理がたたり、
 男はぽっくり病死した。
 ということでここに、男の遺構だけが残された」


 「4万坪の日本庭園がある山奥の蕎麦屋か・・・
 とんでもないことを思いつく男が居たもんだ。
 で、おれたちはいったいなぜ、こんなところに居る?。
 目的はなんだ。
 なんのために此処に居る?。
 まさか蕎麦屋の夢を受け継ぐためじゃないだろうな」






(25)へつづく