忠治が愛した4人の女 (91)
第六章 天保の大飢饉 ⑧
天保6年(一八三五)6月。
子分を引き連れて世良田村へ出かけて行った文蔵が、騒ぎをおこした。
騒動をおこしに行ったわけでは無い。去年につづき、祇園祭の賭場をひらくためだ。
忠治にしてみれば、予想外といえる展開だ。
昨年の祇園祭り以来。弥七をとりこむため、忠治は積極的に動いた。
おりんを貸し出すことも有った。
祭りの前。前回と同じく、10両の袖の下を用意した。
挨拶もかねて自ら出向いて行った。袖の下を弥七に渡した。
そうした経過もあるだけに、忠治は「万事うまくいくだろう」と安心しきっていた。
そんな経緯もあり、今年のことはすべて文蔵にまかせていた。
文蔵は民五郎と2人の三下を連れ、意気揚々と、世良田村へ乗り込んだ。
去年と同じ場所に、賭場を出すつもりで出かけて行った。
しかし。そこにはすでに伊三郎の代貸・前島の修二の賭場が出来上がっていた。
すかさず文蔵が文句をつけた。しかし、盆割りは毎年変わるものだと笑われた。
通りかかった弥七の子分を、文蔵がつかまえる。
「おい。今年の国定一家の賭場はどこでぇ!」
案内されたのは境内のはずれ。
見るからに淋しい場所だ。とても人が集まって来るような場所ではない。
「おい、おめえ。国定一家をおちょくってんのか?。なんでぇいってえ、この場所は。
こんな外れた場所に人が集まって来ると思ってんのか。なめんなよ!」
「そんな風に言われても・・・おいらは何も聞いてねぇ。
ただこの図面通りに、やっているだけのことで・・・」
「しょうがねぇなぁ。おめえじゃ話にならねぇ。
親分の弥七のところへ連れていけ。直接会って話をつけようじゃねぇか」
弥七は社務所に居た。文蔵が文句を言うと、素直に「すまねぇ」と謝った。
弥七は去年と同じ場所を指定した。
しかし。その後に顔を出した伊三郎が、勝手に場所を変えたという。
親分の指図には逆らうことはできねぇ。
悪いが今年は我慢してくれと、弥七が文蔵に向かってひたすら頭をさげる。
「祇園の盆割りは、いつも俺に任されている。
伊三郎親分は、俺の決めた盆割りに目を通すだけだ。
去年はいいと言っていた。
だが、どういうわけか、今年は全部、親分が配置を変えちまった。
俺にはわけがわからねぇ。そういうわけだ。
この埋め合わせはあとでしっかりさせてもらうから、今回は我慢してくれ」
「我慢してくれだと。よく言うぜ。
あんな場所で賭場を開いて、客が集まって来るとでも思ってんのか!
さてはうちの親分を、万座の中で笑いものにするつもりだな。
そっちがその気ならこっちも、それなりの覚悟を決めるぜ!」
文蔵が弥七に激しく詰め寄る。
その瞬間。思い切り背後から、文蔵の背中を蹴飛ばした奴がいる。
伊三郎から大黒屋の賭場をまかされている、小島の彦六という代貸だ。
この男。文蔵以上に喧嘩早いことで知られている。
ガキの頃から暴れ者だ。
腕っぷしの強さが見込まれて、早い時期から伊三郎の側近のひとりになった。
「なんだこの野郎。
伊三郎親分が決めた盆割りに、文句があるってか。
上等だ。文句が有るなら、俺がとことん聞いてやろうじゃねぇか。
もっともおめさんのその口が、最後まで動いたらの話だがな。
伊三郎一家に逆らうと、こうなるんだ。
おい、おまえら。かまうことねぇから、こいつをとことん痛めつけてやれ!」
彦六の命令とともに、おおぜいの子分が文蔵に襲いかかる。
四方八方から、男たちの手が飛んでくる。
抵抗も敵わず、滅多打ちにされる中。
「彦さん。頼むよ。話せばわかることだ。頼むから乱暴はやめてくれ!」
と叫ぶ弥七の声を聴きながら、やがて文蔵が、意識を失っていく・・・
(92)へつづく
おとなの「上毛かるた」更新中
第六章 天保の大飢饉 ⑧
天保6年(一八三五)6月。
子分を引き連れて世良田村へ出かけて行った文蔵が、騒ぎをおこした。
騒動をおこしに行ったわけでは無い。去年につづき、祇園祭の賭場をひらくためだ。
忠治にしてみれば、予想外といえる展開だ。
昨年の祇園祭り以来。弥七をとりこむため、忠治は積極的に動いた。
おりんを貸し出すことも有った。
祭りの前。前回と同じく、10両の袖の下を用意した。
挨拶もかねて自ら出向いて行った。袖の下を弥七に渡した。
そうした経過もあるだけに、忠治は「万事うまくいくだろう」と安心しきっていた。
そんな経緯もあり、今年のことはすべて文蔵にまかせていた。
文蔵は民五郎と2人の三下を連れ、意気揚々と、世良田村へ乗り込んだ。
去年と同じ場所に、賭場を出すつもりで出かけて行った。
しかし。そこにはすでに伊三郎の代貸・前島の修二の賭場が出来上がっていた。
すかさず文蔵が文句をつけた。しかし、盆割りは毎年変わるものだと笑われた。
通りかかった弥七の子分を、文蔵がつかまえる。
「おい。今年の国定一家の賭場はどこでぇ!」
案内されたのは境内のはずれ。
見るからに淋しい場所だ。とても人が集まって来るような場所ではない。
「おい、おめえ。国定一家をおちょくってんのか?。なんでぇいってえ、この場所は。
こんな外れた場所に人が集まって来ると思ってんのか。なめんなよ!」
「そんな風に言われても・・・おいらは何も聞いてねぇ。
ただこの図面通りに、やっているだけのことで・・・」
「しょうがねぇなぁ。おめえじゃ話にならねぇ。
親分の弥七のところへ連れていけ。直接会って話をつけようじゃねぇか」
弥七は社務所に居た。文蔵が文句を言うと、素直に「すまねぇ」と謝った。
弥七は去年と同じ場所を指定した。
しかし。その後に顔を出した伊三郎が、勝手に場所を変えたという。
親分の指図には逆らうことはできねぇ。
悪いが今年は我慢してくれと、弥七が文蔵に向かってひたすら頭をさげる。
「祇園の盆割りは、いつも俺に任されている。
伊三郎親分は、俺の決めた盆割りに目を通すだけだ。
去年はいいと言っていた。
だが、どういうわけか、今年は全部、親分が配置を変えちまった。
俺にはわけがわからねぇ。そういうわけだ。
この埋め合わせはあとでしっかりさせてもらうから、今回は我慢してくれ」
「我慢してくれだと。よく言うぜ。
あんな場所で賭場を開いて、客が集まって来るとでも思ってんのか!
さてはうちの親分を、万座の中で笑いものにするつもりだな。
そっちがその気ならこっちも、それなりの覚悟を決めるぜ!」
文蔵が弥七に激しく詰め寄る。
その瞬間。思い切り背後から、文蔵の背中を蹴飛ばした奴がいる。
伊三郎から大黒屋の賭場をまかされている、小島の彦六という代貸だ。
この男。文蔵以上に喧嘩早いことで知られている。
ガキの頃から暴れ者だ。
腕っぷしの強さが見込まれて、早い時期から伊三郎の側近のひとりになった。
「なんだこの野郎。
伊三郎親分が決めた盆割りに、文句があるってか。
上等だ。文句が有るなら、俺がとことん聞いてやろうじゃねぇか。
もっともおめさんのその口が、最後まで動いたらの話だがな。
伊三郎一家に逆らうと、こうなるんだ。
おい、おまえら。かまうことねぇから、こいつをとことん痛めつけてやれ!」
彦六の命令とともに、おおぜいの子分が文蔵に襲いかかる。
四方八方から、男たちの手が飛んでくる。
抵抗も敵わず、滅多打ちにされる中。
「彦さん。頼むよ。話せばわかることだ。頼むから乱暴はやめてくれ!」
と叫ぶ弥七の声を聴きながら、やがて文蔵が、意識を失っていく・・・
(92)へつづく
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