落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (91)   第六章 天保の大飢饉 ⑧  

2016-11-20 17:00:11 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (91)
  第六章 天保の大飢饉 ⑧ 


 

 天保6年(一八三五)6月。
子分を引き連れて世良田村へ出かけて行った文蔵が、騒ぎをおこした。
騒動をおこしに行ったわけでは無い。去年につづき、祇園祭の賭場をひらくためだ。
忠治にしてみれば、予想外といえる展開だ。


 昨年の祇園祭り以来。弥七をとりこむため、忠治は積極的に動いた。
おりんを貸し出すことも有った。
祭りの前。前回と同じく、10両の袖の下を用意した。
挨拶もかねて自ら出向いて行った。袖の下を弥七に渡した。
そうした経過もあるだけに、忠治は「万事うまくいくだろう」と安心しきっていた。
そんな経緯もあり、今年のことはすべて文蔵にまかせていた。


 文蔵は民五郎と2人の三下を連れ、意気揚々と、世良田村へ乗り込んだ。
去年と同じ場所に、賭場を出すつもりで出かけて行った。
しかし。そこにはすでに伊三郎の代貸・前島の修二の賭場が出来上がっていた。
すかさず文蔵が文句をつけた。しかし、盆割りは毎年変わるものだと笑われた。
通りかかった弥七の子分を、文蔵がつかまえる。



 「おい。今年の国定一家の賭場はどこでぇ!」


 案内されたのは境内のはずれ。
見るからに淋しい場所だ。とても人が集まって来るような場所ではない。
「おい、おめえ。国定一家をおちょくってんのか?。なんでぇいってえ、この場所は。
こんな外れた場所に人が集まって来ると思ってんのか。なめんなよ!」



 「そんな風に言われても・・・おいらは何も聞いてねぇ。
 ただこの図面通りに、やっているだけのことで・・・」



 「しょうがねぇなぁ。おめえじゃ話にならねぇ。
 親分の弥七のところへ連れていけ。直接会って話をつけようじゃねぇか」



 弥七は社務所に居た。文蔵が文句を言うと、素直に「すまねぇ」と謝った。
弥七は去年と同じ場所を指定した。
しかし。その後に顔を出した伊三郎が、勝手に場所を変えたという。
親分の指図には逆らうことはできねぇ。
悪いが今年は我慢してくれと、弥七が文蔵に向かってひたすら頭をさげる。


 「祇園の盆割りは、いつも俺に任されている。
 伊三郎親分は、俺の決めた盆割りに目を通すだけだ。
 去年はいいと言っていた。
 だが、どういうわけか、今年は全部、親分が配置を変えちまった。
 俺にはわけがわからねぇ。そういうわけだ。
 この埋め合わせはあとでしっかりさせてもらうから、今回は我慢してくれ」



 「我慢してくれだと。よく言うぜ。
 あんな場所で賭場を開いて、客が集まって来るとでも思ってんのか!
 さてはうちの親分を、万座の中で笑いものにするつもりだな。
 そっちがその気ならこっちも、それなりの覚悟を決めるぜ!」



 文蔵が弥七に激しく詰め寄る。
その瞬間。思い切り背後から、文蔵の背中を蹴飛ばした奴がいる。
伊三郎から大黒屋の賭場をまかされている、小島の彦六という代貸だ。
この男。文蔵以上に喧嘩早いことで知られている。
ガキの頃から暴れ者だ。
腕っぷしの強さが見込まれて、早い時期から伊三郎の側近のひとりになった。


 「なんだこの野郎。
 伊三郎親分が決めた盆割りに、文句があるってか。
 上等だ。文句が有るなら、俺がとことん聞いてやろうじゃねぇか。
 もっともおめさんのその口が、最後まで動いたらの話だがな。
 伊三郎一家に逆らうと、こうなるんだ。
 おい、おまえら。かまうことねぇから、こいつをとことん痛めつけてやれ!」



 彦六の命令とともに、おおぜいの子分が文蔵に襲いかかる。
四方八方から、男たちの手が飛んでくる。
抵抗も敵わず、滅多打ちにされる中。
「彦さん。頼むよ。話せばわかることだ。頼むから乱暴はやめてくれ!」
と叫ぶ弥七の声を聴きながら、やがて文蔵が、意識を失っていく・・・


(92)へつづく

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忠治が愛した4人の女 (90)   第六章 天保の大飢饉 ⑦ 

2016-11-19 17:07:43 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (90)
  第六章 天保の大飢饉 ⑦ 



 去年は日照りで不作。今年は長雨にたたられ、2年続きの不作になった。
各地でとうとう、暴動がおきた。
赤城山麓の農民たちが武器を手に、伊勢崎方面へ押し寄せてきた。
若衆を中心に自警団がつくられ、暴徒から村を守った。


 忠治も子分たちを率いて、縄張り内を見回った。
暴徒は、国定村と田部井村へやって来た。
しかし、暴徒の数が少なかったため、なんなく撃退することができた。
だが。こんどは境の宿が危険になってきた。



 伊勢崎で暴れ回っている暴徒たちの数は多い。しかも勢いに乗っている。
そのままの勢いで、境の宿までなだれ込んでくる可能性が出てきた。
伊三郎が大勢の子分を引き連れて、境の宿へやって来た。
集団の先頭に、裏切り者の助次郎がいる。
いまではすっかり、伊三郎一家の代貸の顔になっている。


 「おいおい。何をやっているんでぇ国定一家のお歴々。邪魔だ、邪魔。
 おめえらは一家のある百々村でも守ってろ」


 「なんだと助次郎。
 さんざん世話になった百々一家を裏切っておきながら、よく言うぜ。
 俺たちをここから追っ払おうなんて、そうはいかねぇ。
 境の衆を暴徒から守るのは、俺たちの務めだ」



 「へっ、生意気なことを言うんじゃねぇ。
 それっぽっちの人数で、いったい何ができるっていうんだ。
 境の宿は俺たちにまかせておいて、おめえらはさっさと百々村へ帰んな」



 「なんだと!」



 文蔵が、長脇差に手をかける。円蔵があわてて止めにはいる。
「いいからここは、俺に任せておけ」円蔵が、ずいと助次郎の前にすすみ出る。



 「お久しぶりですねぇ、助次郎さん。
 おめえさんの昔の縄張り、木島村を守らなくてもいいですかい?。
 噂じゃ暴徒どもは此処へ来る前に、さきに木島村を通るんですぜ」


 「分かってらぁ。今から木島村へ行くところでェ」



 「早く行かねぇと、手遅れになるかもしれませんぜ。
 そうなったら大変だ。
 ほら。伊三郎の親分も、なにをグズグズしているんだと怒鳴るでしょう。
 頑張ってください、伊三郎一家の代貸さん」


 「ふん。忠治の軍師め。せいぜい命を大事にすることだな。おい、行くぞ」



 助次郎がぺっと唾を吐き捨てる。うしろを振り向き、子分どもへ命令を下す。
忠治たちも裏切り者の助次郎を相手に、喧嘩などしている場合ではない。
いそいで百々村へ移る。
百々村で暴徒を食い止めれば、縄張りの半分以上が安全になる。



 空っ風が吹きすさぶ中。
忠治たちは、全員で街道をふさいだ。
持ち場に着いた子分たちも、いのちに替えても暴徒を通さないと覚悟をきめた。
勢いに乗る暴徒を止めるのは、並大抵のことではない。
まず相手の出鼻をくじく必要がある。
鉄砲名人の八寸(はちす)村の才一が、鉄砲で相手の出鼻をくじく。
さらに、まんいちのため弓矢も用意した。



 三下たちを伊勢崎へおくりこみ、状況を把握しながら、街道で待機した。
しかし。さいわいなことに、暴徒が押し寄せてくることはなかった。
伊勢崎で、酒井家の侍たちが大活躍をした。
豪商の三井屋は蔵を開けた。暴徒たちにコメをわけあたえた。
そのおかげで、騒ぎはしずまった。同調していたならず者たちも、のこらず捕まった。


 よく年、天保6年。
天候が回復してきた。そのためこの年は、さいわいにして暴動はおこらなかった。
だがこの年。忠治の運命を左右する、一大事件がついにもちあがる。


(91)へつづく


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忠治が愛した4人の女 (89)   第六章 天保の大飢饉 ⑥ 

2016-11-17 16:42:59 | 現代小説
忠治が愛した4人の女 (89)
  第六章 天保の大飢饉 ⑥ 



 
 「おめえの噂は、あちこちで聞いた。
 紋次の跡目を継いで、立派にやってるそうじゃねぇか」


 「いえ。一家をつぶさねぇように、必死で頑張っているだけです」


 「いろいろ有ったらしいな。
 俺もな。英次のおかげでようやく久宮一家と和解が出来た。
 まだ落ち着く気はねぇが、晴れて上州へ帰って来られる身になった」


 「そうですか!。そいつはおめでとうございます。
 叔父御が大前田に戻ってきてくれたら、なにかと心強くなります!」


 「いや、大前田には帰らねぇ。
 大前田には俺の兄貴がいるからな。
 俺が帰ったら、兄貴だってやりずらくなる。
 今すぐってわけじゃねぇが、大胡あたりに落ち着こうと思っている」




 「大胡と言えば、赤城山の入り口だ。
 三夜沢(みよさわ)に有る赤城神社も、大前田一家が仕切ってるんですかい?」

 
 「三夜沢もそうだ。その先に有る湯ノ沢の湯治場もウチのシマだ。
 ただし。赤城山のてっぺんは、いまのところ空いてる。
 どうだ忠治。お山のてっぺんで盛大に、賭場をひらいてみるか?」


 「赤城山の頂上で、賭場をひらくんですか?」



 「4月の山開きの時は、たいそう賑わう。
 だから、あそこで賭場をひらけば、いい稼ぎになるはずだ」


 「なるほど。でもどうして大前田一家は、それをやらないんですかい?」



 「山開きの時。おまえさんも山へ登ってみればわかるさ。
 あちこちで博奕をやってる。
 役人どもがお山のてっぺんまで登って来ることは、まずねえからな。
 しかし。役人が来ねえんじゃ、客からてら銭はとれねぇ」


 「それじゃ賭場をひらいても、意味がねぇじゃないですか・・・叔父御」



 「たしかに普通の賭場をひらいたんじゃ、客は集まって来ねぇ。
 だからよ。工夫が必要なんだ。
 関八州の親分衆を、ずらりと勢ぞろいさせるのさ。
 客はてら銭を出してでも、親分衆たちを観たさに、集まって来る」


 「赤城山の頂上に、関八州の親分衆をずらりと集める・・・
 なるほど。それなら客は集まってくる。
 でもどうして叔父御が、それをやらないんですか。
 叔父御がひと声かければ、関八州の親分たちが、こぞって集まると思いますが?」



 「俺は大前田一家の親分じゃねぇ。親分は俺の兄貴だ。
 兄貴はそういう派手なことが嫌いなんだ。
 俺もやってみたいが、兄貴の手前、そういうわけにもいかねぇ。
 今のおまえじゃまだ無理かもしれねぇが、いつかそいつをやってみてくれ。
 そんときは、よろこんで俺も手伝う」

 
 「はい。是非、やってみたいと思います」


 「男同士の約束だぜ。楽しみにしているぞ、俺も」



 大前田英五郎が、ニヤリと笑う。
「はい」と忠治がうなずく。
「じゃなぁ」と英五郎が、腰をあげる。
「名古屋にし残した仕事があるんだ。いまからそれを片付けに行く」
達者でやれよと、大前田英五郎が国定村をあとにする。



(90)へつづく


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忠治が愛した4人の女 (88)   第六章 天保の大飢饉 ⑤

2016-11-14 17:06:31 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (88)
  第六章 天保の大飢饉 ⑤



 
 6月。世良田に祇園祭の季節がやってきた。
10両の袖の下がきいたらしい。
最上級とはいえないがそれなりの場所に、国定一家の賭場がひらかれた。
見回りに来た伊三郎が、忠治の賭場に気が付く。


 一瞬。「なんだぁ・・・?」と、怪訝そうに眉をしかめる。
しかし。伊三郎の周りには、各地からやってきた親分衆が勢ぞろいしている。
何もないような素振りを見せて、そのまま通り過ぎていく。
女壺振りが、忠治の賭場の評判を呼ぶ。
おおぜいの親分衆たちが忠治の賭場へ集まって来る。
「面白そうだ」と祭り見物の客たちも、忠治の賭場へ集まって来る。
そうなるといくら伊三郎でもよけいに、忠治に手出しができなくなる。



 忠治の賭場が、おおいに盛り上がる。
祭りの終わりとともに、忠治の賭場が何事もなく閉じられる。
敵対している忠治に手出しをしなかった伊三郎が、逆にそのことで男をあげる。


 「島村の伊三郎親分もたいしたもんだ。
 敵対している国定一家に、わざわざ賭場をもたせるとは、度量がひろい。
 いやはや。上州ならではの、いいものを見せてもらった」



 異口同音に伊三郎をほめたたえ、親分衆たちが帰路につく。
こうなると余計、手を出しにくくなる。
いっぽうの忠治もたんまりの稼ぎを懐に、ゆうゆう境の宿へ引き上げていく。


 7月。こんどは忠治が生まれた国定村で、赤城神社の祭りがひらかれる。
国定一家が、神社の片隅に小さな賭場をひらく。
赤城神社は、寒村の奥まった場所に鎮座している小さな社。
集まって来る人数は、たかが知れている。
そんな小さな賭場へ思いがけない客がやって来た。


 顔を出したのは、大前田英五郎。忠治と、6年ぶりの再会になる。
「よう」と手を上げ、賭場小屋へ英五郎が顔を出す。
あわてて立ち上がる忠治を、「まぁまぁ」と英五郎が目で制止する。


 「旅の途中だ。すこし遊ばせてくれ」



 大前田英五郎の名は、日本全国に知れ渡っている。
だが、ほとんど上州にいないため、地元の人間は英五郎の顔を知らない。
旅の風体の男が、盆の末席へ腰をおろす。
なにやらの気配は感じる。
だが誰一人として、どっかり腰をおろしたその人物があの有名な、
大前田英五郎と気が付かない。


 勝負が再開される。
忠治も突然顔を見せた英五郎がどんな勝負をみせるか、興味津々(しんしん)だ。
しかし。意外な結果が出る。
これでもかというほど実に気持ちよく、英五郎が負けてしまう。
あっというまに、5両近くも負けてしまう。


 「いいか、忠治。素人衆と勝負するときは、決して勝っちゃいけねぇよ」


 賭場を出た英五郎が、ポツリとささやく。



 「俺たちは、堅気の衆におマンマを食わせてもらっている身だ。
 おめえも旅先で、賭場に出入りすることがあるだろう。
 親分と呼ばれている者が、旅先の賭場で稼ごうなんて了見をおこしちゃいけねぇ。
 旅先の賭場で、気持ちよく負けてこそ親分の貫禄ってもんだ。
 よく覚えておけ、忠治」


 (なるほど・・・さすがだ。やっぱり俺とは器が違う・・・)


(89)へつづく


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忠治が愛した4人の女 (87)   第六章 天保の大飢饉 ④

2016-11-13 17:08:18 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (87)
  第六章 天保の大飢饉 ④



 国定忠治が来たと知り、弥七一家の若い衆が色めき立つ。
しかし。たったひとりで来たと分かると、弥七親分がわざわざ玄関へやってきた。
忠治がしきたり通りの仁義をきると、目を細めたまま仁義を受けた。
 

 「まさか。おまえさん自ら挨拶に来るとは驚きだ。
 しかも、たったひとりで俺ンところへ乗り込んでくるとは、いい度胸だ」


 
 「弥七親分さんの噂はかねてから聞いておりやす。
 もうちっと早くに挨拶に参(めえ)りたかったんでごぜえますが、うちとしても
 色々とゴタゴタがありまして、挨拶が遅れてしめえやした。
 まだ右も左もわからねぇ駆け出し者(もん)ですが、以後、よろしくお願いいたしやす」



 「なぁに。こっちこそ、おめえさんの噂はたっぷり聞いている。
 若いわりに顔がひろい。
 襲名披露で集まって来た親分衆たちの顔を見て、驚かされた。
 大前田の要吉親分は、よほどのことがないと腰をあげないと、評判のお方だ。
 その親分がわざわざ出向いてくるとは、おめえもよほどの大物だ。
 それに、力ずくで縄張りをひろげねぇのも気に入った。
 女に壺を振らせるなんざ、とてもじゃねぇが、俺たちじゃ考えもつかねぇ。
 俺もおめえさんに、いちど会いたいと思っていた」



 「お褒めの言葉、ありがとうございやす」


 「で、今日はなんでぇ?。
 わざわざ挨拶するためだけに、敵地に乗り込んで来たわけじゃあるめぇ?」


 「察しのいいことで」ニヤリと忠治が笑う。



 「世良田の祇園祭の賭場に、ウチも加えてほしいでさぁ。
 世良田の祇園祭と言えば、関東中の親分さんが集まると、もっぱらの評判です。
 是非とも国定一家を、その仲間にくわえておくんなせぇ」


 「そうさなぁ。俺としちゃ、おまえさんを参加させてやってもかまわねぇ。
 だがウチの親分が、なんと言うかのう」



 「祇園祭の盆割りは、弥七親分が仕切っているんじゃねぇんですかい?」


 「俺が全部、仕切っちゃいるが・・・」


 「弥七親分。お願えしゃす!」深々と忠治が頭をさげる。



 「忠治一家の前身は、境をおさめていた百々一家。
 境の宿にも祇園祭があり、盆割りは長いこと、百々一家が仕切ってきやした。
 しかし今じゃ境の宿の半分を、伊三郎一家に取られてしまいました。
 せめて世良田の祇園祭りに参加して、むかしの百々一家が、
 いまだに健在だということを親分衆に、見せてやりたんでさぁ」



 「しかしなぁ・・・」弥七親分が、渋い顔を見せる。
ここが駆け引きの頃合いだと読んで、忠治がふところの金に手を伸ばす。



 「挨拶代わりと言っちゃなんですが、これをお納め下せぇ」
忠治がふところから、10両の包みを取り出す。



 「まぁ・・しょうがねぇか。すこし、考えておこうじゃねぇか。
 忠治。これを縁に、たびたび世良田へ遊びに来い。
 ここにゃ江戸幕府ゆかりの長楽寺や、家康を祀る東照宮も有る。
 江戸が見たけりゃ、世良田へおいでと唄われているくらいだからな。
 なんなら子分どもに案内させてやってもいいぜ。
 祇園祭は6月だ。
 せいぜい楽しみに、待っているんだな」



 弥七が上機嫌で、忠治を送り出す。
(10両と言えば大金だ。だが、ポンと差し出す事で、人の心は変わる。
博徒はなにかと物入りだ。10両で人の気持ちが買えるのなら、安い出費だ)



 手ごたえはあった。
ニヤリと笑った忠治が、弥七一家をあとにする。



(88)へつづく

おとなの「上毛かるた」更新中