落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (44)

2017-02-07 18:52:46 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (44)
 たまの暴走




 「大和屋酒造の弥右衛門の長女、恭子といいます」


 風呂敷包みを差し出しながら、恭子が最高潮の緊張を見せている。


 「くれぐれも失礼がないように。と、何度も念を押されました。
 これは、わしからだと言って渡してくれ。
 そう言われ、こちらのものを預かってまいりました」


 風呂敷から出来てきたのは、今年仕込んだ最上級のカスモチ原酒の特選品。
豊潤で濃厚な味が、カスモチ原酒の特徴。
こうじを多目に使っているからだ。
大和屋酒造は厳格なまでに製法を守りながら、伝統の酒を受け継いできた。
酒蔵の10代目を継ぐ恭子にとって、カスモチ原酒の特選品が持つ意味は、
嫌というほど理解している。



 「ありがとうございます。
 お父上様に、よろしくお礼を申しあげてください。
 先日は、ウチの清子が、喜多方で大変にお世話になりました。
 あらためて、感謝とお礼を申し上げます」



 小春も突然すぎる対面に、自分の気持ちを開放しきれていない。
つとめて冷静を装っている。しかし。心は穏やかでない。
それはそうだ。目の前にいる女の子は、いまも想いを寄せている
愛する男の、最愛の娘だ。


 『立ち話もなんですから、どうぞ、上がってくださいな』
玄関に立ち尽くしている恭子へ、ぎこちなく入室をすすめる。
おかしな空気が2人のあいだに漂っていることに、清子も気がつく。


 (不思議な気配が2人の間にただよっていますねぇ。、
 あ・・・小春姐さんが想いを寄せているお相手は、恭子さんのおとうさん、
 喜多方の小原庄助さんです!)



 いわくの有るの2人がいきなり対峙すれば、空気が重くなるのはあたりまえのこと。
この場を和らげるための方法を、清子が必死になって考え始める。
しかし。いくら考えても、良いアイデアは浮かんでこない。


(駄目だ。人生経験の乏し過ぎるわたしには、手に負えません。
 まいりました完全に・・・この場の空気を和ませるために、こんなとき
 誰か、機転の利く人がやって来てくれないかしら)


 しかし。いまの時間、小春の部屋へやってくるような救いの神は思い当たらない。
清子が途方に暮れた時。何を血迷ったのか、『オイラに任せろ!』と
言わんばかりに、3人の足元をたまが駆け抜けていく。
凄い勢いを保ったままのたまが、玄関から飛び出していく。



 外へ出た瞬間。廊下で足がすべる。
だがなんとかこらえ、その場で態勢を立て直す。
じたばたと廊下で蹈鞴(たたら)を踏んだ後、ふたたび速度を上げて階段へ向かう。


 (よし。ここからが見せ場だ。
 階段に落ちると見せかけて、急ブレーキをかける。
 ただ止まって見せるだけじゃないぜ。
 空中で1回転半回って、格好良く、着地を決めてみせるぜ!)



 階段の1mほど手前で、たまがダッシュからの急停止をこころみる。
しかし不幸なことに、勢いがついたたまの足元は、どうにも止まる気配がない。
必死に爪を立てて、もがいてみる。
だが廊下は昨日、クリーニング業者が、ピカピカに磨いたばかりだ。
いくらたまがもがこうが、ブレーキはかからない。


 『くそ!。畜生。磨くのにも限度があるだろう。クリーニング業者のバカやつらめ。
 このままじゃおいらは、階段から下の踊り場まで真っ逆さまに墜落しちまう。
 神も仏もいないのか。。誰か、ピンチのオイラを停めてくれ~』


 もはやこれまでと、たまが覚悟を決める。
横滑りしたたまの目の前に、階段の傾斜が迫って来る。
『もうだめだ!』たまが、両目を閉じる。
「なにやってんだい、お前。朝っぱらから、こんなところで?』
ヒョイと首が掴まれ、たまが吊りあげられる。


 「磨いたばかりの廊下を暴走するなんて、なにを考えているんだ、このバカは。
 誰が見ても、ツルツル滑ることなど簡単にわかるだろう。
 もう一歩、あたしが上がってくるのが遅ければ、お前さんは階段から滑り落ちて、
 救急車を呼ぶか、坊主を呼ぶかの大騒ぎになった。
 あ。子猫が一匹、階段を落ちて怪我したくらいで救急車はやって来ないか。
 あっはっは」


 たまを抱きあげた市が、ドアから顔だけ出してこちらを見つめている3人に気が付く。
清子と小春。恭子の呆れた顔がそこにある。
なるほど・・・そういうことですか。市もようやく事態に気が付く。



 『何がはじまったのかと思ったら、大和屋酒造の長女が、
 小春を訪ねてきたわけですか。
 小春の面食らった様子から見ると、どうやら突然の訪問のようです。
 なるほど。小春が窮地に陥ったわけですね。
 で、何とかしてこの場の空気を、やわらげる必要がでてきた。
 重い気配を察したお前が、ひと芝居を打ったわけか。
 やるじゃないかお前。
 見直したよ、たま。へぇぇ・・・・』


 あわてて駆け寄って来る清子へ、たまを、ほらと乱暴に投げ渡す。
しかし。上から下まですっかり外出の支度を整えている清子の様子を見て、
ヒョイとまた、たまを取りあげてしまう。



 「なんだ。出かける用意が、すっかり整っているじゃないか。
 じゃそのまま、お友達と遊びに行っといで。
 おや・・・どなたかと思えば、そちらは先日の大和屋酒造のお嬢さん。
 なるほど。清子を誘いに来てくれたのですね。
 わたしたちは、大助かりです。
 こんな気のきかない無粋な子ですが、本日一日、よろしく面倒みてくださいな」


 成り行きを見守っていたたまが、清子が出かけると聞いて、
市の手の中で、ジタバタ暴れはじめる。
『こらこら。お前は今日はお留守番だ。どうしても出かけたいというのなら
あたしゃ構わないが、後でお前がきっと困ることになるよ』
たまの耳元で、市がささやく。



 『え?。あとでおいらが困ることになる・・・』
たまの耳元へ、市がさらにつぶやく。


 『午後になったら、春奴姉さんと豆奴がここへやってきます。
 ついでに、ミィシャを連れてきてくれるそうです。
 どうするのさ、お前。
 清子と出かけたいのなら、勝手について行くがいい。
 でも、そうしたら、愛しいミィシャには会えないよ。
 どうするお前。
 やっぱり本命は、清子よりミィシャだろう。うふふ』


 市の言葉に、たまが細い目をさらに細くする。
『ニャア~』と甘える。
見たこともないほど顔をふやけさせたあと、目尻をだらしなく、
ぐっと下までさげていく。


(45)へ、つづく

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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (43)

2017-02-06 18:18:53 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (43)
 恭子がやって来た




 それから数日後。午前9時ぴったり。
小春のマンションの電話が鳴りはじめた。
『たま。約束通り、10代目がお電話をくれたようです』
たまと遊んでいた清子が動きを止める。隣室の様子に耳を澄ます。


 「清子。喜多方の恭子さんというお嬢さんから、お電話です」



 小春に呼ばれた瞬間、清子はすでに、弾かれたように部屋を飛び出している。
『いつの間に出来たのですか?。あなたに、喜多方のお友達が?』
小首をかしげている小春から、清子が受話器を奪い取る。
あとを追って駆けてきたたまが、事情を説明しましょうかと、笑顔で見上げる。


 しかし。たまの申し出は、残念ながら小春に伝わらない。
『はいはい。お前のその顔は、お腹がすいているんだね。朝ごはんをあげましょうね』
スタスタと台所へ消えていく。



 『まったく。小春のやつときたら、おいらの顔を見れば、餌を催促していると
勘違いしゃがる。たまにはオイラの話をまともに聞いたらどうだ!。
役に立つ情報を教えようと思ったのに。チェッ。なんだよ、まったくもって面白くねぇ』
ぶつぶつつぶやくたまの頭上で、清子と恭子の約束が進行していく。
電話を切った清子が、たまの朝食を準備している小春のもとへ飛んでいく。


 「小春お姐さん。
 恭子さんが、猪苗代湖東岸の観光に連れて行って下さるそうです。
 お出かけしても構いませんか?」


 「一向に構いません。
 ですが、そちらのお嬢さんのご迷惑にならないですか。
 ハキハキした印象を受けましたが、恭子さんというのは、いったい、
 どちらのお方ですか?」



 「喜多方で、お友達になりました。
 美味しいラーメンを、ご馳走になりました。
 その折り。今度のお休みのときに、一緒に遊びましょうと約束しました。
 10代目を継いで、酒蔵の当主になるお嬢さんです」


 
 「10代目を継いで、酒蔵の当主になる・・・
 もしかして、大和屋酒造の、弥右衛門さんのひとり娘のことですか?」



 「はい。弥右衛門さんのお嬢さんで、高校3年になる恭子さんです。
 清子が会津に居るうちは、あたしが遊んであげるから、
 遠慮しないで、いつでも連絡してきなさいと言われています。
 あっ。もうひとつ、別の用件もあるそうです
 そのうち、東山温泉の美人芸妓、小春お姐さんのお顔を見たいと言っていました。
 昔。一度だけ見たことがあるそうですが、記憶が曖昧だそうです。
 顔を見るくらいなら大丈夫でしょうと、勝手に返事をしてしまいましたが・・・
 いけなかったでしょうか?。小春お姐さん・・・」


 「高校3年生なら、お前より2つ年上。
 へぇぇ・・・もう、そんなに大きくなったのですか。
 あの時の、あの小さかった、あの子が・・・」



 小春が昔を思いだす。
思わず、感慨深そうに目を細めたその瞬間。
小春の油断を見透かしたように、玄関のチャイムが鳴りはじめた。
『来た。10代目の恭子さんだ!』
『え?。』戸惑う小春を尻目に、清子が軽い足取りで玄関へ飛んでいく。


 (え?。な、何なの。何が起こったというのさ、一体。
 聞いてません。あの子がいきなり、ウチの玄関に登場するなんて。
 あたしはまだ、心の準備が、まったくととのっていないというのに・・・)


 「小春お姐さん。
 少し早いようですが、恭子さんがもう、玄関へ到着してしまいました。
 ドアを、開けても構いませんか?」


 「どこから電話をかけてきたのかしら、お嬢さんは?」



 「すぐ下の、公衆電話からです。
 あ、その事を言うのを忘れていました、あたしったら。
 ごめんなさい。でも、どうしましょう。いつまでも待たせたら可哀想です。
 開けてもいいでしょうか、このドアを」



 「断る理由は、とくに見当たりません・・・・
 いいですよ、開けても。わたしもお顔を見るのが楽しみですから・・・」



 万事休すと、小春が心の中で白旗をあげる。
『許可をいただきました!!』清子がにこりと笑う。
すぐさま玄関の鍵を開ける。



 カチャリとカギが外れて、ドアが開く。
風呂敷包みを抱えた恭子がそこに立っている。
なぜか緊張した、こわばった顔をしている。
整った恭子の顔の中に、小春は、幼い時に見かけた面影をまったく
見つけ出すことができないでいる。


 (この子が、恭子ちゃん・・・
 一度だけお見かけしたのは、たしか、10年前。
 この子が、6つか7つのときでした。
 色白で、利口そうな子という印象は有りますが、お顔は覚えておりません。
 そりゃそうだ。この子は、本妻が産んだ大切な跡取り娘だもの)



 とつぜんお邪魔してすみませんと恭子が、ぺこりと頭をさげる。
あわてて小春も頭をさげる。


 (どこからどう見ても、今はもう、一人前の素敵なお嬢さまだ。
 清子とお嬢さんが結びつくなんて、あたしもうっかりしておりました。
 油断しすぎましたねぇ。
 これを迂闊と言わず、なんというのでしょう。
 思いがけないことになってしまいました。
 ああ・・・なんだか、頭がクラクラしてまいりました。
 困りました。こんな日がやって来るとは、夢にも思っていなかったもの)


 (44)へ、つづく


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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (42)

2017-02-05 16:34:06 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (42)
 こだわりのラーメン




 清子とたまが、ラーメン店の2階に落ち着いたのは、午後の1時過ぎ。
ひっきりなしだった客の動きに、ようやく陰りが見えてきた。
「もういいよ。ありがとう。疲れただろう」
そう言われたとき。すでに2階のテーブルに、あふれるほどの料理が並んでいた。


 「カツ丼でしょ。カレーでしょ。八宝菜でしょ。
 ラーメンも有るけど、餃子に野菜炒めまで並んでいます。
 すごい量ですねぇ。
 いったい誰が食べるのかしら、こんなたくさん」


 「あんたが、身体で稼いだ戦利品だ。
 遠慮しないで、みんな片っ端から食べて、片付けちまおうぜ」


 「それにしても限度があります。
 女子プロレスラーじゃあるまいし、あたし、こう見えても少食なんです」



 口とは裏腹に清子が、目をキラキラさせて喜んでいる。
うれしそうに、テーブル上の料理を眺め回している。
『そうは見えないな。今の清子は、全身が食欲の固まりのように見えます』
ふふふと恭子が、ラーメンの丼を引き寄せる。



 「喜多方のラーメンの食べかたには、流儀があるの。
 最初の一口はレンゲを持たず、丼をそのまま口に運ぶの。
 体裁を気にせず、音をたてて、ズズズ~ッと思い切りすすってしまう。
 そうすると、美味しいスープが口の中いっぱいにひろがる。
 感動で、脳みそが歓喜の喜びに震えるわ。
 遠慮しないで、清子もやってごらんよ」


 恭子が見本をみせてくれる。清子も丼を口に運ぶ。
ずずっと音を立てて、思い切りスープをすすっていく。
恭子が言っていた通り、口の中いっぱいに、油と醤油の香りが広がっていく。
それがまた、なんともいえず心地よい。
ラーメンスープに含まれている幸福な味わいが、清子の脳みそを一気に駆けめぐる。
『うわ~、本当だァ・・・・最高です!』
清子が満面に笑顔を浮かべる。



 ラーメンスープをすすった瞬間。
喉を通り、口の中にひろがっていく脂の風味の善し悪しで、脳がおいしさを判断する。
ラーメンは、オリジナルの中太ちぢれ麺。
噛み締める食感を、なによりも大切にしている。
喜多方で定番の、細い縮れ面よりも、すこし厚めの麺になっている。



 ダシは、伊達鶏と煮干。昆布と香味野菜を使用したシンプルなもの。
太く縮れているこの店の麺は、油によくからむ。
そのため。こだわりの香りと旨みを、存分に楽しむことができる。
油がたっぷり入っているのに、えぐみや臭みがまったく無い。
澄んだ味わいとともに、鼻に抜けてくる魚介の香りが、なんともまた心地よい。

 食べ進めるうち、ドンブリの中で「うまさ」が循環していく。
スープはもちろん。麺とチャーシューから、たっぷり旨みが染み出してくる。
旨みが、ことごとく麺に絡まる。
食べすすめている間、味がどんどん変化を遂げていく。
最初と最後の一口では、まったく別物のように感じられる。


 ペロリとラーメンを平らげた清子が、カツ丼とカレーの前で姿勢を正す。
『おっ、清子。気合が入ってきましたね。見るからにやる気満々です。』
恭子が目を細めて清子をみつめる。



 「だってぇ。身体をたくさん動かしたんですもの、お腹はぺこぺこです。
 明日からしっかりカロリー計算して、体重管理をいたします。
 でも今日だけは見逃してください。うふふ・・・
 あふれてくる食欲を、抑えることができません!」



 「そうだよねぇ。あんたは、朝からずっとお店の中で頑張った。
 たくさん食べて体力をつけなきゃ、身体が持たないよ。
 追加の料理を持ってきたから、遠慮しないでドンドン食べておくれ。
 お茶と甘酒も持ってきた。流し込むために使っておくれ。
 うふふ。いいねぇあんた。
 働きっぷりも見事だけど、旺盛な食欲ぶりも見ていて気持ちがいい。
 遠慮しないで、たくさん食べておくれ」



 追加の料理を運んできたおばちゃんが、清子の食欲に目を細める。
『はいっ!』と答えた清子が、甘酒へ手を伸ばす。
何のためらいもなく、一気に、甘酒をものの見事に飲み干してしまう。
清子の膝で居眠りしていたたまが、妙な予感を覚える。



 『清子のやつ。調子に乗って甘酒の一気飲みしたけど、大丈夫か?。
なんだか、おいら胸騒ぎがしてきたぞ。嫌な予感がするなぁ・・・・』
たまがぼそりとつぶやいたつぎの瞬間、清子の身体がふらりと揺れだした。



 清子の白い頬に、紅がさしてくる。
次の瞬間。顔全体が、ゆでダコのように変っていく。
湯気でもあがりそうなほど、真っ赤な顔に変わっていく。
『もうあかん。身体がいきなり燃えてきた。ダメや・・・』一声うめいたその直後。
そのまま後方へ、へなへなと、崩れるように倒れていく。


 「清子!」


 「どうした、あんた。大丈夫かい!」



 しっかりせいと、恭子が清子を抱き起こす。
しかし。清子の表情はすでに、もうろうとしている。
手にしたままの甘酒のコップを、奪うように取り上げる。
『あれ?・・・・これって、もしかして?』
恭子が、コップに残っている甘酒と異なる液体の香りに、ようやく気がつく。



 「おばちゃん。
 これ、甘酒やないでぇ。ウチが持ってきた、お土産の濁り酒やないか!。
 おばちゃんも悪いが、ろくに確認もせず、一気に飲みほしてしまう清子も悪い。
 もう少し利口かと思っていたのに、意外と阿呆やな、この子ったら・・・・」


 『まぁまぁ、よくあることですから、清子の場合・・・・』
たまが、慌てふためいている恭子とおばちゃんの2人を、涼しい顔で
見上げている。


(43)へ、つづく


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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (41)

2017-02-03 17:56:03 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (41)
 にわか看板娘 



 浴衣に赤いたすき、姉さんかぶり。さらに人気ラーメン店の前掛け姿。
いきいきと動き回る清子に、客席のあちこちから、立て続けに声がかかる。
評判を聞きつけ、遠くから朝ラーメンを食べに来たはずの人たちが、
笑顔がさわやかな看板娘の登場に、当初の目的をすっかり忘れている。
店の中が、ザワザワと色めきたってきた。


 「お嬢さん。記念写真をいっしょに撮ってください。お願いします」


 「君。可愛いねぇ、もしかして、ミス喜多方かい。
 手が空いたらこっちもぜひ、1枚、記念撮影をお願いします」


 朝ラーメンの繁盛店が、いつのまにか清子の撮影会に
様変わりしてきた。
ラーメンをつぎつぎテーブルへ運びながら、清子は相次ぐ記念撮影の注文に
こころよく応じていく。
嫌な顔ひとつ見せず、『はいっ』と笑顔で応えていく。


 「おい。どうなってんだ・・・
 いったい何が始まったんだよ、今日は・・・」



 ふらりと入って来た常連客のひとりが、店内の様子に驚く。
見たことのない女の子がひとり、水を得た魚のように店の中を飛び回っている。
常連客の入店に気がついた清子が、ひょこっと頭をさげる。
『いらっしゃいませ!』よく響く声が飛んでくる。
常連客が混み合う客席をかき分けて、厨房へすっ飛んでいく。


 「おい。いったいどこから見つけてきたんだ。あんな上等な隠し球を。
 可愛い可愛いで、店の中じゅうが大騒ぎになっちまっている。
 まるで、にわか看板娘の登場だ」


 「そいつがよ。俺にもよくわからねぇ。
 恭子が連れてきた清子っていう女の子だ。
 人手が足らなくて四苦八苦してると言ったら、自分から手伝いを買って出てくれた。
 客席にラーメンを配っているうち、可愛い、可愛いって客が騒ぎ始めた。
 いつのまにか、人気者になっちまったようだ」


 「浴衣が妙に似合っているし、物腰がやわらかくて見ていて気持ちがいい。
 動き回る姿に華もある。
 見た目といい、雰囲気といい、10代目の恭子とは月とすっぽんの違いだな。
 しかしどこの子だ。あまり見かけない顔だが?」



 「悪かったわねぇ。どうせ私は、月とすっぽんの10代目です。
 愛嬌はないし、動作もキビキビしていません」



 「おう。誰かと思えば10代目の恭子じゃねぇか。
 なんだよお前も居たのかよ。居るなら居るで、ちゃんとアピールしてくれ。
 つい心にも無い、余計なひとことを言っちまったじゃねぇかよ。
 悪かったよ、10代目。で、あのこはいったいどこの何者だ?」


 「清子は湯西川温泉で芸妓修行を始めたばかりの、15歳。
 朝ラーメンを食べに来ただけなのに、おばあちゃんが余計なことを言うんだもの。
 清子どころか、あたしまで手伝うハメになっちゃった。
 東山温泉の売れっ子芸妓、小春さんの妹芸妓に当たるそうです。
 会津の市さんと一緒に、ウチの酒蔵へ見学にきたのよ」



 「東山の小春に、会津の市さんといえば、トップクラスの芸後の2人じゃねぇか。
 驚いたねぇ。どうりでサラブレッドの雰囲気が漂っているはずだ」


 「すみませんね。どうせ私は、喜多方生まれの駄馬です。
 ふん。大嫌いです。15歳の小娘にクラクラしているおじさまなんて!」


 
 「本気で怒るなよ、10代目。
 お前さんも充分にカワイイ。しかしあの子は、別格だという意味だ。
 お前さんのところの酒蔵は、いい酒を作るための、いい水に恵まれている。
 あの子のところには、いい女を作るための環境が、すべて整っている。
 それだけの差だ。
 しかし、いい娘だねぇ。働いている姿に華が有る。
 接客業に向いている子だな。天性の、お座敷向きだな」



 おっ、なんだこいつは・・・常連客が、足元を見つめる。
『なれなれしい小猫だな。俺は猫が大嫌いだ』
足元にじゃれついてくる子猫を、足で払いのけようと常連客が身構える。
それを見た恭子が、慌ててたまを抱き上げる。



 「足で蹴るなんて、バチ当たりなことをしないで。おじさま。
 こう見えてもこの子は、れっきとした、三毛猫のオスなのよ。
 清子が看板娘なら、こっちの三毛は、商売繁盛の護り神なんだから!」



 「なっ、なんだって。野良猫じゃねぇのか。こいつは三毛猫のオスか!」
三毛猫のオスと聞いて、常連客の目が丸くなる。
『驚いたなぁ。いきなりダブルで、福の神の到来かよ。どうなってんだ。
今日はいったい・・・』常連客の驚きが頂点に達する。
そんな騒動をまったく知らず、清子は水を得た魚のように笑顔をふりまきながら、
ごったがえす店内と厨房を、忙しく往復している。


 (42)へ、つづく


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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (40)

2017-02-02 18:04:12 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (40)
恭子の隠れ家



 ラーメン店がひしめいている喜多方の街とは言え、すべての店が
朝からラーメンを提供しているわけではない。
準備中や、仕込みで忙しそうなお店の前をいくつか素通りしたあと、
恭子の足が、行列の見える一軒のラーメン屋へ向う。


 『清子よ。
 朝の9時を回ったばかりだというのに、もう店の前に、行列が見えるぜ。
 朝からラーメンを食う連中がこんなに居るのかよ。
 いったいぜんたい、どうなってんだよ、この街は・・・』


 
 たまが大きな目で、前方を見つめる。
店の前に、観光客たちと思える一団が順番を待っている。
セーラ服に日傘。白い足袋に、真っ赤な鼻緒の下駄を履いた恭子は、行列を
横目に見て、そのまま追い越していく。
店舗の脇に小道が見える。人ひとりがやっと通れそうな小さな路地だ。
その小さな隙間に、恭子がズンズン入っていく。
(え、そっちなの?)清子もあわてて、恭子につづく。


 狭い路地を抜けると、川の堤防にぶつかる。
裏口が、堤防に面して作られている。
入り口の横に麺の箱やら、具材に使われる野菜の箱が、山のように積まれている。
『すごい量だろう。一日で食べちゃうんだ。これだけの量の麺と、野菜を』
足元に気をつけてなと、慣れた様子で恭子が狭い通路を抜けていく。



 「おじちゃん。恭子です。
 あたしの、大切なお友達を連れてきました。
 美味しいラーメンと、スタミナたっぷりのとんかつを上げて頂戴。
 いつものようにお代は、9代目から、好きなだけ巻き上げてください。
 あっ。お水はいりません。
 そこの冷蔵庫から勝手に、サイダーを持っていきます。
 そうだ。もうひとり珍しい生き物がいるの。
 出汁につかった煮干が有ったら、分けてちょうだい。
 三毛猫のオスで、たまという子猫が一緒なの」



 「へぇ。三毛猫のオスかい。たまげたねぇ・・・」


 髭面の店主が、厨房から顔を出す。



 「おっ。本当だ。恭子の連れに、可愛いお嬢さんがお見えだ。
 珍しいことがあるもんだ。
 おい、婆さん。事件だ事件。えらいこっちゃ!
 人嫌いの恭子が、可愛い女の子と、三毛猫のオスを連れてきたぞ!」



 「へぇぇ。珍しいことがあるものです。恭子に、お客様かい。
 腕によりをかけて作るから、2階でくつろいでいるといいさ。
 あら、あんた。若そうなのに、浴衣の着こなし方が、ずいぶん粋だねぇ。
 日傘まで用意しているところをみると、あんた只者じゃないね」



 「清子。いいかげんに逃げださないと、おばあちゃんはしつこいからね。
 おばあちゃん。口はいいから、手を動かしてちょうだい。
 表で皆さんが、首を長くしてお待ちかねです!」



 「そんなに言うなら、あんた、たまには手伝ってくれたらどうなんだい?
 バイト代なら、いくらでも出してあげるから、さぁ。
 猫の手を借りたいほど、朝からウチは、大忙しなんだ」


 「猫ならそこにいるじゃないの。
 清子と一緒にいる、そこの三毛猫に、手伝いを頼んでみたらどう?」


 「あのう。あたしでよければお手伝いしますけど・・・・」




 清子が思わず、余計な言葉を口にしてしまう。
どうせ否定されると思いきや、即座に『助かるよ』と喜ばれてしまう。


 「アルバイトの子が急に休んじまって、てんやわんやだ。
 戦力不足で、にっともさっちもいかない状態なんだ
 どこの誰かは知らないが、手伝ってくれたら、おおいに助かる!』



 奥の厨房から、おかげで助かると、髭面の嬉しそうな声が飛んでくる。



 「はい。私でよければ、喜んでお手伝いします。
 でも、ラーメン屋さんのお仕事は初めてです。
 厨房に入っても、邪魔で、足手まといになるだけだと思います。
 注文取りと、食器の上げ下げくらいなら、お手伝いできると思います。
 いいですか?。その程度の、かんたんなお手伝いでも?」



 「願ってもない。大助かりだ。悪いねぇ。
 じゃあ早速だが、この前掛けをつけて、お店の方の応援に入ってくれ。
 いいねぇ。天の助けだ。可愛い看板娘が、いきなりワシの店に現れてくれた。
 あんた。名前は?」


 「清子です!」


 『お前は、ここで邪魔にならないように、静かにしているんだよ』
通路にたまをおろした清子が、キョトンとしている顔を見つめながら、しっかりと念を押す。
『入ります!』明るく答えた清子が、前掛けを腰へ巻きつけながら、
早くもお店に向かって飛んでいく。




 「清子ったら。お店の仕事なんか、手伝うことなんかないさ・・・・
 あ~あ、行っちゃった。
 嬉しそうに、あっというまにお店に飛んでっちゃったわねぇ。
 たま。あんたのご主人はすごい人だねぇ。行動的で、さ。
 仕方ないな。私も手伝ってやるか・・・・
 まったくぅ・・・清子のやつ。余計なことに積極的すぎるんだから」

 
(41)へ、つづく


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