赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (57)
稜線の花園

2日目。快晴の朝がやってきた。
いよいよ飯豊本山から大日岳への稜線歩きがはじまる。
この行程が今回の最大イベント。
雷雨の去った爽やかな朝の景色の中を、2人が歩きはじめる。
飯豊連峰は日本海からわずか50kmしか離れていない。
そのため。世界でも有数の豪雪地帯になっている。
想像を絶するほど降り積もる雪が、飯豊連峰の特色ある地形を形つくる。
その証拠として真夏になっても、たくさんの雪渓が山肌に残る。
飯豊山を過ぎるあたりから、尾根の稜線歩きがはじまる。
どこまでもなだらかに続いていく登山道と、稜線に沿ってひろがるお花畑が、
このあたりの醍醐味。
斜面のあちこちに、たくさんの高山植物が可憐な花を揺らしている。
ゆるい稜線を一つ越えたとき。
真っ白の絨毯のひろがりが、2人の目に飛び込んできた。
ハクサンイチゲの大群落だ。
白山一華は、高山の湿り気のある草原に生えるキンポウゲ科の多年草。
日本を代表する高山植物のひとつ。
高山に登れば、必ず見ることのできる花だ。
草丈15cmの花茎の先端に、花径3cm程の白い花を、3~5個つける。
花期は7~8月。花言葉は「幸せを招く花」。
アルプスで雪解けを待って咲きはじめるのが、このハクサンイチゲ。
「上品で、清楚なお花です。
でも、思っていた以上に大きなお花です。図鑑と本物とでは大違いです。
たま。真っ白のハクサンイチゲは、見るからに美人さんですねぇ」
「このお花畑が見たくって、麓からたっぷりの時間をかけて、みんな
飯豊連峰に足を運んでくるのさ。
縦走や日帰りの登山ではなく、2泊、3泊と連泊しながらあちこちへ足を伸ばすんだ。
そうしてこの山のお花畑を満喫していく。
そんな風に山歩きが楽しめるのは、たぶん、ここだけだ。
のんびり雲の上の散策を楽しむ、それがこの山、飯豊山の醍醐味なのさ」
『さすがだねぇ。恭子の言うことには、いちいち説得力がある。
それに比べると白い花を、ただ上品で清楚ですねぇなどと褒める清子は、
どうもイマイチだ。
おまえ。ボキャブラリーが不足し過ぎているぞ』
『へぇぇ。じゃあ、たまなら、白い花を、いったいどんな風に褒めるのさ。
言ってごらん。あたしが評価してあげるから』
『楚々としたたたずまい。凛とした風情、なんてのもいいな。
なんだか女性の白いうなじを連想させる。
白いもち肌なんてのもいいな。男心をそそるものがあるぜ。
そういえばお前。なぜ大根が真っ白なのか知っているか?』
『とつぜん何を言うのさ。大根が白いのはあたりまえでしょ』
『だから素人は困る。
むかしのことだ。人参とごぼうと大根は、まったく同じ色をしていたんだ。
ある日。人参とごぼうと大根がお風呂に入ることになった。
「いちば~ん」。あわてん坊の人参が確かめもせず、一番先に風呂へ飛び込んだ。
そしたら、お風呂が熱いこと、熱いこと。
それでも人参は、真っ赤な顔で我慢しながら、熱い風呂にはいった。
だから人参の色は、いまのような真っ赤になったんだ。
次に入ったのがゴボウだ。「熱いお湯だなぁ~」。
ごぼうは熱いのが嫌いなので、体も洗わず風呂から出てきた。
それでゴボウは、黒い色をしているのさ。
で、最後に入ったのが、大根だ』
『ちょうどいい、湯加減だ。
大根は最後に入ったので、熱いお風呂もちょうどいい温度になっていた。
気持ちの良いお風呂だったので、きれいに体をあらい、おかげで真っ白になった。
それで大根の体は今でも真っ白だと言いたいんだろう、お前は』
『何だよ。知ってんじゃねぇか。
清子っ。お前なぁ・・・・人の楽しみを途中で奪い取るんじゃねぇ。
接客のプロになるというのに、人の話の腰を折るのは最低だ。
それよりよ。ハクサンイチゲの周りで点々と咲いている、あの紫の花はなんだ?。
なかなか風情があって、いい花じゃないか』
「イイデリンドウ(飯豊リンドウ)と言うんだ。たま」恭子が近づいてくる。
近くで見せてあげるからおいでと、清子の懐からたまを抱き上げる。
飯豊山にしか咲かないという飯豊リンドウは、ミヤマリンドウからの変種。
茎の部分が長く、地面をひくく這う。
途中から5cmから12cmほど、茎先が立ち上がる。
茎の上部に直径が20mm~30mmの薄紫色の花を、1個から4個ほど咲かせる。
原種のミヤマリンドウは、沢筋などの少し湿り気のある場所に自生している。
イイデリンドウは、やや乾いた岩礫地や、小低木の群落の中に自生する。
飯豊山神社から、飯豊本山を経て、御西岳へ至る稜線上でよく見ることができる。
特に烏帽子岳から北股岳、門内岳、地神北峰にかけた稜線の新潟県側斜面の
乾いた場所で、一面の群生を見ることができる。
(58)へつづく
落合順平 作品館はこちら
稜線の花園

2日目。快晴の朝がやってきた。
いよいよ飯豊本山から大日岳への稜線歩きがはじまる。
この行程が今回の最大イベント。
雷雨の去った爽やかな朝の景色の中を、2人が歩きはじめる。
飯豊連峰は日本海からわずか50kmしか離れていない。
そのため。世界でも有数の豪雪地帯になっている。
想像を絶するほど降り積もる雪が、飯豊連峰の特色ある地形を形つくる。
その証拠として真夏になっても、たくさんの雪渓が山肌に残る。
飯豊山を過ぎるあたりから、尾根の稜線歩きがはじまる。
どこまでもなだらかに続いていく登山道と、稜線に沿ってひろがるお花畑が、
このあたりの醍醐味。
斜面のあちこちに、たくさんの高山植物が可憐な花を揺らしている。
ゆるい稜線を一つ越えたとき。
真っ白の絨毯のひろがりが、2人の目に飛び込んできた。
ハクサンイチゲの大群落だ。
白山一華は、高山の湿り気のある草原に生えるキンポウゲ科の多年草。
日本を代表する高山植物のひとつ。
高山に登れば、必ず見ることのできる花だ。
草丈15cmの花茎の先端に、花径3cm程の白い花を、3~5個つける。
花期は7~8月。花言葉は「幸せを招く花」。
アルプスで雪解けを待って咲きはじめるのが、このハクサンイチゲ。
「上品で、清楚なお花です。
でも、思っていた以上に大きなお花です。図鑑と本物とでは大違いです。
たま。真っ白のハクサンイチゲは、見るからに美人さんですねぇ」
「このお花畑が見たくって、麓からたっぷりの時間をかけて、みんな
飯豊連峰に足を運んでくるのさ。
縦走や日帰りの登山ではなく、2泊、3泊と連泊しながらあちこちへ足を伸ばすんだ。
そうしてこの山のお花畑を満喫していく。
そんな風に山歩きが楽しめるのは、たぶん、ここだけだ。
のんびり雲の上の散策を楽しむ、それがこの山、飯豊山の醍醐味なのさ」
『さすがだねぇ。恭子の言うことには、いちいち説得力がある。
それに比べると白い花を、ただ上品で清楚ですねぇなどと褒める清子は、
どうもイマイチだ。
おまえ。ボキャブラリーが不足し過ぎているぞ』
『へぇぇ。じゃあ、たまなら、白い花を、いったいどんな風に褒めるのさ。
言ってごらん。あたしが評価してあげるから』
『楚々としたたたずまい。凛とした風情、なんてのもいいな。
なんだか女性の白いうなじを連想させる。
白いもち肌なんてのもいいな。男心をそそるものがあるぜ。
そういえばお前。なぜ大根が真っ白なのか知っているか?』
『とつぜん何を言うのさ。大根が白いのはあたりまえでしょ』
『だから素人は困る。
むかしのことだ。人参とごぼうと大根は、まったく同じ色をしていたんだ。
ある日。人参とごぼうと大根がお風呂に入ることになった。
「いちば~ん」。あわてん坊の人参が確かめもせず、一番先に風呂へ飛び込んだ。
そしたら、お風呂が熱いこと、熱いこと。
それでも人参は、真っ赤な顔で我慢しながら、熱い風呂にはいった。
だから人参の色は、いまのような真っ赤になったんだ。
次に入ったのがゴボウだ。「熱いお湯だなぁ~」。
ごぼうは熱いのが嫌いなので、体も洗わず風呂から出てきた。
それでゴボウは、黒い色をしているのさ。
で、最後に入ったのが、大根だ』
『ちょうどいい、湯加減だ。
大根は最後に入ったので、熱いお風呂もちょうどいい温度になっていた。
気持ちの良いお風呂だったので、きれいに体をあらい、おかげで真っ白になった。
それで大根の体は今でも真っ白だと言いたいんだろう、お前は』
『何だよ。知ってんじゃねぇか。
清子っ。お前なぁ・・・・人の楽しみを途中で奪い取るんじゃねぇ。
接客のプロになるというのに、人の話の腰を折るのは最低だ。
それよりよ。ハクサンイチゲの周りで点々と咲いている、あの紫の花はなんだ?。
なかなか風情があって、いい花じゃないか』
「イイデリンドウ(飯豊リンドウ)と言うんだ。たま」恭子が近づいてくる。
近くで見せてあげるからおいでと、清子の懐からたまを抱き上げる。
飯豊山にしか咲かないという飯豊リンドウは、ミヤマリンドウからの変種。
茎の部分が長く、地面をひくく這う。
途中から5cmから12cmほど、茎先が立ち上がる。
茎の上部に直径が20mm~30mmの薄紫色の花を、1個から4個ほど咲かせる。
原種のミヤマリンドウは、沢筋などの少し湿り気のある場所に自生している。
イイデリンドウは、やや乾いた岩礫地や、小低木の群落の中に自生する。
飯豊山神社から、飯豊本山を経て、御西岳へ至る稜線上でよく見ることができる。
特に烏帽子岳から北股岳、門内岳、地神北峰にかけた稜線の新潟県側斜面の
乾いた場所で、一面の群生を見ることができる。
(58)へつづく
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