落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(34)千佳を守る三銃士

2017-11-16 17:21:52 | 現代小説
オヤジ達の白球(34)千佳を守る三銃士 



 
 「ほう。素人じゃないな。グランド整備もなかなかのもんじゃ」

 謎の女のうしろを歩いてきた初老の男が、賞賛の声をあげる。
試合で使ったあとの球場は、スパイクの跡で穴だらけになる。

 スパイクの穴の跡にだけトンボをかけて、あとをハケで表面をなでてしまえば
見栄えは綺麗になる。
しかしこれではスパイクで踏みつけた部分の土の硬さと、踏んでいない土の部分の
硬さに違いがでてしまう。

 これがイレギュラーバウンドなどの原因になる。
そのため。スパイクで掘れてしまった深さまで、レーキで土を掘り返す。
そのあとをトンボで均一にならしていく。
土のかたまりがあればそれもトンボを使い、細かくほぐしていく。

 「おう。誰かと思えば、Aクラスの消防チームじゃないか。
 道理でグランド整備が丁寧なはずじゃ。
 おまえさんたちがグランド整備をしているということは、相手はよほど目上か
 さもなくば、上位のチームということになるのか?」

 長老が団長へ、どういう相手だと寄っていく。

 「今日の相手は、つい最近出来たばかりの、居酒屋さんのチームです」

 「なんと。相手は出来たばかりの居酒屋のチームか。
 それなりのメンバーがそろっておるんじゃろうな。
 Aクラスで常勝のおまえさんたちに、あえて挑戦してくると言うことは」

 「それがメンバーのほとんどが、ど素人ばかりと聞いております」

 「なんじゃと、それでは、試合にならんじゃろう」

 「大丈夫です。大きな声では言えませんが、レギュラーは出しません。
 今夜は控えの選手たちで試合に臨みます」
 
 「おう、それがよかろう。
 素人を相手に、Aクラスが本気になっても仕方なかろう。
 怪我人でも出したらそれこそ、あとで大変なことになるからのう」

 「それにしても審判部長自ら御出陣とは、おだやかではないですねぇ」

 「なんの。ワシらの千佳が審判に行くという話を聞いたでなぁ。
 大会の予定がないのに何の試合じゃと聞いたら、ただの親善試合だという。
 親善試合に公式審判員が行くというのは、聞いたことがない。
 なんとも心配じゃ。
 そこでわしら三銃士が、千佳の警護のために着いてきたという次第じゃ」

 「部長と副部長と事務局長の3人、おまけに紅一点の千佳さんですか。
 ずいぶんと豪勢なメンバーです。
 町の大会だって、これほどまでの審判団は集まりません」

 「そういうな。だから千佳の警護でやって来たと言っておるじゃろう。
 どれ。グランド整備も終わるようじゃ。
 ぼちぼち、試合前のお互いの練習といこうかのう」

 そうですね。そろそろ整備も終わりですからと、団長がトンボの手をとめる。
そのとき寅吉が、見るからに不機嫌そうな顔で近づいてきた。
あれ。何かあたらしい問題でも発生したかな・・・団長の顔が曇る。

 「おい。2軍を相手に練習試合をするのか、俺たちは。
 なんとも馬鹿にされたもんだ。
 俺たちみたいな素人を相手に、本気の試合なんかできないってか!」

 「あ・・・いや、けっしてそういうつもりでは無いのですが・・・
 大先輩たちにまんいち、怪我なんかされたら、俺たちの立場がないもんで」

 「ふん。いらぬ心配だ。いいからレギュラーを全員出せ。
 いいな。全力で俺たちに向かって来いよ。
 年寄りが相手だと思って手なんか抜いたら、おれが承知しないからな」

 「しかしそれでは・・・」力が違いすぎますと言いかけて、団長が言葉を呑んだ。
「分かりました。先発は全員、レギュラー選手でいきます。全員に絶対に力を抜くなと
言い聞かせます。トラはウサギを捕まえるのにも全力を出すそうですから」
と胸を張る。

 「よし。それでこそ俺の後輩だ。審判部長。聞いての通りです。
 青臭いガキを相手に怪我なんかしているようじゃ、俺たちのチームに未来は無い。
 手加減せずに向かってくるそうですから公平なジャッジを、よろしくお願いします」

 寅吉が、審判部長に向かって丁寧にあたまをさげる。


 (35)へつづく

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オヤジ達の白球(33)いざ決戦

2017-11-14 18:31:12 | 現代小説
オヤジ達の白球(33)いざ決戦


 
 練習試合の当日がやって来た。
集合時間は6時だが、午後5時を過ぎた頃から消防団員たちが集まって来た。
寅吉が、「悪いなぁ」と若い者たちに声をかけていく。

 「先日様子を見に来たら、荒れ放題になっていました。
 何か有ってからでは困ります。
 グランド整備に時間がかかると思い、5時に来られる奴は全員集まれと
 号令を出しておきました」

 団長の篠原が、最敬礼で寅吉を出迎える。

 「ありがてぇ。
 なにしろウチのメンバーはほとんどが、50過ぎのジジィだからな。
 あ・・・そういう俺も今度の誕生日が来れば、晴れて50歳の仲間入りだ。
 おまえさんたちの若さが、うらやましく見える歳になってきた」

 「1時間も有ればグランドの整備が終ると思います。
 試合開始は、6時半からでいいでしょうか!」

 「おう。世話になるな。かまわねぇよ、それで」

 俺も少し手伝おうと、寅吉がトンボを手にする。
T字型をした整地用具のことをトンボと呼ぶ。トンボに似ていることからこの名がついた。
あわてて団長が寅吉の手から、トンボを奪い取る。

 「大先輩自らがグランド整備するなんて、とんでもないことです。
 グランドは我々に任せてください。どうぞ先輩はベンチでくつろいでください。
 ベンチに、冷たいものが用意してあります」

 「おいおい。俺は敵だぜ。そこまで特別扱いしてくれなくても結構だ」

 「いえいえ。ゲームがはじまれば敵ですが、いまは我々の大先輩です。
 東京消防庁のレスキュー隊長といえば、消防のエリート中のエリートです。
 我々から見ればエベレストよりも、はるかに高い存在です。
 他に何か有れば、遠慮なく、若い者へ何でも言い付けてください!」

 ペコリと頭をさげた団長がトンボを片手に、グランドへ飛び出していく。
その様子を球場へ入って来た祐介が、呆気にとられた顔で見送る。

 「じゃ。
 ハンディとして2~3点、先に点をもらっておけばいいじゃないのさ。
 どう頑張ったって勝てない相手だよ。
 あんたが言い出せば2点や3点、かんたんにくれるんじゃないの?。
 どう。我ながら名案でしょ」

 祐介のあとから入って来た陽子が、寅吉へ声をかける。

 「そうだな。孫みたいな連中を相手にするんだ。
 適当に手を抜けと団長に言っておこう。
 そういえば、今日先発するはずの坂上のやつはどうした?。
 まだ顔が見えないが?」
 
 「まだ来てないのか、やっこさん。
 あいつなら午後の1時に家を出たそうだ。
 ということはまだ例のあの場所で、投球練習をしているのかな?」

 球場へはいってきた岡本が、寅吉に向かって大きな声でこたえる。

 「例のあの場所?。なんだ。それは?」

 「河川敷にある、テニスの壁打ち用のコンクリート壁のことさ。
 坂上の奴。緊張してんだろう。
 きっといまごろはまだ、汗だくになって、壁にボールを投げているんだろう」

 「午後1時からいままで、壁を相手に投球練習をしているってか?。あの野郎は。
 何を考えているんだ、いったい、あの単細胞は!」

 「そういう男だ、坂上は。
 放っておけばそのうち、汗だくになって顔を出すだろう。
 そういうやつだ、あいつは」

 消防団員たちによってグランドの整備がすすむ中。
ドランカーズのメンバーたちも集まって来た。

 駐車場へ見慣れない車が1台、滑り込んで来た。
ドアから、男女の4人が降りてくる。
いずれもソフトボールの、公式審判員の制服を着用している。
先頭を歩いてくるのは国際審判員をめざしている、例のあの謎の美女だ。
 
 
 (34)へつづく

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オヤジ達の白球(32)練習試合

2017-11-12 15:26:09 | 現代小説
オヤジ達の白球(32)練習試合




 チーム名が決まった。
常連客たちで結成されたソフトボールのチーム名は、「ドランカーズ」。
ドランカーでは誰が聞いても、あまりにも露骨すぎるだろうという反対の声が出た。

 しかし。
「どこからどう見ても酒を呑むしか能のない俺たちだ。
根っからの飲んべェの集まりだ。いまさら格好をつけてもはじまらねぇだろう。
という寅吉の一声で「それもそうだな」と全員が、しぶしぶ手を挙げた。

 対戦相手も決まった。相手は、地域消防の若者たち。
東京消防局を途中退職してきた寅吉の口利きで、即答で決定した。
寅吉は、東京消防局のレスキュー隊で隊長まで務めた男だ。
ボランティアの地域消防団員たちから見れば、はるか雲の上の存在にあたる。



 「俺の顔をたてろと、有無を言わさず試合を決めてきたという噂だよ」


 陽子がグラスに浮いた氷を指で突きながら、祐介の背中へ語りかける。
時刻は開店前の午後の4時。
散歩帰りの陽子が、ふらりと祐介の店に顔を出した。


 「別に支障はないだろう。
 消防といえばたて組織の社会だ。上司からの命令はとにかく絶対服従だからな」

 「でもさぁ、正気じゃないよねぇ、まったくもって。勝てんのかい。
 相手は20歳前後の、元気盛りの若者たちだ。
 かたや脳にも体にも、障害をおこしかけている50代へ突入しはじめたオジサンたち。
 試合になんかならないだろうさ」


 「誰が脳と身体に障害をおこしているって?。
 ウチのチームは、ただの飲んべェどもの集まりだ」


 「脳へのダメージが積み重なり、高次の脳機能障害を起こすとパンチ・ドランカー。
 料理をしながら酒を飲み、アルコール依存症になると、キッチン・ドリンカー。
 同じことだろう。
 なんてたってチームの名前が、そのものずばりのドランカーズだもの」



 否定はしないが、と祐介が苦笑を浮かべる。


 「で。なんでおまえさんは今頃、このあたりをウロウロしているんだ。
 夜中。人の居ない路地裏を徘徊するのが、おまえさんの趣味じゃなかったのか?」
 
 「不倫カップルと遭遇して、足をくじくのはもうまっぴらだからね。
 そういえばさ、例のあの主婦。
 可哀想に。離婚がちかいだろうと、もっぱらの評判だよ」

 「え・・・離婚するのか、このあいだやって来た、あの美人の奥さんは?」


 「うん。そういう話が静かに進行している。
 離婚の原因はこの間見た、あの小太りの男との不倫かもしれないね」

 「ホントかよ。となると、柊のほうは大丈夫かな・・・」


 「男はたいてい大丈夫さ。
 浮気がばれたって、俺は絶対にしてないと開き直ればいいんだから。
 でもさ。女の場合はそうはいかない。
 ほとんどの場合、そのまま離婚まで発展する」


 「そんなもんなのか、不倫の末路は」


 「男は、自分の浮気は棚へあげるくせに、そのくせ女の浮気は絶対に許さない。
 自分のモノにした瞬間から、独占欲のかたまりになるんだから。
 女はモノじゃないというのに。
 妻に浮気されて離婚しなかった男なんか、見たことがない。
 許せないだろうねきっと。不潔な女は。
 人の女房にまでちょっかいを出す男の方が、よっぽど不潔だというのにさ」


 (たしかに・・・こいつの言うことには一理ある)苦い顔で祐介が納得する。

 「で、いつなんなのさ。その、消防との練習試合は?」



 「なんだ。中身を聞いていないのか。今度の土曜だ。
 時間は6時から。
 場所は土木組合がつくった、ナイター設備の有る専用グランドだ」


 「じゃ体調を万全にして、酔っ払いどもの応援に行くとするか、あたしも」

 「来るのか、お前。
 ソフトボールなんかに興味が有ったのか?」

 「あら。忘れたかい、あたしが文武両道の女だってことを。
 高校の時、県大会で準優勝した投手がいたことを忘れたかい?。
 駄目か。覚えていないか。
 あの頃あんたは、別の女に猛烈に熱をあげていたからね。
 あたしの初恋の相手はとにかく、惚れっぽくて、冷めやすい男だったからねぇ。
 忘れられちまったか、困ったもんだ。うっふっふ」


 (33)へつづく

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オヤジ達の白球(31)ミスターX

2017-11-09 16:40:32 | 現代小説
オヤジ達の白球(31)ミスターX





 「投げるときは、まっすぐキャッチャーへ向かって足を踏み込む。
 大切なことは投球動作の開始から投げ終わるまで、キャッチャーのミットを
 しっかり見続けることだ」

 「えっ。たったそれだけでコントロールが良くなるのか?」

 「当たり前だ。これは基本中の基本だ。
 この程度のことが出来なければ、今後の上達の見込みはまずない。
 つぎに腕の力だけで投げようとしないことだな。
 下半身を含めて、体全体を使って投げることがなによりも大切になる」


 「なるほどね。腕だけではなく、身体全体を使ってボールを投げるのか」


 「初心者はどうしても、上半身が先に動きがちになる。
 だが上半身から先に動き出すフォームだと、腰が入らず、下半身の力が伝わらない。
 それではスピードにのったボールも投げられない。
 コントロールも安定しない」


 「上半身と下半身の動きを、上手にリンクさせるということか?」


 「そういうことだ。なかなかに筋がいいぞお前さんは。理解が早いな岡崎。
 なんだかお前さんのほうが、坂上よりセンスが良さそうだ。
 全体の動きが、バラバラにならないように注意する必要がある。
 ロボットのようにギクシャクと動いたら、まず駄目だ。
 硬い動きでは、力が上手く伝わらない。
 スムーズに、しなやかに動くことをイメージする。
 それを前提に足のステップと、腕の振りのバランスを整えていく。
 そのために普段からしっかり投げ込み、そいつをしっかり体に覚えこませる」

 「なるほどな。基本はよくわかった。
 次に、ワンランクあげるていくための、何かコツがあるか?」


 「なんだよ。欲が深いなお前さんも。ボトル3本でそこまで聞くか。
 まぁいい。
 投げるとき、腕をむちのようにしならせて、素早く腕を振ることだ。
 そうするとボールにキレとスピードが生まれる。
 投げる瞬間。思い切り手首を返して、スナップを効かせる。
 こうするとボールのキレが格段にあがる。
 まぁ、初心者の猿に出来ることといえば、このあたりで限界だな」



 「ありがたい。ずいぶん分かりやすい解説だ。
 あとで坂上のやつに、俺からのアドバイスだと言って伝えておこう。
 で・・・ついでにおまえさんへの本題だが、そいつも聞いてくれるかな?」


 メモを胸ポケットへしまい終えた岡崎が、北海の熊に向かってニヤリと笑う。


 「実は今度の試合なんだが、どうにも投手が坂上ひとりじゃ不安すぎる。
 そこでお前さんに、白羽の矢をたてた」

 「なんだぁ?ひょっとすると俺に、坂上のリリーフをしてくれと言う頼みか?」

 「そう言うことだ。助かる、とにかくお前さんは話が早くて」
岡崎がニコリと笑う。
熊の目の前にずいと、右手の5本指を突き出す。


 「追加しょう。大盤振る舞いだ。山崎のフルボトル、5本で契約してくれ。
 ただしおまえさんは、あの乱闘事件の一件以来、無期限の永久追放にされている身だ。
 そこでだ。ミスターⅩとして登録しておく。
 したがって投げるときには、サングラスとマスクで顔を隠してくれ」

 「ミスターⅩ・・・ああ、”わたし、失敗しないので”という、例のあれか!」

 「失敗しないのは女医だ。あっちはドクターⅩ。
 おまえさんはミスターⅩだ。。
 サングラスとマスクで顔と正体を隠した謎の投手、ミスターⅩということさ」


 「なるほど、正体を隠して登板するのか。
 だがよ。ホントにいいのかよ、俺が投げても。
 事実をしったら町の体協の連中が、目を丸くして驚くぜ」


 「いま大将が対策を考えてくれている。
 だがいまのところは、素顔のままじゃまずい。
 しばらくは顔を隠せ。ミスターⅩとして、うちのチームで投げてくれ」


 「山崎をあと2本、追加しろ。。今年の夏は例年になく暑くなるそうだ。
 くそ暑い中。マスクとサングラスで顔を隠していたんじゃ、それだけで
 熱中症になりそうだ」


 「そうだな。とにかく熱くなりそうだ。今年の夏は。
 だがよ。ひさしぶりに楽しい夏がやってきそうだ。
 なんだかよ。試合するのがいまから、がぜん、楽しみになって来たぜ」

 (32)へつづく

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オヤジ達の白球(30)ソフトボールの投げ方 

2017-11-06 18:53:52 | 現代小説
オヤジ達の白球(30)ソフトボールの投げ方


 

 
 練習開始から10分。
坂上はすでに、見るからにクタクタ状態になっている。
投げるたびに大暴投がつづく。そしてそのたび、ボール拾いに駆け回る。

 「なんでぇあの野郎。10分もしないうちにもうクタクタかよ。
 あの程度でスタミナが切れているようじゃ、試合じゃ使い物にならねぇな」

 土手の上で、熊が毒づく。

 「球威はある。だがコントロールが悪い。そのうえスタミナも無い。
 投手をやるには10年早いな。
 投手をやるまえに毎朝30分くらい走って、まず足腰から鍛え直すことだな」


 10年かけて一人前になるかどうかは、あいつ次第だと、北海の熊が立ち上がる。
「帰るのかよ、熊」つられて岡崎も立ち上がる。


 「これ以上見たって無駄だ。どんなに頑張ったって、当分あいつに明るい未来は来ない。
 そのあたりで投げているソフトボールの投手にいちから全部、教えてもらうんだな」


 「お前が教えてやってくれないか。そのほうが、よっぽども話が早い」


 「俺があいつに教える?。冗談は顔だけにしてくれ、岡崎。
 あんな野郎に教えるくらいなら、俺が投げたほうがはるかに早い。
 あきらめろ。いくら頑張ってもしょせん才能の無い奴に、未来は来ない。
 やっぱりよ。瓢箪から、簡単に駒は出ねぇよ」

 「そう言うな。じゃ、せめて俺に教えてくれ。
 どうしたらコントロールがつき、早い球が投げられるようになるのかを」

 「なんでぇ。坂上のかわりにお前が投げるというのか?」



 「いや。坂上のやつに助言してやる。
 あいつは他人の言う事には耳を傾けねぇが、なぜか、俺の言う事には素直にしたがう。
 どうだ。俺にウインドミルの投げ方の極意を教えてくれないか」


 「なんだかなぁ。ますますもって面倒くさいな、坂上もおまえも。
 よし、分かった。山崎の12年物のフルボトル、2本、いや、3本で手をうとう」

 「フルボトルを3本!・・・この野郎め。人の弱みに付け込みやがって。
 まぁいい。仕方ねぇ。坂上のためだ。
 山崎の12年物フルボトル3本で手をうとうじゃねぇか」


 「零細企業の経営者は、やっぱり決断が速い。
 しかし。一度しか言わねぇぞ。耳の穴かっぽじいて、よく聞けよ」


 2人が見おろしている中。坂上が壁の前から、よろよろと立ち上がる。
(おっ、立ち上がったぞあいつ。まだやる気か・・・)
投球練習を再開すると思いきや、がっくりとうなだれたままの坂上が土手をのぼり、
トボトボと足を引きずりながら帰っていく。


 「なんでぇ。投球を再開すると思いきゃ、帰っちまうのかあの野郎は。
 スタミナもないが、粘りぬく根気も足らねぇな、あの単細胞やろうは。
 まぁいい。あいつのことは放っておこう。
 じゃいい球を投げるためのポイントを説明するから、聞いてくれ」

 「待ってくれ。いまメモを取る。だから猿にもわかるように説明してくれ」

 「猿はソフトボールなんかしないだろう!」



 「わかりやすく説明してくれという言葉の綾(あや)だ。
 そのくらいのことは、おまえさんも知っているだろう」


 「本気になって怒るな。そのくらいのことは俺でもわかる。
 じゃ超初心者でも理解できるように、わかりやすく説明するからメモを取ってくれ」

 「ありがてぇ。世話になるぜ。恩に着る」


 岡崎が北海の熊の目の前でメモ帳をひろげる。
さぁ教えてくれと、シャープペンシルの先をぺろりとなめる。

 (31)へつづく


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