落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(20)満天の星

2020-08-17 16:11:17 | 現代小説
上州の「寅」(20)

 
 見上げると、一面に星が輝いている。
空港からあるくこと30分。寅のまわりに丘陵がひろがってきた。


 (満天の星だ・・・田舎なんだな。鹿児島は)


 当てなどない。空港から北へ向かう道を寅はトボトボあるいている。
山のむこうが明るい。ということは歩いていく先におおきな市街地があるだろう。
と、勝手に思い込んでいる。


 寅が北へ向かってあるきはじめたのは、北極星を見つけたからだ。
北極星を探すために、まず北斗七星を見つける。
大きなひしゃくの形をした7つの星の連なり。
それが北の北斗七星。


 ひしゃくの受けの形をしている2つの星を、線で結ぶ。
その長さのおよそ5倍ほどの位置に、真北をしめす北極星がある。
そのさらに5倍ほどの先にアルファベットのWの形の星座、カシオペア座がある。
 
 南をしめす星座、南十字星は鹿児島からぜんぶは見えない。
条件に恵まれたとき十字の一番上の星、ガクルックスが地平線のちかくに
見ることができる。
と天体好きの友人から聞いたことがある。


 (それにしても・・・)寅がつぶやく。


 人は困ったとき、南より北を選ぶのは何故なんだ・・・と声に出す。
失恋した時や傷ついたとき。なぜかひとは旅の行き先を北へもとめる。
北に何が有るのだ?。


 風水では暗くて静かな北を、財産などの大事なものを置いておく場所に
向いていると説いている。
ダーク調の家具や金庫、通帳、印鑑などの保管に適している。
さらに「男女の愛情」「秘密」「落ち着き」などに関係深い方位、と書いている。


 (南へ向かって歩きたい気分じゃないことだけは、確かだ)


 まいったぜと寅が口をゆがめた時。携帯が鳴った。
地獄に仏だ。誰だ。誰でもいい。連絡さえとれればこの窮地から脱出できる。


 「もしもし。寅ちゃん?」


 聞き覚えのある声だ。


 「聞いてる?。寅ちゃん」


 思いだせない。


 「聞いてんのか!。寅!」


 あっ・・・テキヤだ。金髪のチャコだ。


 
 「あ。はい。聞いてます。寅です」


 「よかった。やっとつながった」


 「つながったって・・・
 何度かけてもおかけになった電話番号は、ばかりで不安でした」


 「圏外だからね。ここは」


 「圏外?。いったいどこにいるのですか。チャコさんは?」


 「鹿児島の山奥さ」


 「鹿児島の山奥で何してるんですか。こんな時間まで?」


 「町へ買い物に降りてきたら、あんたからの着信があった。
 だからこうして電話してんのさ。
 いったいなんの用だ」


 「あんたの義理の父親、大前田氏に呼び出されて鹿児島までやってきた」


 「へぇぇ。いま鹿児島へ居るの、あんた」


 「聞いてないのですか。ぼくが来ることは!」


 「聞いてません。
 だからこうして驚いている。
 なんであんたが来るのさ。はるばる鹿児島の田舎まで」


(21)へつづく 


上州の「寅」(19)空港ひとりぽち

2020-08-15 15:56:25 | 現代小説
上州の「寅」(19)


羽田から1時間50分。搭乗中に日は暮れた。
空港のそとはすでに夜。


 「鹿児島空港へ着いたらすぐ電話しろ」
大前田氏に指示されたとおり、ロビーへ降りた寅が携帯を取り出す。
番号に覚えはない。
電話をかける。数回呼び出すが相手は出ない。


 「電話番号は合っているはずだが・・・出ないなぁ」


 やがて「おかけになった電話をお呼びしましたが、お出になりません」
のアナウンスが流れてきた。


 「はぁ?。どういうことだ。いったい・・・」


 寅が途方に暮れる。


「どうするんだ。こんな場所で一人ぽっちだぞ」
当てはない。相手が電話に出ない限り、この先一歩もすすめない。  
まぁいい。すぐ返信があるだろうと空港前のベンチへ座り込む。


 空港は鹿児島市の北東28キロの高台にある。
東に霧島連峰がそびえ、南に桜島を眺望できる絶好のロケーションだが、
日が落ちてしまうと何も見えない。
ホテルだけが暗闇の中に浮かびあがる。


 (空港前におおきなホテルが有るということは、街が遠いという意味だ)


 時が無情に過ぎ去っていく。
待てど暮らせど、電話はかかってこない。
待つこと2時間。時刻は9時30分。国内線ロビーの閉館時間が迫って来た。


 (9時40分でクローズか。町のパチンコ屋より早い閉店だな)


 ロビーからついに人影が消えた。
のこっているのはベンチに座り込んでいる寅、ただひとり。
遠くから警備員が胡散臭そうな目で寅を見つめている。
(そこに座るな。はやく立ち去れ、ということか?)


 仕方ねぇ。15㎏のプロテインがはいったバッグと、3日分の着替えが入った
リュックを背負い、寅が国内線ロビーの外へ出る。
外は右も左も漆黒の闇。


 あれから何度も電話をかけたが「おかけになったお電話は・・・」
の聞きなれたフレーズを繰り返すばかり。
(まいったね。知らない街で迷子同然だ)
前方へ目をやる。はるか遠くに街の灯が見える。
あれが鹿児島の市街だろうか・・・


 そういえばと、寅がポケットを探る。
大前田氏からあずかった当座の軍資金がある。
余裕があるなら目の前にそびえている大きなホテルへ泊まってもいい。
期待をこめて茶封筒をあけてみる。
紙切れが1枚入っている。


 (なんだ、これ・・・)外灯に文字をかざしてみる。
額面10万円の約束手形だ。


 「現金じゃなくて、額面10万円の約束手形!。
 しかも期日は3ヶ月後だ。ひえ~、いったいぜんたいどうなってるんだぁ!)


 寅の財布には千円札が3枚。小銭が少々。
これではタクシーに乗り、麓にひろがる街まで行くことは出来ない。
行けたとしても泊る金がない。


 (万策尽きたぞ。まいったな。いよいよ進退きわまってきた・・・)


(20)へつづく


上州の「寅」(18)中味は? 

2020-08-13 15:57:59 | 現代小説
上州の「寅」(18) 




 「大量の白い粉が出た!」


 保安検査場が騒がしくなってきた。
係員たちがいそがしく出入りする。
緊張ぎみの警備員たちが、ぐるり寅のまわりにあつまってきた。
麻薬犬までやって来た。


 (なんだいったい・・・なんの騒ぎだ)


 寅はただぼんやり立ち尽くしている。
無理もない。騒ぎの原因が自分にあることにまったく気づいていない。
係員のひとりが寅を、こちらへと手招きする。
テーブルの上に15個の白いビニール袋が、積み上げてある。


 「なんですか?。これは?」


 「知りません。大事な荷物だと知り合いからあずかりました」


 「開封していいですね」


 係員が白い袋を指さす。
いまさら嫌だと断れる雰囲気でない。


 「念のためです。中身を確認させていただきます」


 係員が白い粉の入ったビニール袋をもちあげる。
ハサミで開封する。
匂いを嗅ぐ。匂いはなさそうだ。
少量を指にとる。さらさらと指から粉がこぼれおちる。


 「さらさらしているな」


 「砂糖か?」


 「砂糖ではなさそうだ」


 「塩か?」


 「塩でもなさそうだな」


 「味はどうだ?」


 味?。正体不明の粉の味を確認するのか・・・?。
係員の目が自分の指先についた白い粉を見つめる。
さすがにためらいが有るようだ。


 「どうした?。舐めんのか?」


 係員の背後へ屈強な男があらわれた。
現場の上司らしい。
「どれ。見せろ」係員から白い粉の袋を受け取る。
おもむろに袋の中へ指をさし込む。
そのままぺろりと口の中へ、粉のついた指をさしこむ。


 「甘くないな。しょっぱくもないぞ。
 ふむ。味はまったくないな・・・」


 塩でも砂糖でもない。まったく味のない白い粉。
危険なものではなさそうだ。
それが証拠にとつぜんあらわれた上司は、自分の指をきれいに舐めた。
大麻やマリファナではないようだ。


 「プロテインだ。俺が飲んでいるやつと同じだな」


 「プロテイン!」


 「筋肉を増強したいときに呑む、あのプロテイン?」


 「うむ。危険なものではないようだ。
 お客さん。お手間をとらせました。危険人物の容疑は晴れました。
 しかし重量が15㎏ある。機内へ持ち込めるのは10㎏までです。
 残念ながらこちらの荷物は機内へ持ち込めません。
 機内荷物として預かりますので、あちらのカウンターで手続きしてください。
 お騒がせしました。どうぞお通りください。
 はい。お待たせしました。次の方どうぞ」


 


(19)へつづく


上州の「寅」(17)白い粉

2020-08-11 11:06:35 | 現代小説
上州の「寅」(17)

 
 出口でサングラスの大前田氏が待っていた。
「無事に来たな。ご苦労」片手をあげて合図する。


 「これが当座の軍資金。これがチケット。
 心配するな。あとで給料から天引きするから前借だとおもえ。
 それからこれは先方へわたす大事な荷物だ。
 機内に持ち込んでだいじに管理しろ。ぜったい無くすな。
 これが現地の連絡先だ。着いたら電話しろ。
 じゃな。気をつけていけ」
 
 手にしていた中型のボストンバッグをひょいと差し出す。
寅が受け取る。ずしりと重い。なんだ、この重さは・・・


 「まっ、待ってください。これから僕はどこへ向かうのですか?」


 「言ってなかったか?。チケットの行き先を見ろ。九州だ」


 「き・・・九州!。なんでまたそんな遠いところへ!」


 「新幹線じゃ時間がかかりすぎる。遠いから飛行機を使うのさ。
 気をつけていけよ。あとのことは現地の人間に聞け。
 じゃなぁ」
 
 大前田氏が肩を揺らして立ち去っていく。
(ええ・・・どうなっているんだ・・・いったい、ぜんたい・・・)
キツネのつままれて立ちつくしている寅を、大前田氏の怒声がおそう。
 
 「こらぁ!。さっさと行動せんか!。
 ぐずぐずしていると飛行機に乗り遅れるぞ!」


 「あっ、はい」弾かれたように寅がエスカレーターへ飛び乗る。
飛行機に乗るのは初めてだ。
(まいったなぁ・・・)封筒を裏返したとき、汚いメモが目に飛び込んできた。


 ①カウンターでチェックイン
 ②大きな荷物はあずける
 ③保安検査を受ける
 ④搭乗ゲートへ行く 以上


 と手順が書いてある。
寅が手にしているチケットは、50分後に飛び立つ格安の片道チケット。
(特攻隊じゃあるまいし、片道チケットでいきなり鹿児島へ行くのか)
とりあえず搭乗券をもらうため、カウンターへ急ぐ。


 「チェックインは機械でできます。そちらでどうぞ。
 搭乗券を受け取りましたら、荷物をあずけるカウンターへ向かってください。
 機内へ持ち込める荷物には制限がありますので」


 係員が大前田氏からあずかったボストンバッグへ目をつけた。


 「お客さん。重そうですね。
 機内へ持ち込めるのは、10㎏までです。
 念のため確認させてください」


 「大切なものだから機内へ持ち込めといわれていますので」


 「大切なものですか。中身はなんでしょう?」


 「大切なものとしか聞いていません」


 「中身を確認させてください」


 係員がボストンバッグをあける。
中から白い粉が入ったビニール袋が出てきた。ひとつおよそ1㎏。
それが全部で15個も出てきた。


 「お客さん。なんですか?。これは?」


(18)へつづく


上州の「寅」(16)実は高所恐怖症

2020-08-09 10:39:02 | 現代小説
上州の「寅」(16)




 「不純異性交遊?。まったく身に覚えがありません」


 「忘れたとは言わせないぞ。
 雑魚寝したとき。未成年のチャコとユキの尻とおっぱいに触っただろう。
 どうだ。身に覚えがあるだろう」


 「たしかにすこしは触ったかもしれません。
 しかしそれはあくまでも雑魚寝という非常事態の中での出来事です。
 濡れ衣です。責任はありません」


 「黙れ。理由はともあれ、未成年の尻と胸に触ればりっぱな犯罪だ。
 警察へ訴えて出れば、おまえさんは前科一般の性犯罪者になる」
 
 「警察は勘弁してください。おまわりさんは嫌いです」


 「免許証のコピーがある。実家の住所もわかっている。
 では両親へ電話してこれこれこういうわけですと、俺から説明しょうか」


 「あっ・・・両親も勘弁してください。
 わかりました。羽田空港へ行けばいいんですね」


 「おう。3時間以内に来いよ。制限時間は午後の5時だ。
 2~3日分の着替えだけ持ち、飛んで来い」


 あわててラーメンをたいらげた寅が、店を出る。
アパートへ戻りタンスをあける。衣類をてきとうにボストンバッグへつめこむ。
腕時計を見る。
電話からもう30分ちかく経っている。


 八王子から羽田まで1時間以上かかる。
JR中央線の快速に乗り、神田まで出る。
神田から山手線外回りに乗り、浜松町の駅で降りる。
ここから東京モノレールに乗り羽田へ向かう。
2度目の電話はモノレールに乗っているとき、かかってきた。


 「いまどこだ?」


 「東京モノレールに乗っています。
 あとすこしで羽田へつきます」


 「ここまで2時間か。ぎりぎりだな」


 「約束の時間まで、あと1時間ちかくのこっています。
 かんぜんにセーフだと思いますが・・・」


 「甘いな。出発の20分前までに保安検査場を通過する必要がある」


 「保安検査場?」


 「荷物とボディチェックする場所のことだ。
 20分を切るとキャンセル扱いになる。急げ。遅れるな」


 「ということは飛行機に乗るということですか!」


 「あたりまえだ。それ以外に羽田へ来る目的があるか」


 「ぼく。じつは高所恐怖症なんですが・・・」


 「ばかやろう。寝言は寝ているときに言え。
 事故率は200万回に1回。この世でいちばん安全な乗り物が飛行機だ。
 終点の第二ターミナル駅で降りろ。
 俺は出口でまっている」
 
 プツリと大前田氏の電話が切れた。


(17)へつづく