のほほんとしててもいいですか

ソプラノ歌手 佐藤容子のブログです。よろしくお願いいたします!

願望質屋

2011-06-24 | 『創作・短いお話』
ちょっと短いお話を書きました。


おやすみなさい★☆☆☆





………………………………




日暮れが心配だった。



隣を歩く恋人のKは、私のそんな心配に気づくこともなく、楽しそうに箱根に行く計画を話している。



実は私、今朝の事だが、あるものと引き換えに自分の夜を差し出してしまった。


よく考えてから行動すべきだった。

母からも常々言われている。



だけど、願望質屋と名乗ったその男は、私が喉から手が出るほど欲しいと思っていたそれを持っていた。


そのものとは…、


大きなぱっちり眼


だった。


私は以前から友達に言われることがあった。

「もう少し眼がぱっちりしてれば完璧なのにね」


願望質屋が最上のぱっちりお眼めをちらつかせたので、要求されたものをよく咀嚼することなく、二つ返事で飛びついてしまった。


私はその場で、ぱっちり眼が手に入った。


店の煤けたクロスにかかった小さな鏡を見ると、完璧な美女が映った。



願望質屋が、代わりに貴女の夜をいただきます、と言う声も、半ば上の空だった。



完璧になった私は、午後3時に待ち合わせていたデートで、颯爽と恋人Kの前に現れた。


溢れる自信が、只でさえ美しくなった私をより輝かせていた。


ね、今日のあたしどう?


Kはいつも通り優しい口調で、きれいだよ、と言った。


私はなんだか納得いかなくて、少しだけむっとした。



ぱっちり眼を手に入れたら、これでちやほやされる完璧な人生が手に入った、全ては薔薇色、と思った。


だけど…、なぜか、なぜか、あれほどいとおしかった隣のKが、今日はうとましくさえ感じた。


私には、もっといい男がふさわしい。


思ったこともない台詞がパラパラと降って来たように感じた。


そう、あんなに楽しみにしていた箱根さえ、箱根か、くらいに、トーンダウンしていた。

人は持ち物がグレードアップすると、一種の浸透圧作用が働いて、取り囲む周辺をも押し上げるのかもしれなかった。



ねぇ、聞いてる?


Kの少し咎める声で、ハッとし、慌ててうなずいた。


う、うん、もちろん





ちょっと古めかしい和菓子やのショーウィンドウ越しに見える時計は、午後5時40分になろうとしていた。


夜が来る。


夜を失った私は、このあとどうなるんだろう。


ある時間から、透明人間のようになるのだろうか。


それとも、気を失ったようになるだけだろうか。


私が突然、姿を消したら、Kはなんて思うか…。



ぱっちり眼を手に入れて、完璧な幸せに突入する予定だったのに、なんだかモヤモヤしたこの不満足感に加え、夜まで無くして…。



もう一度、明日、願望質屋、行こうか。


もとの眼でも、まあまあよかったかもしれないと、うっすら思った。



Kは、私の足元を見つめて硬直していた。



夜は始まった。






おわり


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