ちょっと短いお話を書きました。
おやすみなさい★☆☆☆
………………………………
日暮れが心配だった。
隣を歩く恋人のKは、私のそんな心配に気づくこともなく、楽しそうに箱根に行く計画を話している。
実は私、今朝の事だが、あるものと引き換えに自分の夜を差し出してしまった。
よく考えてから行動すべきだった。
母からも常々言われている。
だけど、願望質屋と名乗ったその男は、私が喉から手が出るほど欲しいと思っていたそれを持っていた。
そのものとは…、
大きなぱっちり眼
だった。
私は以前から友達に言われることがあった。
「もう少し眼がぱっちりしてれば完璧なのにね」
願望質屋が最上のぱっちりお眼めをちらつかせたので、要求されたものをよく咀嚼することなく、二つ返事で飛びついてしまった。
私はその場で、ぱっちり眼が手に入った。
店の煤けたクロスにかかった小さな鏡を見ると、完璧な美女が映った。
願望質屋が、代わりに貴女の夜をいただきます、と言う声も、半ば上の空だった。
完璧になった私は、午後3時に待ち合わせていたデートで、颯爽と恋人Kの前に現れた。
溢れる自信が、只でさえ美しくなった私をより輝かせていた。
ね、今日のあたしどう?
Kはいつも通り優しい口調で、きれいだよ、と言った。
私はなんだか納得いかなくて、少しだけむっとした。
ぱっちり眼を手に入れたら、これでちやほやされる完璧な人生が手に入った、全ては薔薇色、と思った。
だけど…、なぜか、なぜか、あれほどいとおしかった隣のKが、今日はうとましくさえ感じた。
私には、もっといい男がふさわしい。
思ったこともない台詞がパラパラと降って来たように感じた。
そう、あんなに楽しみにしていた箱根さえ、箱根か、くらいに、トーンダウンしていた。
人は持ち物がグレードアップすると、一種の浸透圧作用が働いて、取り囲む周辺をも押し上げるのかもしれなかった。
ねぇ、聞いてる?
Kの少し咎める声で、ハッとし、慌ててうなずいた。
う、うん、もちろん
ちょっと古めかしい和菓子やのショーウィンドウ越しに見える時計は、午後5時40分になろうとしていた。
夜が来る。
夜を失った私は、このあとどうなるんだろう。
ある時間から、透明人間のようになるのだろうか。
それとも、気を失ったようになるだけだろうか。
私が突然、姿を消したら、Kはなんて思うか…。
ぱっちり眼を手に入れて、完璧な幸せに突入する予定だったのに、なんだかモヤモヤしたこの不満足感に加え、夜まで無くして…。
もう一度、明日、願望質屋、行こうか。
もとの眼でも、まあまあよかったかもしれないと、うっすら思った。
Kは、私の足元を見つめて硬直していた。
夜は始まった。
おわり
おやすみなさい★☆☆☆
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日暮れが心配だった。
隣を歩く恋人のKは、私のそんな心配に気づくこともなく、楽しそうに箱根に行く計画を話している。
実は私、今朝の事だが、あるものと引き換えに自分の夜を差し出してしまった。
よく考えてから行動すべきだった。
母からも常々言われている。
だけど、願望質屋と名乗ったその男は、私が喉から手が出るほど欲しいと思っていたそれを持っていた。
そのものとは…、
大きなぱっちり眼
だった。
私は以前から友達に言われることがあった。
「もう少し眼がぱっちりしてれば完璧なのにね」
願望質屋が最上のぱっちりお眼めをちらつかせたので、要求されたものをよく咀嚼することなく、二つ返事で飛びついてしまった。
私はその場で、ぱっちり眼が手に入った。
店の煤けたクロスにかかった小さな鏡を見ると、完璧な美女が映った。
願望質屋が、代わりに貴女の夜をいただきます、と言う声も、半ば上の空だった。
完璧になった私は、午後3時に待ち合わせていたデートで、颯爽と恋人Kの前に現れた。
溢れる自信が、只でさえ美しくなった私をより輝かせていた。
ね、今日のあたしどう?
Kはいつも通り優しい口調で、きれいだよ、と言った。
私はなんだか納得いかなくて、少しだけむっとした。
ぱっちり眼を手に入れたら、これでちやほやされる完璧な人生が手に入った、全ては薔薇色、と思った。
だけど…、なぜか、なぜか、あれほどいとおしかった隣のKが、今日はうとましくさえ感じた。
私には、もっといい男がふさわしい。
思ったこともない台詞がパラパラと降って来たように感じた。
そう、あんなに楽しみにしていた箱根さえ、箱根か、くらいに、トーンダウンしていた。
人は持ち物がグレードアップすると、一種の浸透圧作用が働いて、取り囲む周辺をも押し上げるのかもしれなかった。
ねぇ、聞いてる?
Kの少し咎める声で、ハッとし、慌ててうなずいた。
う、うん、もちろん
ちょっと古めかしい和菓子やのショーウィンドウ越しに見える時計は、午後5時40分になろうとしていた。
夜が来る。
夜を失った私は、このあとどうなるんだろう。
ある時間から、透明人間のようになるのだろうか。
それとも、気を失ったようになるだけだろうか。
私が突然、姿を消したら、Kはなんて思うか…。
ぱっちり眼を手に入れて、完璧な幸せに突入する予定だったのに、なんだかモヤモヤしたこの不満足感に加え、夜まで無くして…。
もう一度、明日、願望質屋、行こうか。
もとの眼でも、まあまあよかったかもしれないと、うっすら思った。
Kは、私の足元を見つめて硬直していた。
夜は始まった。
おわり
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