花にまつわる幾つもの話

子供時代の花にまつわる思い出や、他さまざまな興味のあることについて書いていきたいと思ってます。

第五章 実をつける植物(杏)

2010年04月08日 | 花エッセイ
収穫の喜びと言えば、やはり実のなる植物に尽きるだろう。

 我が家の庭の片隅には何故か杏の木が植わっていた。

どうやら市区町村の緑化運動によって植えられたものらしいのだが、

その杏の木は毎年大きな実をつけた。

 最初の年はほんの数個、翌年からは沢山のオレンジ色の実がたわわに実った。

 私はよくこっそりとこの杏を摘みに出かけたものだ。

 杏というものは滅多に店頭では見かけない。恐らく熟れるのが早く腐りやすいから、

そしてそのままでは食用に適さないせいもあったのだろう。

 私は苦労して杏を摘み、皮を剥いて蜂蜜漬けを作る。

一晩寝かせると杏自身からしっとりと汁が染み出てくる。

それが蜂蜜と上手い具合に混ざり合って甘いソースができるというわけだ。

 そのソースをバニラアイスにかけて食べると最高のデザートになる。

残った杏は砂糖を少々加え、ジャムを作る。

蜂蜜をたっぷり含んだ杏はとてもヘルシーなジャムに変身し、これまた食卓を飾るのである。

 毎年、毎年、私は熱心に杏が実るのを待ちわびた。

 そのうちどうやら私以外にもこの杏の木に目をつけた者がいたのだろう、

せっかく実った実がいつのまにか消えていることがしばしばあった。

 それからはその見知らぬ誰かと私は杏を巡ってささやかな攻防戦となった。

 杏の収穫時期は短く、また熟れて落下するのが早いので、

ほんのわずかな瞬間を狙わなければならない。

 特に摘み取りやすい下の方の杏は貴重である。

そこを先に摘まれてしまうと残っているのは背の届かない上の部分だけとなる。

 私は必死に木に登り、オレンジ色の実を夢中で摘んだ。

 さて新居に引っ越した今、あの杏の木はどうなっているのだろうか。

もはや私と彼の人物との杏を巡る戦いはない。果たして相手の人物はどう思うのだろうか。

 そして私はといえば、いつか杏の木を手に入れようと密かに画策している。

つくづく人間とはどうしようもない生き物なのだ。
コメント
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