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「煩悩」に彷徨う人の迷い『梅原猛の歎異抄の入門』

2020-01-29 07:56:52 | 歴史から学ぶ
@「信じるものは救われる・念仏だけ」と言うのが親鸞聖人の信仰。人は苦しみ、悲しみ、悩み、痛みに遭遇した時「神頼み」をする、が親鸞の場合は「1度だけでも念仏を唱える」とある。気を落ち着かせ、心を清らかにし、苦しみ、悲しみなどを忘れさせるのだろう。「歎異抄」第9条には、親鸞、その弟子唯円でも極楽浄土がそんなに良いところなら早く行きたいと念じてもそう思わせないのは「煩悩」の所為だと言う。 人の「煩悩」は死ぬまで消えることを知らないと言うことだろう。 (煩悩とは、仏教の教義の一つで、身心を乱し悩ませ智慧を妨げる心の働きを言う) 仏前への施しは「信心」が必要、お賽銭の金額ではない、と言う。

『梅原猛の歎異抄入門』梅原猛
親鸞聖人の教えは、なぜ多くの人の心をひきつけるのか? 親鸞聖人の教えが残された『歎異抄』。
著者は本書の冒頭でこう語っている。「人生に行き詰まり、自己に耐えられなくなったときに私は、
何度か『歎異抄』を繰り返し読んだ。そして読むたびに私は不思議と勇気づけられ、いつしか心の傷が癒やされた気になるのだった。
【目次より】
第一章◆『歎異抄』わが心の恋人
    魅力とは、強い信仰の熱気に打たれ、しばしば生命の尊さを実感させられ、生きることへの勇気を取り戻す
    歎異抄が世間に読まれるようになったのは7~80年前明治の末から
    東本願寺の僧、清沢満之が注目し一般に広めた
    歎異抄は親鸞の弟子唯円によって書かれた親鸞師匠の信仰する生き様
    
第二章◆「専修念仏」への道
    弟子となった歳:法然(69歳)と親鸞(29歳)、親鸞(68歳)と唯円(19歳)
    親鸞は妻を娶った肉妻帯仏僧者で、終生聖徳太子の熱烈な信者であった、後に二人目の妻を迎える

第三章◆法然、親鸞、そして唯円
    親鸞の子善鸞とは縁を切る事件が起こる(信仰上の立場の食い違い)
    念仏以外を言わんとし誤解を招き、親鸞に問い詰めることが多くなった。だが念仏だけとした
第四章◆道徳の延長線上に宗教はない
    十念 法然は10回、「南無阿弥陀仏」を唱えると極楽往生する
    親鸞は1度念仏を唱えるだけで往生するとした
    「善人なをもて往生をとぐ、違反や悪人をや」悪人は極楽浄土へ行くのは当然と悟る(真逆な考え)悪人こそ行くべきところであるとした
    煩悩が左右する極楽往生への道
    親鸞は父母の孝養のため念仏せず、と言うのは極楽浄土でいつでも救い出せる、生まれ変われる
    「般若心経」は人の心の執着を捨て無になれと教える経典
    阿弥陀信仰は如来から心身のままに自然に生きれば良い
第五章◆弥陀を信じた親鸞の究極の境地
    法然の信仰を信じるだけ、念じるだけ
    阿弥陀~釈迦~善導~法然~親鸞からの伝えられたことは唯一「念仏」

第六章◆現代語訳『歎異抄』
    親鸞世人の信仰の教えが違って伝えられる等になったことが理由で書物になった
    一門弟子同士の争いから発端 念仏以上の善は他にない
    法然聖人の言葉をバカ正直に信じるしかない
    薬があるからと言って毒を好んではいけない
    仏前への施しは「信心」がなければ価値がない



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