日曜日、「初心」について考えた。その時「初心忘るべからず」という有名な言葉も頭に浮かんだ。これは世阿弥が50歳半ばに書いた「花鏡」という伝書にあるものいである。今までに何度となく聞かされてきたし、言ってもきた。しかし、あらためて世阿弥の言葉を読んでみるともう少し深い意味を持っていることに気づいた。「花鏡」奥段の一節。
しかれば、当流に、万能一徳の一句あり。
初心不レ可レ忘。(しょしんわするべからず)
この句、三箇条の口伝あり。
是非(ぜひの)初心不レ可レ忘。
時々(じじの)初心不レ可レ忘。
老後(ろうごの)初心不レ可レ忘。
世阿弥は、「初心」を「最初の志」だけを言っているのではない。人生の中にいくつもの初心があると言っている。若い時の初心、人生の時々の初心、そして老後の初心。それらを忘れてはならないと説く。
年齢の経過とともに、新しい課題が出て来るということを私自身も経験した。「若い」というだけで許され、乗り切れていく時期は20代まで、フレッシュな人とベテランのはざ間となる30代、心技体が充実した40代、ベテランと呼ばれる50代と身の処し方を考えて行く必要があった。
世阿弥の言う「初心」とは、今まで体験したことのない新しい事態に対応する時の方法、乗り越えるための戦略や心構えのことだと思う。年を重ねていくと、生理的には限界を迎えることは避けられない。その限界の中でどうやってそれを乗り越えて充実した生活を送るかの大切さを「初心忘るべからず」という言葉に込めているのではないか。
しかれば、当流に、万能一徳の一句あり。
初心不レ可レ忘。(しょしんわするべからず)
この句、三箇条の口伝あり。
是非(ぜひの)初心不レ可レ忘。
時々(じじの)初心不レ可レ忘。
老後(ろうごの)初心不レ可レ忘。
世阿弥は、「初心」を「最初の志」だけを言っているのではない。人生の中にいくつもの初心があると言っている。若い時の初心、人生の時々の初心、そして老後の初心。それらを忘れてはならないと説く。
年齢の経過とともに、新しい課題が出て来るということを私自身も経験した。「若い」というだけで許され、乗り切れていく時期は20代まで、フレッシュな人とベテランのはざ間となる30代、心技体が充実した40代、ベテランと呼ばれる50代と身の処し方を考えて行く必要があった。
世阿弥の言う「初心」とは、今まで体験したことのない新しい事態に対応する時の方法、乗り越えるための戦略や心構えのことだと思う。年を重ねていくと、生理的には限界を迎えることは避けられない。その限界の中でどうやってそれを乗り越えて充実した生活を送るかの大切さを「初心忘るべからず」という言葉に込めているのではないか。