4月に入ってから世界各地で次々と新しいコマーシャルがリリースされています。それも、感動的な作品が実に多い。ニュース報道は、暗い内容のものが多く、規制の多い生活はストレスが多く、ぎすぎすしたものになりがちですが、そんな時代だからこそ、希望を与えてくれる映像コンテンツが必要性を増しています。ここ数週間の間で、大急ぎで制作され、リリースされたコマーシャルの優れた作品を見ていると、ヒューマニズムに溢れていて、この世界にはなんて思いやりのある人たちがいるんだろうと涙が出てきます。不平不満で誰かを攻撃するのではなく、暖かい愛情溢れるメッセージを発信するという姿勢が、こういう時代に最も必要とされているのではないでしょうか。新型コロナは、生物としての人間の身体を痛めつけていますが、人の心や考え方、社会全体の考え方にダメージを与えています。そのような症状を治療するためには、経済政策や、補助金や、無料のマスクなどよりも、これらの映像コンテンツで人の心を癒すことが重要だと思います。
ということで、今回は、6点の作品をご紹介したいと思います。素晴らしい作品が次から次へと登場してくるので、セレクトするのも大変ですが、取り急ぎ今週の頭の時点で目についたものをここに掲載します。
1) イタリアオリンピックチーム “Grazie”
イタリアはヨーロッパで新型コロナウィルスの感染者・死者数が多い国の一つで、しばしば医療崩壊が報道されていました。このコマーシャルは、イタリアのオリンピック選手たちが登場します。イタリアは、2016年のリオでは28個のメダルを獲得し、メダル獲得数の国別順位は9位、2018年の平昌では10個のメダルを獲得し、国別順位は12位の国でした。オリンピック選手たちはイタリアでも国民的ヒーローです。そんな選手たちが、「私たちは今では、最強ではありません、無敵ではありません、希望を与える存在ではありません、ヒーローではありません」と語りかけます。「今、本当のヒーローはあなたたちです」というコピー、そしてその後に映し出される医療従事者の映像。感動的です。「ICUで働くあなた、研究所のあなた、救急車に乗っているあなた、最前線で戦うあなた、看護の心と微笑みを絶やさないあなた、あなたたちは私たちの希望です。だから私たち、イタリアチームは、心の底から、あなたたちに言いたい、グラーツィエ(ありがとう)」。素晴らしい!本当はオリンピックでメダルを目指したかったに違いない彼らスポーツ選手たちが、医療従事者に、あなたたちこそ本当のヒーローですと、言うのが感動を呼びます。
2)アップルの「クリエイティビティーは続くよどこまでも」
新型コロナウィルスの影響で在宅を余儀なくされた世界中の人々。家の中では、それぞれのクリエイティビティーを発揮して、様々な表現活動が行われているということを見せているだけなのですが、一つ一つのシーンが愛おしい。在宅生活を応援するアップルという企業姿勢が明確に見えています。アップルの製品があちこちに見えているのですが、広告としての押し付けを全く感じませんね。
3)Uberの「乗っていただけないことに感謝」
Uberなどは最も影響を受けている企業だと思いますが、そういう会社があえて広告を出すところが企業姿勢として素晴らしい。人々が外出できなくなった各地の情景が描き出されます。素晴らしい編集です。そして最後に、”Stay home for everyone who can’t”(家に留まることのできない全ての人のために、家に留まりましょう)というメッセージ。「家に留まることのできない人」というのは、医療従事者であったり、宅配業者であったり、社会インフラを支える人々であったりします。そして、”Thank you for not riding with Uber”(Uberに乗っていただかなくてありがとうございます)というコピー。広告というものは、自分のところの製品やサービスを使ってもらうために存在してきたものですが、企業の営利活動よりも、社会的責任を優先させる企業姿勢に拍手したくなります。
4) フォルクスワーゲン商用車の「今一番大切なこと」
デリバリーや電話線工事などで働く人々の映像と、消費者からの苦情のメッセージ。「もっと大切な事があるのではないでしょうか?」という問題提起が文字で提示されます。大切なことは、「みんながもっと一体になること。今、この瞬間にも、外で私たちのために働いている人たちがいるのです。私たちが必要なものを供給するために。この尋常でない時期に、尋常でない仕事を成し遂げている人々がいます。彼らをリスペクトし、感謝すること、それが今最も重要なことなのです」なんという素晴らしいメッセージ。映像に登場している商用車や救急車はフォルクスワーゲンの製品なのですが、ブランド価値の上昇は必至です。また、この会社で働いている人たちのモチベーションがアップしていることは想像に難くありません。#WeNotMeというハッシュタグも人々の一体感をアピールしています。
5) バーガーキングの「ステイホーム」
こちらも拍手喝采のコマーシャルです。ソファーに寝そべる「カウチポテト」は、これまでネガティブな存在でしたが、このコマーシャルで、カウチポテトとしてバーガーキングのウォッパーを注文することに、国家的な意義を与えています。家にいて、外出を控えることが、国家に貢献することになるのですが、ソファーに横になっていることが、ポジティブな社会貢献活動になることを面白く表現しています。配達料も取らないし、売り上げの一部を医療団体に寄付をするというメッセージも。「注文したら、君も一人前のCouchpotatriatesの称号が得られる」というナレーションも面白いです。カウチポテトとパトリオット(愛国者)の合成語だと思うのですが、今年の流行語となりそうな勢いです。
6) BBCのBringing Us Closer
英国のBBCのコマーシャルですが、いくつかの番組や報道のフッテージをつなぎ合わせたものです。映像を見ているだけでも感動的なのですが、さらに理解を深めるために、必要なことが二点あります。一つは、このナレーションが20世紀前半の詩人のエドガー・ゲスト(Edgar Guest)の詩であるということ。そして、これを朗読しているのが、俳優のイドリス・エルバ (Idris Elba)であるということです。
先にイドリス・エルバについて説明しておきましょう。1972年、シエラレオネ人の父と、ガーナ人の母の間に、ロンドンで生まれた彼は、アベンジャーズや、パシフィックリムなどの数々の映画に出演し、ゴールデン・グローブ賞にも輝き、アメリカのPeople誌の「2018年の最もセクシーな男性」にも選ばれた人物です。2013年のネルソン・マンデラの映画で、ネルソン・マンデラを演じたし、直近では、映画Catsでマキャビティを演じた人物でもあります。
実は彼自身、新型コロナウィルスにかかっており、3月13日に陽性が判明、自主隔離を行なっていましたが、4月1日に無事に隔離期間が終了していました。彼自身がこのナレーションを行なったこと自体がすごいです。
そして、詩人のエドガー・ゲスト(1881-1959)ですが、彼はイギリス生まれですが、ほとんどの人生をアメリカで過ごし、”People’s Poet”と呼ばれ、20世紀前半に人気のあった詩人です。下の写真がエドガー・ゲストです。
今回使われているのは、彼の”Don’t Quit”という詩です。先が見えないかもしれないけれど、諦めてはいけないという内容の詩で、今の時代にぴったりの内容になっています。最後に、この詩と私の訳をご紹介しておきます。お時間のある時に読んでみてください。
When things go wrong, as they sometimes will,
物事が悪い方向に行く時、それはよくあることだが、
when the road you're trudging seems all uphill,
歩いている道がずっと上り坂のように思える時、
when the funds are low and the debts are high,
資金額が低く、借金額が多い時、
and you want to smile but you have to sigh,
本当は笑いたいのに溜息をせざるを得ない時、
when care is pressing you down a bit - rest if you must, but don't you quit.
心配事で少しだけダウンしてしまう時、休息を取らないといけないが、決して諦めてはいけない
Life is queer with its twists and turns.
人生は不思議なことに紆余曲折がある。
As everyone of us sometimes learns.
それをみんなが時々知ることがある。
And many a fellow turns about when he might have won had he stuck it out.
そのままやり続けていたら勝利してたかもしれないのに、方向転換してしまう人が大勢いる。
Don't give up though the pace seems slow - you may succeed with another blow.
ペースが遅いように思えても諦めてはいけない。次の一撃で勝てるかもしれない。
Success is failure turned inside out - the silver tint of the clouds of doubt,
成功は失敗が裏返しになったもの。疑惑の雲は銀色に見える。
and when you never can tell how close you are,
どんなにそれが近くにあるのか決してわからない時、
it may be near when it seems afar;
遠くに思えた時は、近くにあるかもしれない。
so stick to the fight when you're hardest hit - it's when things seem worst, you must not quit.
だから痛恨の一撃をくらった時でも戦いを続けなさい。最悪だと思った時でも、決してやめてはいけない。