玄徳道

道を語るブログです。

天命を明らかにする道

2021-12-09 19:30:00 | 神使道
人が天命を最初から知れば、人は神の奴隷と成る。

そして、神は、人に追従を望まない。ついでに書く、神は、人の利益の為の信仰を望まない。

なんだ、そりゃ。されど、神は、己を愛する者を好まない。

これは、永遠な真理である。

神は割と自己にタンパクで、ワンパクな人を好む癖があるようだ。

神は自己よりも、人の世話をする存在を好む癖があるようだ。

そして、神は、創造と冒険する人を確実に愛されるなり。

やれやれだ、拝み拝し、奉り、供物を捧げ、神に請い願い奉る。

私を幸せにして欲しいと。無益。されど一部の眷族が呼応する。そして、呼応した存在は虚に還される。

神は我欲を好まず。なんで、ですか。人の個別の意思は、詰まらないからである。ああ、つまんない。

神にオベッカは要らない。人に必要な価値は要らないのである。

神とは虚。そこに、心は無いが、和する心に感合される。

かつて、大量の逆殺を行った、歴史の一人。

織田信長は、ジェノサイドを為した。伝教大師、最澄が歩んだ比叡山は組織として、弱者に摂取し、貴族の如く、土地と人を蝕んだ。釈迦の心を無視して、我が桜花を喜んだ為である。。。。。。意味直も天の意思でもある。

大六天魔王である信長は、人にして、人に非る、月意識、地球の意識を保つ存在であった。

故に、比叡山を焼き討ちにした。皆殺し。

人を導くのは、自然にその立場にある。故に驕れば滅びる。

元から仏道に僧兵は皆無なり。

僧が兵と、なれば、そこには、地獄しか無いのである。

強い者勝ちの世。

それを打ち破壊した、信長は、悪を為して善とされた。

信長は天に帰られた。信長は地獄に堕ちなかった。

神に追従するなよ、人間よ。

敵対するのではない。神に媚びへつらうな。

神が在りて、吾がある。吾が神と出逢えば、自らの立場を悟るなり。

天の命とは、前世の過失を補うにあるに、非ざる。

天命とは、生きる以前の阿頼耶識を越える魂の発露なり。

天命を覚るとは、自己の本源なる神の働きを悟ることである。



私は、自分が生まれて来た理由が知りたかった。 

長い何月、蛆虫のような私に価値があるのかと。

当然に価値など無い。

ただ、悪しき存在として生まれたとしても、縁がありて済う存在が居て、地球意識に乗せてくださる。

まあ、人として生まれたならば、善悪を超えて、宇宙を解明すれば、神の隣に立てるかもだぜ。

神の隣におれれば、幸せであるが休む暇なし、結局は神の奴隷となるのかも知れない。

それもまた、良し。



コメント (8)
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