玄徳道

道を語るブログです。

善と悪の別れ道。

2022-12-05 08:13:00 | 私的考察
ああ、人は善と悪に別れる習性がある。

その善悪は、常に人の主幹に寄る。

なんせ、神に善悪は無い。たぶん。無極であるが故に。

吾が師、老祖は、善悪を含む中、人に於いては、その善なる活動を臨んでおられるが。

神は鳴り響き活動されるのみ。


道を求める者は、常に、ふんわり、心を浮かさねばならない。

何事にも囚われては、鳴らない。

この善悪響きある、世界において、ただ、空を無を求める。

雲の様に流されるのみ。

太陽の様に、熱を帯びず、大地の様に、震わず。

ただ、月の如く、夜空に反射するのみ。

月の裏には、重大な秘密があろうとも、月は、優しく人を護るのみ。


身体には、南極と北極とがあります。

南極に、文明あり。北極に試練あり。

これは、頭脳と、体幹のサトシ。

脳よりも、腹を括る。

人の身体が宇宙を示されておられる証でもある。

いや、南極たる、天庭も、北極たる、黒潭もすべからく合わされば、調和なる神人合一の境地を現す。

私は三回目のコロナワクチンを打ちました。

愛する妻の働きにより、四回目も打つ予定と、なっております。

死にたがり屋の私にすれば、これもまた、好奇なり。

扨、今のコロナワクチンは、人を滅亡させる存在なのか。

然りであり、否でもある。ワクチンは毒を以て毒を制する、研究者の証しでもある。

コロナワクチンは、人殺しの道具なのであろうか。人体実験を為す為の道具なのであろうか。

否であり、応である。

コロナワクチンの副作用で人は簡単に死ぬ。

されど、コロナワクチンを研究をされた、人は、人を殺そうと作ったものであろうか。

否。これは、明らかである。

そして、コロナワクチンで救われた人は、皆無で、皆、健康を害されたのであろうか。

否である。

幾億万年の最中、人は、業を劫を創り、天からの命を拒み(欲に囚われ、天命よりも、我が趣向に偏る。)、我のみ良ければ良い、我よしの心を増大された。

そこに如何なる、善意も利用され、金儲けの利益が繋がる。

コロナウイルスは太陽の洗礼でもある。

しかし、コロナワクチンは、悪意の象徴であり、その善意を信ずる者がある。

ならば、国が悪意を以て、それを示しているのあろうか。

国は社稷あるのみ。。。されど、人は偏る。

国とは、民草の思想の現れでもある。

国に悪意があるのは、民草の現れである。

国に善意があるのは、民草の現れである。

人の利己主義と、悪意は永遠に消えない。

その最中、国に責任を求めるは、社稷では無い。

国とは社稷であるが、民草は、社稷を求めない。

民草が求めるは利己主義。

人は、個人としては、善良であっても、民草となれば、乱れる。

喜怒哀楽の発せざるこれを中と呼び、一度発して、節に当たる、これ和と謂う。

神の道に、生きる者は、人の情に流されても、和を乱しては、ならない。

中は、天下の大本の明道であり、和は天下の達道であり、中和を明らかにして、天地が位し、万物を活かすのである。

坐の道は、ほんわか、かろやか、和やかにして、道を明らかにするのである。

人は、決めつける。

何を決めつけるのであろうか。

我が正しさを。

歴史を振り返れば、善悪などの争いは、不明であり、無明。

都合勝手。

結論を述べれば、ワクチンを、撃たずとも、自己の免疫機能を確立させる。その為には、添加物を摂らず、納豆などの発酵食品を食べれば、死のリスクを回避出来るのであります。

勿論、筋肉も鍛えねばなりません。

皆、ダイエット的に、微糖や、糖質OFFに喜ばれるが、悪意の添加物が身体を襲うのであります。

まあ、私は、打ちますが。嫁は強し。

美味い話しには裏があり、善い話も然り。

しかし、神は悪を以て善へ導き、人は善によりて、誤る事もある。その逆も然り。

人の生命は儚い。

交通事故、病気、癌化、殺害、戦争。

そして、常に人の心は、乱れる。

故に、人のカルマが劫を生み出し、命数を削るなり。

カルマに囚われない、唯一の方法は、我が身に一氣を集め、回天させるのみ。



ああ、かむながらたまちはへませ。

コメント
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