古文書を読もう!「水前寺古文書の会」は熊本新老人の会のサークルとして開設、『東海道中膝栗毛』など版本を読んでいます。

これから古文書に挑戦したい方のための読み合わせ会です。また独学希望の方にはメール会員制度もあります。初心者向け教室です。

太祇鑑賞2  内藤鳴雪

2017-02-13 19:58:18 | 炭太祇

太祇の十句

 太祇は蕪村とほゞ同時代の人で、また別に一特色を備へた俳人であった。か

つて、子規の生前にも、蕪村を推尊したかたはら、この人の特色をも見留めて、

その句集を俳書堂から発兌せしめたことなどもある。極端なる滑稽の一茶など

に比すれば、句風も多方面になつてゐるといつてよいが、しかしその修辞上に

於ては、多く俗語を用ゐて、洒脱にまた軽妙に言ひこなしてゐる。で、これらの、

句を見れば、やはり一茶、大江丸の続きには、自然この人に連想を及ばせねば

らぬことになる。前々回に一茶、前回に大江丸を解いた因みから、今回は太

の句を解くことゝする。

 

年玉や利かぬ薬の医三代

 昔は一月に用ゐる屠蘇は、専ら出入の医者から貰つたもので、則ちこれを逆 

にいへば、屠蘇はきまつて医者のお年玉であつたといつて宜しい。で、この句は

其処から趣向を立てたものかと思はれる。

 今、年玉を貰つた。これは出入の医者の贈物で、その人の調合した薬である。

この医者はすでに三代も続く家柄であるが、その薬といつては余り効能がない。

則ち利かぬ薬を下さるお医者様であるといふので。

 これが屠蘇であつて見れば強ち利く利かぬといつて論ずるでもないが、たまた

ま新歳に方つて一家病気もなく、医者から貰つたものは、目出度い酒に投ずる

屠蘇である。けれども、何等病気には利き目はないと、医者を嘲る如き言外に、

一家の無事で目出度く春を祝ふ心持ちがほのめかされてゐる。

 それから、茲に殊更に三代といつたのは、かの医三世ならざればその薬を服

せず、といふ漢土の諺から取つて来たこと勿論である。

 

永き日や目の疲れたる海の上

 日永の時分に海岸に立つて、漫々とした沖を眺めてゐた。折しも春の長閑な

空であるから、畳を敷いたやうな穏やかな波が一面に動いてゐるのみで、外に

は何等格段なものも目に入らない。その穏やかな春の海を、立つて眺めてゐた

ので、遂には目も疲れるやうになつたわいといふのである。

 限りも無い海を限りもなく眺めてゐるところに、自然に永き日の心持ちが浮か

で来る。この句も「目の疲れたる」 といふ一語は、どこまでも太祇の手段たる

はない。

 

春の夜や女をおどすつくりごと

 春の夜は男、女、殊に若い人達は色々まどゐをして慰み興ずる例であるが、

折節、一つ女にからかつて嚇してやらうといふので、男同士が言ひ合せて、何か

女のびつくりするやうな事をして興じて見たいといふので。

 嚇かされて女の怨みごとを訴へるといふことも此の後に想像されて、これも一

種の情を含んだ感があるし、又、それを嚇かした所にも一つの情を含んでゐて、

こゝらが春の夜の趣によくかなつてゐる。又、多少なまめいた状態も想像され

る。

 

家内して覘き枯らせし接ぎ木かな

 たまたま庭に接木をした。それが本意なくも枯れて了つた。この枯れたのは、

家内中の者が、もうついたであらうか、もう芽を吹くであらうかと、入り代り立ち代

り、それを覘いたからで、左様に余りに責められる所より、木も遂に生育を遂げ

なかつたのであらういうたのである。

 勿論、かやうな関係は無いことであるが、それをかく興じて、何とはなしに関係

あるごとく感ぜしめる。これも一種の俳諧手段である。   

 

関守の瀬戸口に立つ涼み哉

 関所の番をしてゐる人が、関所も余り人通りがなくて間暇であつたと見えて、

おのが住居の裏に立つて涼みをしてゐる。定めて夏の夕暮れ比でもあらう。関

所とはいへど僻地で、或いは山のほとりでもあらうといふことが、この事柄によ

り連想される。則ち、世の中も泰平で、打ち寛いで、夏の暑さも忘れて十分に涼

みもできる彼らの生涯を写したものである。

 背戸に立つといふことを捉へたのは確かにこの人の技倆であると思はれる。

 

七夕や家中大方妹と居す  

 これは昔の江戸の大名屋敷の趣と思はれる。これらの屋敷には定詰といつて

邦基り家族を引き連れて来てゐる者も多く澄んでゐるし、又、独身の勤番者も居

るのである。

 折しも七夕祭りの夕べ、かの星合の契をなす宵であるが家中も大方は妻と共 

に住つてゐて、空の星と共に各々楽しく此の宵を送つてゐるといふので。

 妻と住むといはずに殊更に妹と古雅に言ひなし、又、その下へ居すと漢語を使

つた所が、不調和ながら、却つて一種の感じを惹き起こして、七夕の宵の大名

屋敷、殊に其の武家方のさまを最も可笑しく、又、あはれあるさまに言ひ現はし

てゐる。兎に角、七夕の宵の或る社会の状況を面白く歌つたものである。

 

かの後家の後に踊る狐かな

 これは例の盆踊でね色々な人が交つて踊つてゐる中に、或る家の後家が踊

てゐる。それを余所から見た所の興である。

 かの後家といへば、すでに近所あたりにも評判になつてゐる未亡人で、それが 

身分にも歳にも恥ぢず踊つてゐる。あのやうに踊るのは其の後に狐がついてゐ 

て、その狐が踊らしてゐるのである。で、この狐とは、自然に、若い男などが、そ

れを賺し誑かして操を破り、遂には皺の顔に白粉を附けて踊の仲間になるやう

な浅猿しい生涯にしたのであると、遠く想像される。これも村里などには多くある

当時の状況を可笑しく歌つてゐて、殊に、後に狐がゐるといふのは、最も働きの

ある言葉だと思われる。

 

剃りこかす若衆のもめや歳の暮

  この句はかの蕪村の

 お手討の夫婦なりしを更衣

 と並べて、唯の十七字でいかにも複雑な叙事をしてゐると、吾々仲間でも度々

称賛されてゐる句である。

 さて、此の言葉に依つて考へて見ると、或る侍仲間などで一人の若衆則ち美

少年を愛してゐた。それが、甲が念者となつてきまつてゐるのに、つい他の乙の

者がまた念者になることになつたので、甲乙の間に一つの騒動が起きた。それ

が則ちもめである。で、いよいよ果合でもせねばならぬことになつたが、其処へ

仲裁が這入つて、其の決果、つまり若衆の頭を剃りこかして坊主にし、此の者が

すでにかく出家した以上は、互の言分も立つ訳であるから、これで無事に済まし

て貰ひたいといふことになつて、長らく延び延びになつてゐた事件も、年の暮で

やつと落着したといふので。

 かくのごとき複雑な出来事をうまく言ひ現はした所は、誠に非凡な手段である

思ふ。

 

御影供の花の主や女形

 御影供は『おめいかう』とよみ、日蓮上人の忌日の法会のことで、例の法華のこ

とであるから、信者たちから色々のものが仏前に捧げられてある。その中に立

派な花が捧げてあるが、その捧げ主を誰かと思つたら女形の役者であつたとい

ふので。定めて当時花形の立おやまでもあつたのであらう。

 一体かやうな仲間にはよく神仏の信心をして、人の目に着くやうな捧げ物をす

るものがある。これは、一面にはわが名の広告にもするので、今も昔と変らずに

行はれてゐることである。これらも悪く述べると、唯だ人事の穿ちになり行くので

あるが、花形にかけて「花のあるじや」と歌つた所は、どこまでも雅致を失はずし

て、十分にに俗に堕ちる所を救つてゐる。

 

鰒食ひし人の寝言のねぶつ哉

 今しも鰒を食べ終つて、中にはすでに転がつて寐たものもある。その内に寝言

を言ひ出したが、その寝言は、よく聞くと念仏を唱へてゐるのであつた。彼奴も

威張ったこと言ひ散らして、平気に食べは食べたが、其の実、心には恐ろしく、

命惜しく思つたものと見えて、死ぬる夢でも見たことか、南無阿弥陀仏を唱へて

ゐる。これで彼の実情がすつかり現はれて了つたといふので。

 これも下手にいふと、俗一方に陥るのであるが、何処までも上品になだらかに

歌つて、同じことでも念仏といはずに、ねぶつと読むやうに綴つたのは、何処か

に古雅を帯びて、此処にもこの人の長所が十分に発揮されてゐるやうに思はれ

る。

 

 


太祇鑑賞1  高浜虚子

2017-02-08 17:43:45 | 炭太祇

な折りそと折りてくれけり園の梅  太 祇

 春先になってある人の庭に梅の花の咲いているのを見て、あすこにいい梅の

が咲いている。あの枝が一本ほしいものだと思うて、それを家の人に断りもし

ないで折ろうとしていると、意外にもそこにその家の主人がいて、その梅を折っ

てはいけない、と叱りながらも、そんなに欲しいのならば上げようといつて、か

えってその主人が手ずから梅の枝を折ってその人に呉れたというのである。同じ

物を盗むのでありながらも、いわゆる風流泥坊で、その盗む者が花卉の中でも

に清光な姿をして芳香を持った梅の花であることが、一種の面白味を持って

いる。またその梅を折る人も物を盗むは悪い事と知りながらもそれを金に代えよ

うというわけでもなく、多寡が梅の花の一枝位だから居ってやれと、窃かに折り

取ろうとしていると、思い懸けなくも其処に主人の声がして梅の花を折ってはい

かんと尤められたので、吃驚して手を止めたのであるが、其処の主人もまた、そ

れを尤めたばかりで無下に追い払うのも、それを折る人のこころもちを十分に解

釈することのできぬものとして、何処かに自分自身不満足を感ずるので、そんな

に黙って折るのはいけないが、欲しいのなら上げようといって、かえつて手ずか

らその枝を無造作に折ってその男にやったのである。かくてその盗もうとした人

も、それを尤めた人も、梅花そのものを通じて互いにその心持を領解し合うとこ

ろに、この小葛藤の大団円はあるのである。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

逢ひ見しは女の賊(すり)や騰月  太 祇

 にかすんだ春の月の出ておる晩、表を歩いておると、ふと美目のよい一人 

の女が目についた。美人だと思いながら、それほどたいして気にとめるでもなく

すれ違ったのであったが、懐を探って見ると財布がなくなっている。さては今の

女が賊であったのかと驚いたという句である。「蓮ひ見しは」というのは、ふと行

き違って何となくこちらが眼にとめて見た、あの女が賊であったというのである。

あるいは自分が拘られたのではなくって、あのちょっと目にとまった女が、後に

掬摸であったことが判って、あの女が掬摸であったのかというように解しても差

支ないのであるが、しかしやはり前解のように自分が掏られたと解する方が作

者の意を十分に酌み得たものかと思う。沢村源之助の舞台などを思わせるよう

な句である。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

 

今はやる俗の木魚や朧月  太 祇  

 元来木魚は仏前に置かれて僧の手によって取扱われるべき性質のものである

が、俗間の好事家は、それを居間などに置いて唯ポコポコと打って喜んだり、あ

るいは人を呼ぶ時の呼鈴の代りにしたりしておる。あの妙な形をした仏臭い木

魚を脂粉の気の漂っている辺に用いているというところに、かえって一種のおか

しみがある。この頃は何かというと木魚を用いるのであるが、またここにもその

ポコポコいう音がしておる。空には朧月が出ていて艶な光を漂わしておるという

のである。この作者太祇は京の島原に住まっていたというのであるから、おるい

はその辺の光景かとも想像されるのである。俗の木魚というだけでは、あるいは

俗人で仏信心のものが持仏の前で木魚を叩いているものと解されぬことはない

が、「今流行る」というような言葉から推すと、もっと極端に木魚を単に好事的に

弄ぶものと解するのが至当であろうと思う。今でも座右に木魚を置いて、それを

叩いて婦僕を呼ぶようなことをしている人が随分あると思う。

(俳句は斯く解し斯く味わう) 

 

春の夜や昼雉子うちし気の弱り  太 祇

 これは猟に行って昼間雉子を打った。鳥の猟のうちでは、小鳥などよりも山

鳥、山鳥よりも雉子といったような順序で、雉子は一番に功名とすべき鳥であ

る。あの美くしい毛色をした長い尾の見事な雉子を昼間打った、その張り詰めた

昼間の反動で、夜は気が抜けてがっかりしておる、というのである。多寡が小鳥

位なら何でもないと格別嬉しさが大きくない代りに、夜になったところで別に気分

に違いもないのであるが、昼間の喜びが大きかっただけ夜はがっかりするので

ある。その上前に言ったように、大い美々しい烏を殺したのだという事が、美くし

い春の夜らしい心持はしながらも、何処となく落莫の感じがある、そこにも気の

弱りを導く一つの原因はあるのである。次の句と併せ考えれば、そこの消息はよ

く判るのである。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

たのみなき若草生ふる冬田かな   太 祇 

 これから先きだんだん茂って春の草になって行くものであるが、それがまだ冬

田にちょいちょいと生いそめたところを見ると、その若草はいつまで茂るべき未

来があるかを疑わねばならぬのである。冬田は、二作田であればやがて打ち耕

されて畑になるか、そうでないにしてもそのまま打ち棄てられて顧みられないは

ずであるが、其処へ生える若草は他の地面に生えるものに比べると、まことに

頼み少ない心持がする。その冬田に生えた若草を見た時の作者の心持を言っ

たのがこの句である。あるいは十月に返り花が咲くようにまだ冬の初めの田の

面に、日当りのいい処などに、若草が生えておるが、これはやがて来る寒さや、

雪や霜やに忽ちいためられて枯れてしまわねばならぬものである、其処に生え

る若草は頼みないものである、という風に解釈されぬこともないのであるが、し

かしやはり前解の方が適切であろうと思う。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

 

五月雨や夜半に貝吹く水まさり  太 祇   

 それが天明になると先ずこの句のようなのがある。五月雨のため水嵩が増した

と言って、沿岸の民家を警戒するために夜中に法螺貝を吹き立てるというので

ある。これは随分大正の今日でも見る光景であって、たとい法螺の貝を吹かぬ

にしても、半鐘でも乱打して人の眠りを驚かすのである。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

 

つれづれと据風呂焚くや五月雨 太 祇
 

この句は前と反対の暢気な句で、毎日々々雨が降って退屈しておるのに、今日

もまた 降り続いて退屈で仕方がない、そこで仕方なしに据風呂でも焚いて這入

ろうというのである。碁をうつにも相手がなく書物を読むにも鬱陶しい、その上著

物も畳も凡て湿っているようで気持も悪いから据風呂でも焚いて湯に這入ろうと

するのである。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

 

塩魚も庭の雫や五月雨  太 祇

 塩魚を梁か何かに吊って置いたところが、連日の雨で空気が湿っているので

その塩魚の塩が溶けて土間の上にポクボタと雫が落ちるというのである。天気

がよければからからになっている塩魚が、雫になるまで湿っぽいというのは、五

月雨頃の鬱陶しい心持をよく現わしておると言ってよい。(俳句は斯く解し斯く

味わう)

 

蔓草や蔓の先なる秋の風    太 祇

 『太祇句集』中に在る唯一句の秋風の句である。太祇のみならず天明の秋風

の句は一体に振っておる方ではないようである。さて句意は、蔓草を見るとその

蔓の先に秋風は吹いておるというのである。蔓草の蔓の先を見ると風のために

動いておるのを見て、なるほど秋風がその蔓の先に在る、といったような句であ

る。芭蕉の「日はつれなくも」の句などに比べると、秋風というものについての感

激の度がよほど違っているので、余り秋風というような題について多くの興味を

見出さなかったか、それともむずかしくて相手にしなかったのかも知れぬ。秋風

というような題は、むずかしいものである。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

 

盗人に鐘つく寺や冬木立  太 祇

 木立の中に在る寺で、その木立も冬枯れて一層淋しさが増している。ところが

その寺へ盗人がやって来たので、その急を村人に知らすために鐘楼の鐘をゴー

ンゴーンと撞き鳴らすというのである。隣りにすぐ人家でもあれば声を上げて「泥

坊々々」と叫ぶ位でも聞えぬことはないのであるが、冬木立に遮られているため

に急に知らすため鐘を撞くのである。時ならぬ鐘の乱打に村人は何か事あるこ

とを知って直ちに走せつけるのであろう。。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

 

夜見ゆる寺の焚火や冬木立  太 祇

 これも前句同様冬木立の中の寺を詠じたもので、夜その寺で焚火をしている

のが、冬木立を透して見えるというのである。昼間は冬木立の中に寺があるとい

う事を承知していながらも、その寺の費もはっきり見えない位であるが、夜になっ

てあたりの暗い中にたき火をし了しいるのであるから、その焚火が冬木立をす

かして、よく見える趣を言ったのである。木立は皆灰色に冬枯れている中に焚火

の赤いのが際立って赤く見える心持ちがする。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

 

蚊帳くぐる女は髪に罪探し  太 祇
 

 この太紙の句の性質は蕪村とはすっかり違っている。蕪村が士ならこれは町

人といってもよい。蕪村が九代目団十郎なら、太祇は五代目菊五郎である。蕪

村の句は天頼的で大きな岩石の峙つているような趣がある。太祇のは入籍的で

小さい石で築き上げたような趣きがある。前にもいった如く召波の句は或る一面

たしかに蕪村に似ている。しかし太祇の句は全然歩調を異にしている。もし太祇

に似たものを求めるなら几董であろう。几董は召波と太祇との中間にいるものと

いってもよかろう。かくいうと蕪村と太祇は非常に異っていて、あるいは同一標準

では論ずる事が出来ぬと思う人があるかもしれぬが、しかしこれも度合論だ。蕪

村と太紙とその間に全く別個の趣味があるには相違ないが、しかも共に天明の

俳人たる事においては一致している。他の関係は一切取のけて蕪村、太祇等の

仲間だけで比較すればこそ非常に違ったもののように思われるが、これを元禄

の諸俳家と比較する時は、萩や女郎花の秋草に対して牡丹や百合の夏草を見

るようなものである。元禄時代の諸俳家の句はめいめい比較すればまたそれぞ

れ違っている。萩と女郎花のように違っている。しかしとにかくに秋の草には相

違ない。それと同じく天明時代の諸俳家の句を、それぞれ比較して見ると牡丹と

百合のように違っている。しかしとにかく夏咲く花という点においては争われぬ

相似の趣味を持っている。蕪村と太紙との比較も丁度こんなものである。もし蕪

村と召波とが牡丹と芍薬との比較とすると、太紙は先ず百合位のものであろう。

しかしこれを、も一歩進めていうと、元禄の俳人も天明の俳人も秋草夏草の相違

はあるにしてもやはり草花たる点においては一致している。

 桜とか石榴とか梨とか松とか樺とか樅とかいうものと比較したら、やはり草花と

しての相似点を持っているといわねばならぬ。即ち芭蕉の文学としての俳句は、

他の桜や松や樺やに相当する他の文学と比べたら、如何なる時代を通じても殆

んど同じものと言わねばならぬのである。その差を論ずるのは草花の中の差を

論ずるのである。俳句を芭蕉の文学として講ずる本書においては、その差は大

問題とはならぬのである。太祇は句三昧と称えて一切他事を擲ち蟄居して句作

にのみ苦心する事などがあったそうな。とにかく作句に苦心して熱心であった事

は古今有数の一人とせねばなるまい。その句の傾向は平生目賭する卑近な人

事景色の内から、比較的趣味の深い趣向を見つけ出して、屈折をつけて平凡で

ないように叙するのである。団洲が好んで英雄豪傑に扮するように、蕪村の取

材は必ず卑近でない方に傾こうとしている。よし卑近な人事を叙するにしても、

一度蕪村の口に上ると、どことなく蕪村的となってしまう。団洲が百姓町人になっ

ても団洲的となってしまうのと同じ事である。蕪村の句だから蕪村的となり、団洲

が演ずるのだから団洲的となるのは当然の事で、不審するのがそもそもの間違

いではあるが、その不得意な方面に働くために、面白いと感ずるよりも、多少の

不自然を感じて、いわゆる蕪村臭、団十郎臭を感ずるのである。しかもその趣向

が太祇の手に移ると、その得意の舞台であるためにそれが活動して描出される

のが、丁度大工や左官が菊五郎の畑であって技、神に迫るのと同様である。こ

この所をよく弁えて太紙の句を読まんと、蕪村や召波の句を読みなれて突然太

紙の句を見たら、品格が悪くって光沢が少なくって、興味が索然としてしまうよう

な心持ちがするであろう。しかも太祇の句の決して趣味索然たるものでない事

は、この一句を解釈してもわかるであろう。「女は罪深きもの」という事は、古くよ

りいい習わすところである。この句はその言葉をそのまま借りて来て、蚊帳に這

入る時の光景を叙しているのである。男ならば大きな髷を結っておるでもなく、

かつチヨン髷が少々こわれたところで格別もないが、女の髷は大きなものである

から、とかく蚊帳に這入る時にひっかかれりやすい。従ってその髷をこわす憂い

があるので結い立ての髪などは、殊に大事そうにして蚊帳をくぐる。其処を見て

太祇が作ったので、女は罪が深い深いと世間でいうが、あの蚊帳をくぐる時を見

ても罪の深いのがわかる、といったのである。「髪に罪深し」という言葉は曖昧な

言葉である。何も女の罪深い事は髪のみに原因しているのではないが、唯この

場合に触目すると同時に、「女は罪深いものである」という言葉があるのを思い

出し、「髪に罪探し」といったのである。これを普通の文章のように、「髪を見るに

つけても罪深い事がわかる」と延べていったら、たるんでしまって俳句にならぬ。

たとえ少々言葉に無理があろうとも、調を整えて言葉を出来るだけ省略していっ

たところに面白味があるのである。さてこの趣向はどうであるか。前にもいった

如く、いかにも卑近な我らが日常よく目に触れている平凡な事実である。蕪村で

あったら、たとい目にとめても棄てて顧みぬ事実である。その蕪村が「草の戸に

よき蚊帳たる法師かな」とか「蚊帳釣って翠徴作らん家の内」とか、かように飛び

離れた趣向を案じている間に、太紙は目前の卑近な事実を捕えてこの句を作っ

ている。卑近な事実を捕えて作ったのではあるが、その句柄はどうかというに、

「罪深し」などいう語を巧みに斡旋し、言葉に屈折をつけ、調子をひきしめて卑俗

ならざる句にしている。尤も蕪村召波などの句のように品格のよい句ではない。

しかしてこんな趣向をこれ位までにこぎつけて、さほど下卑た句にせぬところは

太紙の手腕を認めねばならぬ。我が日常目賭している事実の点からいえば陳

腐な事実である。しかし古よりこの事実を取って俳句にした者はない。否これを

俳句にしようと思いついて、その事に注意する人が一人もなかったのであろう。

一歩を仮してその人はあったとするも、その事実をこれほどの句にする人は、一

人もなかったであろう。太祇なる人があってはじめてこの平凡な事実を平凡なら

ざる句にしたとすれば、この一句だけでも敬服せねばならぬであろう。ましてこ

の種の句は、太舐集曳聖半を占めているので、やがてはこれが太祇の特色を

為し、容易に他人の模倣を許さぬとすれば、更に大に敬服せねばならぬであろ

う。蕪村の句は摸し悪い、太祇の句は模しやすいという事は、夙に世人のいうて

いるところで、またそれはたしかに事実だが、しかしそれも比較的の話しで、太

紙の句も決して模し易いことはない。試に太祇のこの種の句を模して見るがよ

い。それは終に卑俗な句になってしまって、容易にこの太祇のような気の利いた

句は出来ぬであろう。蕪村の句の模し難いのは著想の点が多きにいるので、思

いもつかぬものとあきらめる人も、太祇の句は著想が卑近なだけに及びやすい

ことのように思うが、よし著想だけ及ぶとしても、太紙のようにいいこなすことは

容易でない。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

 


太祇句集 翻刻5 冬

2017-02-07 16:53:18 | 炭太祇

不夜菴太祇句集  冬

422  玄関にて御傘と申時雨かな

423  うくひすのしのひ歩行や夕時雨

424  濡にける的矢をしはくしくれ哉

425  しくるゝや筏の棹のさし急き

426  中窪き径わひ行落葉かな

427  米搗の所を替る落葉哉

428  盗人に鐘つく寺や冬木立

                       原画 早稲田大学古典籍

 

429  冬枯や雀のありく戸樋の中

430  炉開や世に遁たる夫婦合

431  川澄や落ち葉の上の水五寸

432  麦蒔や声て雁追ふ片手業

433  達磨忌や宗旨代々不信心

434  をとらせぬむすめ連行十夜哉

435  なまふだや十夜の路のあふれ者

436  夜歩行の子に門て逢ふ十夜かな

437  辻々に十夜籠りや遣リ手迄

438  あら笑止十夜に落る庵の根太

439  莟しハしらてゐにけり帰花

440  京の水遣ふてうれし冬こもり

441  身に添てさひ行壁や冬籠

442  冬こもり古き揚屋に訊れけり

443  なき妻の名にあふ下女や冬籠

444  尻重き業の秤やふゆこもり

                       原画 早稲田大学古典籍

 

445   僧にする子を膝もとやふゆこもり

446  いつまても女嫌ひそ冬籠

447  来て留守といはれし果や冬籠

448   それそれの星あらハるゝさむさ哉

449   帋子着てはるはる来たり寺林

450  紙子着しをとや夜舟の隅の方

451  わひしさや旅寝の蒲団歌をよむ

452  活僧の蒲団をたゝむ魔風哉

453  足か出て夢も短かき蒲団かな

454  旅の身に添や鋪寐の駕ふとん

455  夜明ぬとふとん剥けり旅の友

456  人こゝろ幾度河豚を洗ひけむ

457  死ぬやうにひとハ言也ふくと汁

458  鰒喰ふて酒吞下戸のおもひかな

459  鰒売に喰ふへき顔とミられけり

460  河豚喰し人の寝言の念仏かな

                       原画 早稲田大学古典籍

 

461  意趣のある狐見廻す枯野かな

     不夜庵に芭蕉翁を祭る

462  塀越の枯野やけふの魂祭

463  行々てこゝろ後るゝ枯野かな

464  行馬の人を身にする枯野かな

     分稲一周の忌となりぬ此叟のすゝめにて大原野吟行せし

     往時を思ひて

465  なつかしや枯野にひとり立心

466  鼠喰ふ鳶のゐにけり枯柳

467  目にそしむ頭巾着て寐る父の㒵

468  新尼の頭巾おかしや家の内

469  頭巾をく袂や老のひか覚へ

470  法体ヲミせて又着る頭巾かな

     庚寅冬十月亦例の一七日禁足して俳諧三昧に入に草の屋

         セはく浴も心にまかセねハやうやうかゝり湯いとなむに時雨

         さへ降かゝりいとゝ寒きを侘るゝに吞獅より居風呂ワかして

         男ともにさし荷セ来たり贈ものゝ珍しくうれしとやかてとひ入

         て心ゆく迄浴しつゝかく申侍る 

                         原画 早稲田大学古典籍

 

471  頭巾脱ていたたくやこのぬくい物

472  眼まてくる頭巾あくるや幾寐覚

473  帰来て夜をねぬ音や池の鴛

474  草の屋の行灯もとほす火桶哉

475  塩鱈や旅はるはるをよこれ面

476  手へしたむ髪のあふらや初氷

477  朝顔の朝にならへりはつ氷

478  勤行に起別たる湯婆かな

479  茶の花や風寒き野の葉の囲ミ

480  口切や花月さそふて大天狗

481  口きりやこゝろひそかに聟撰ミ

482  菊好や切らて枯行花の数

483  ちとり啼暁もとる女かな 

     炉に銚子かけて酒あたゝむる自在の竹に鬼女の面かけた

     るを人の仰ぎ居る図に賛をセよと田福より頼れて

484  吹きやす胸はしり火や卵酒 

                        原画 早稲田大学古典籍

 

 

485  鴨の毛を捨つるも元の流かな

486  胴切にしをせざりける海鼠かな

487  海鼠たゝミや有し形を忘れ顔

488  身を守る尖ともミへぬ海鼠哉

489  うくひすや月日覚へる親の側

490  大食のむかしかたりや鰤の前

491  剛の座は鰤大はえに見へにけり

492  立波に足ミせて行ちとりかな

493  茎漬や妻なく住を問ふおゝな

494  草の庵ワらへた炭を敲く也

495  水仙や胞衣出たる花の数

496  膳の時はつす遊女や納豆汁

497  曲輪にも納豆匂ふ斎日哉

498  僧と居て古ひ行気や納豆汁

599  御命講の華のあるしや女形

500  人の来て言ねはしらぬ猪子哉

                       原画 早稲田大学古典籍

 

     喜助を江戸へ下せしあくる日

501  初雪や旅へ遣たる従者か跡

502  はつ雪や酒の意趣ある人の妹

503  木からしの箱根に澄や伊豆の海

504  陰陽師歩にとられ行冬至哉

505  野の中に土御門家や冬至の日

506  雨水も赤くさひ行冬至かな

507  たのミなき若草生ふる冬田かな

508  木からしや柴負ふ老か後より

509  今更にワたせる霜や藤の棚

510  腰かける舟梁の霜や野のワたし

511  鶤の起けり霜のかすれ聲

512  苫ふねの霜や寝覚の鼻の先

513  行舟にこほるゝ霜や芦の音

514  恥かしやあたりゆかめし置火燵

515  埋火に猫背あらハれ玉ひけり

                       原画 早稲田大学古典籍

 

516  埋火にとめれハ留る我か友

517  あてやかにふりし女や敷炬燵

518  火を運ぶ旅の炬燵や夕嵐

519  淀舟やこたつの下の水の音

520  草の戸や炬燵の中も風の行

521  摂待へよらて過けり鉢たゝき

522  暁の一文銭やはちたゝき

523  はけしさや鳥もかれたる鷹の声

524  鷹の眼や鳥によせ行袖かくれ

525  雪やつむ障子の帋の音更ぬ

526  小盃雪に埋てかくしけり

     汲公と葎亭に宿してそのあした道にて別るとて

527  見返るやいまは互に雪の人

528  宿とりて山路の雪吹覗けり

529  空附の竹も庇も雪吹かな

                        原画 早稲田大学古典籍

 

530  うつくしき日和になりぬ雪のうへ

531  降遂ぬ雪におかしや簑と笠

532  御次男は馬か上手て雪見かな

533  足つめたし目におもしろし手にかゝむ

534  里へ出る鹿の背高し雪明り

535  長橋の行先かくす雪吹かな

536  交りハ葱の室に入にけり

537  寒垢離の耳の水ふる勢かな

538  寒月や我ひとり行橋の音

539  寒月の門へ火の飛フ鍛冶屋かな

540  寒月や留守頼れし奥の院

541  駕を出て寒月高し己か門

542  鍋捨る師走の隅やくすり喰

543  日比経て旨き顔なり薬くひ

544  枯草に立ては落る囹かな

545  氷つく芦分舟や寺の門

                        原画 早稲田大学古典籍

 

546   御手洗も御燈も氷る嵐かな

547  垣よりに若き小草や冬の雨

548  父と子によき榾くへしうれし顔

549  勤行に腕の胼やうす衣

     几圭師走廿三日の夜死せり節分の夜明なりけれハ

550  死ぬ年もひとつ取つたよ筆の跡

     梅幸へ言遣る

551  積物や我つむ年をかほ見せに

552  大名に酒の友あり年忘れ

553  夢殿の戸へなさはりそ煤拂

554  聲立る池の家鴨すゝ払

555  煤を掃く音せまり来ぬ市の中

556  剃こかす若衆のもめや年の暮

557  褌に二百くゝるや厄おとし

558  すゝ掃の埃かつくや奈良の鹿

559  怖す也年暮る夜をうしろから

                       原画 早稲田大学古典籍

 

560  年とるもワかきハおかし妹か許

561  寶ふね訳の聞へぬ寐言かな

562  聲よきも頼母しき也厄拂

563  年とりて内裏を出るや小烑灯

564  谷越i聲かけ合ふや年木樵

565  兼てよく㒵見られけり衣配

566  唐へ行屏風も画やとしの暮

     雅因を訪ふ

567  年の暮嵯峨の近道習ひけり

     年内立春

568  歳のうちの春やいさよふ月の前

                                        

                       原画 早稲田大学古典籍

 

 

  

 

  

  

 

 

 

 

    

 

  

        

 

 


太祇句集 翻刻4 秋

2017-01-24 11:01:05 | 炭太祇

  不夜菴太祇句集

    秋

277  すゝしさのめでたかり鳧今朝の秋

278  初秋や障子さす夜とさゝぬよと

279  七夕や家中大かた妹と居す

280  月入て闇にもなさす銀河(天の川)

281  家つとの京知顔やすまひとり

282  裸身に夜半の鐘や辻相撲

283  勝迯の旅人あやしや辻角力

                    原画 早稲田大学古典籍

 

284  引組て猶分別やすまひとり

285  山霧や宮を守護なす法螺の音

286  さし鯖や袖とおぼしき振あハせ

287  明はなし寐た夜つもりぬ虫の声

288  城内に踏ぬ庭あり轡虫

289  見かけ行ふもとの宿や高灯籠

290  夕立の晴行かたや揚灯籠

291  声きけハ古き男や音頭取

292  彼後家のうしろにおとる狐かな

293  末摘のあちら向ひてもおとり哉

294  蕃椒畳の上へはかりけり 

295  つる草や蔓の先なる秋の風

296  痩たるをかなしむ蘭の莟かな

     あるかたより蘭を贈くるゝに名立事ありて

297  蘭の香や君かとめ寄楠に若も又

     長月の末召波訪来りし時

                   原画 早稲田大学古典籍

 

298   何もなし夫婦訪来し宿の秋

299  行秋に都の塔や秋の空

     岩倉にて雨にあひ金蔵寺大徳の情に一夜の舎り 

     免され嬉しと這上りて

300  笠ぬけハ鹿の聞度夜とそなる

     南谷上人の書の額あり薬師の宝前に二種の草あ

     り

301  南無薬師菊の事もきく桔梗

     をくら山のふもとなる湧蓮寺の庵を卯雲子と共に尋

     侍るにあらざりけれハ扉にかいつく

302  留守の戸の外や露をく物ハかり

303  此鱸口明せずと足ンぬへし

304  畠から西瓜くれたる庵かな

305  遺言の酒備へけり魂まつり

306  懸乞の不機嫌ミせそ魂祭

307  おもへとも一向宗やたま祭

308  魂棚やほた餅さめる秋の風

309  たま祭る料理帳有筆の跡 

                   原画 早稲田大学古典籍

 

310  送り火や顔顔覗あふ川むかひ

311  いなつまや舟幽霊の呼ふ声

312  鬼灯や掴ミ出したる袖の土産

313  乞けれハ刈てこしけり草の花

314  二里といひ一里ともいふ花野哉

315  鮹追へハ蟹もはしるや芋畠 

316  餓てたに痩んとすらむ女郎花

317  其葉さへ細きこゝろや女郎花

318  鶏頭やはかなきあきを天窓勝

319  鶏頭やすかと仏に奉る

320  蜘の囲棒しはりなるとむほ哉

321  静なる水や蜻蛉の尾に打も

322  萩原に棄て有けり風の神

323  萩吹燃る浅間の荒残り

324  椋鳥百羽命拾ひし羽音哉 

     経師何かし芭蕉画る扇に賛望れて

                   原画 早稲田大学古典籍

 

325  裂やすきはせをに裏を打人歟

326  秋さびしおほへたる句を皆申す

327  簗をうつ魚翁かうそやことし限

328  ものの葉に魚のまとふや下簗

     京へのぼりし時

329  蕣に垣根さへなき住居かな

330  ミとり子に竹筒負せて生身魂

331  野分して樹々の葉も戸に流れけり

332  浅川の水も吹散る野分かな

333  渡し守舟流したる野分哉

334  片店はさして餅売る野分かな

335  芋茎さへ門賑しやひとの妻

336  おもはゆく鶉なく也蚊屋の外

337  畠踏む似せ侍や小鳥狩

338  身の秋やあつ燗好む胸赤し

     いとわかき大女に秋来て柳絮の才も

     一葉と散行蘭蕙の質も芳しき

                   原画 早稲田大学古典籍

     名のミに帰り来ぬ道のくまぐま問よ

     る中に交りて父の蘭虎によす                    

339  此夕べぬしなき櫛の露や照

     花燭をおくりて霊前にさしよするハいさゝか其情を

     慰するにあり

340  ミそなはせ花野もうつる月の中

341  あさかほに夜も寐ぬ嘘や番太郎

342  ミか月やかたち作りてかつ寂し

343  三日月の船行かたや西の海

344  みか月や膝へ影さす舟の中

345  雨に来て泊とりたる月見かな

346  狂ハしやこゝに月見て亦かしこ

347  来ると否端居や月のねだり者

348  明月や君かねてより寝ぬ病

349  明月や花屋寐てゐる門の松

350  うかれ来て蚊屋外しけり月の友

351  後の月庭に化物作りけり

352  灯の届かぬ庫裏やきりぎりす

                   原画 早稲田大学古典籍

 

353  雪ふれハ鹿のよる戸やきりぎりす

354  大根も葱もそこらや蕎麦の花

355  うら枯ていよいよ赤しからす瓜

356  萩活て置けり人のさはるまて

357  石榴食ふ女かしこうほときけり

358  喰すともさくろ興有形かな

359  菊の香やひとつ葉をかく手先にも

360  見通しに菊作りけりな問はれかほ

361  菊の香や山路の旅籠奇麗也

362  旅人や菊の酒くむ昼休ミ

363  残菊や昨日迯にし酒の秋

364  朝露や菊の節句ハ町中も

365  古畑の疇ありながら野菊かな

366  泊問ふ船の法度や秋の暮

367  有侘て酒の稽古や秋の暮

368  おとり人も減し芝居や秋の暮

                   原画 早稲田大学古典籍

 

369  ひとり居や足の湯湧す秋の暮

370  夕霧に蜂這入たる垣根哉

371  出女の垣間見らるゝきぬた哉

372  泊居てきぬた打也尼の友

373  菊の香や花屋か灯むせふ程

374  剃て住法師か母のきぬた哉

375  寐よといふ寝さめの夫や小夜砧

376  夜あらしに吹細りたるかゝし哉

377  やゝ老て初子育る夜寒かな

378  旅人や夜寒問合ふねふた声

379  舟曳のふねへ来ていふ夜寒哉

380  水瓶へ鼠の落し夜寒かな

381  朝寒や起てしハふく古こたつ

382  縁端の濡てワひしや秋の雨

383  茄子売る揚屋か門や秋の雨

384  夜に入は灯のもる壁や蔦かづら

                   原画 早稲田大学古典籍

 

385  引ケハ寄蔦や梢のこゝかしこ

386  町庭のこゝろに足るやうす紅葉

387  鉄槌に女や嬲るうちもみち

388  空遠く声あハせ行小鳥哉

389  露を見る我尸や草の中

390  青き葉の吹れ残るや綿畠

391  柿売の旅寐は寒し柿の側

392  関越て亦柿かふる袂かな

393  残る葉と染かハす柿や二ツ三ツ

394  かぶり欠く柿の渋さや十か十

395  恋にせし新酒吞けりかづら結

396  よく飲ハ゛価ハとらしことし酒

397  きりはたりてうさやようさや呉服祭

398  新米のもたるゝ腹や穀潰し

399  とうあろと先新米にうまし国

400  芦の穂に沖の早風の余哉

                   原画 早稲田大学古典籍

 

401  迷ひ出る道の藪根の照葉かな

402  薬堀蝮も提てもとりけり

403  身ひとつをよせる籬や種ふくへ

404   口を切る瓢や禅のかの刀

405  此あたり書出し人もへくへ哉

406  ひとつ家に年あるさたや水煙草

407  夜の香や煙草寐せ置庭の隅

408  事繁く臼踏む軒やかけたはこ

409  小山田の水落す日やしたりかほ

410  永き夜を半分酒に遣ひけり

411  あきの夜や自問自答の気の弱

412  長き夜や夢想さらりと忘れける

413  寐て起て長き夜にすむひとり哉

414  永き夜や思ひけし行老の夢

415  落る日や北に雨もつ暮の秋

416  長きよや余所に寝覚し酒の酔

                   原画 早稲田大学古典籍

 

417  壁つゞる傾城町やくれのあき

418  塵塚に 蕣さきぬくれの秋

419  行秋や抱けは身に沿ふ膝頭

420  孳せし馬の弱りや暮の秋

                        原画 早稲田大学古典籍

 

 

    

 

 

 


太祇句集 翻刻3 夏

2017-01-09 11:41:33 | 炭太祇

不夜菴太祇発句集

         夏

 

162  物かたき老の化粧や衣更

163  いとをしい痩子の裾や更衣

164  綿脱ておます施主有旅の宿

165  かしこけに著て出て寒き袷哉

166  行女袷著なすや憎きまて

167  能答ふわか侍や青すたれ

168  盗れし牡丹に逢り明る年

                    原画 早稲田大学古典籍

169  猫の妻かの生節を取畢(をわんぬ)

170  相渡る川のめあてや夏木立

171  甘き香は何の花そも夏木立

172  高麗人の旅の厠や夏木立

173  孑孑やてる日に乾く根なし水

174  景清ハ地主祭にも七兵衛

     呑獅参宮を送る

175  餘花もあらむ子に教へ行神路山

176  西風の若葉をしぼるしなへかな

177  ミしか餘や今朝関守のふくれ面

     ある人のもとにて

178  めかしさよ夏書を忍ぶ後向

179  青梅のにほひ侘しくもなかりけり

180  抽でゝ六め勝けりな寺若衆

181  青梅や女のすなる飯の菜

182  傘焼し其日も来けり虎か雨

                   原画 早稲田大学古典籍

 

183  さミたれの漏て出て行庵かな

184  つれつれに水風呂たくや五月雨  

185  帰来る夫の咽ぶ蚊やりかな

186  蚊屋に居て戸をさす腰を誉にけり

187  事よせて蟵へさし出す腕かな

188  蚊屋くゝる今更老の不調法

189  やさしやな田を植るにも母の側

190  早乙女や先へ下りたつ年の程

191  蚊屋くゝる女は髪に罪深し

192  蓴菜やしるよししける水所

     閨 怨

193  飛蛍あれといわむもひとりかな

194  三布に寐て蚊屋越の蚊に喰れけむ

     御退位きのふありてけふハ庭上の御規式の跡拝し 

     奉るとてミなつとひまふのほるを聞て

195  蚊屋釣て豊に安し住る民

                   原画 早稲田大学古典籍

 

196  蚊屋釣るや夜学を好む真ツ裸 

197  蚊の有に跨るふりや稚かほ

198  蚊遣火もミゆ戸さゝぬ門並ひ

199  下手伸せて馬もあそぶや藤の森

200  妾か家ハ江の西にあり菰粽

201  武士の子の眠さも堪る照射かな

202  月かけて竹植し日のはし居かな

203  しらて猶余所に聞なす水鶏かな 

204  妾人にくれし夜ほとときす

205  追もとす坊主か手にも葵かな

206  葵かけてもとるよそめや駕の内

207  碓の幕にかくるゝ祭かな

208  低く居て富貴をたもつ牡丹哉

209  こゝろほと牡丹の撓む日数かな

210  門へ来し花屋にミセるぼたん哉

211  切る人やうけとる人や燕子花

                   原画 早稲田大学古典籍

 

212  深山路を出抜てあかし麦の秋

213  麦秋やにでて行く馬鹿息子

214  笋を堀部安兵衛や手の功

215  筍のすへ筍や丈あまり

216  白罌粟や片山里の濠の中

217  牡丹一輪筒に傾く日数かな

218  麦打に三女夫並栄へかな

219  さつき咲く庭や岩根の黴なから

220  濡るともと幟立けり朝のさま 

221  くらへ馬顔ミへぬ迄誉にけり

222  なくさめて粽解くなり母の前

223  物に飽くこころ恥かし茄子汁

224  列立て火影行鵜や夜の水

225  舟梁に細きぬれ身やあら鵜共

226  いて来たる硯の蠅ま一つかみ

227  ひとくゝる縄も有けり瓜作り

                  原画 早稲田大学古典籍

 

228  姫顔に生し立けむ瓜はたけ

229  盗人に出合ふ狐や瓜はたけ

230  二階から物いひたけや鉾の兒 

231   あふきける団を腕に敷寐かな

232  書すてし歌もこし折うちハ哉

233  風呂布のつゝむに余る団かな

234  蟵こしに柄から参らすうちハかな

235  扇とる手へもてなしのうちハかな

236  貯ふともなくて数あるあふきかな

237  雷止んて太平簫ひく涼かな 

238  蠅をうつ音も厳しや関の人

239  夜を寐ぬと看る歩ミや蝸牛

240  有侘て這ふて出けむかたつふり

241  怠ぬあゆミおそろしかたつふり

242  引入て夢見顔也かたつふり                   

243  折あしと角おさめけむ蝸牛  

                    原画 早稲田大学古典籍

 

244  水の中へ銭遣りけらし心太

245  もとの水にあらぬしかけや心太

246  蚊屋釣てくるゝ友あり草の庵

     偶 成

     よしハら鳥のよしとおもへハ

          これも鳴音のあらきやうきやうし

247  気のゆるむあつさの顔や致仕の君

248  世の外に身をゆるめゐる暑かな

249  めてたさも女は髪の暑サかな

250  あつき日に水からくりの濁かな

251  朝寐してをのれ悔しき暑さ哉

252  病て死ぬ人を感ずる暑哉

253  色濃くも藻の干上るあつさかな

254  釣瓶から水吞ひとや道の端

255  虫ほしや片山里の松魚節

     かこつことある人へ

256  来し跡のつくか浅まし蝸牛

                   原画 早稲田大学古典籍

 

257  草の戸の草に住蚊も有ときけ

258  水練の師は敷草のすゝミ哉

259  空をミてすゝみとる夜や宿直の間

260  前鬼にも吞せて行や薷散

261   川狩や夜目にもそれと長刀

262  あしらひて巻葉添けり瓶の蓮

263  蓮の香や深くも籠る葉の茂

     寄蓮恋

264  蓮の香の深くつゝミそ君か家

     百圃より東寺の蓮贈られて

265  先いけて返事書也蓮のもと

266  たつ蝉の声引放すはずみかな

267  沢瀉や花の数そふ魚の泡

268  かたひらのそこら縮て昼寐かな

269  昼顔や夜は水行溝のへり

270  夕㒵やそこら暮るに白き花

                   原画 早稲田大学古典籍

 

271  夕顔のまとひもしらぬ垣根かな

272  白雨や戸さしにもとる草の庵

273  ゆふたちや落馬もふせく旅の笠

274  白雨やこと鎮めたる使者の馬

275  橋落て人岸にあり夏の月

     琴泉と東寺へ蓮見によりて酔中の吟

276  引寄て蓮の露吸ふ汀かな

                    原画 早稲田大学古典籍

 

※ 以上夏の句 117句終わります。版本は巷間に流布して広く読

  まれたのですから、当時の人々は現代人が新聞を読むように読 

  んでいました。しかし現代人には読めなくなっています。古文書

  の解読と俳句の鑑賞の二つながらを意識して掲載しました。

     

 

 


太祇句集 翻刻2 春

2017-01-04 19:52:41 | 炭太祇

     不夜菴太祇発句集

         春

1  目を開て聞て居る也四方の春

2  鰒喰し我にもあらぬ雑煑哉

3  元日の居こゝろや世にふる畳

4  元朝や鼠顔出すものゝ愛(間?)

5  年玉や利ぬくすりの医三代

6  とし玉や杓子数添ふ草の庵

                       原画 早稲田大学古典籍

 

7  げにも春寝過しぬれど初日影

8  七草や余所の聞へもあまり下手

9  子を抱て御階を上がる御修法哉

10 初寅や慾つらあかき山おろし

11 春駒や男顔なるおゝなの子

12 春駒やよい子育し小屋の者

13 萬歳や舞おさめたるしたり顔

14 万歳やめしのふきたつ竃の前

15 羽つくや用意おかしき立ちまハり

16 はねつくや世こゝろしらぬ大またけ

17 北山やしざりしざりて残る雪

18 家遠き大竹ハらや残る雪

19 梅活て月とも侘んともし影

20 虚無僧のあやしく立り塀の梅

21 春もやゝ遠目に白し六めの花

22 な折そと折てくれけり園の梅

                      原画 早稲田大学古典籍

 

23 紅梅の散るやワらへの帋つゝミ 

   誓願寺 

24 紅梅や大きな弥陀に光さす 

25 東風吹とかたりもそ行主と従者 

26 春風や薙刀持の目八分 

27 糊おける絹に東風行門辺哉 

28 投出すやおのれ引得し胴ふくり

29 情なふ蛤乾く余寒かな 

30 色々に谷のこたへる雪解かな 

31 星の子や髪に結なす春の草 

32 丸盆に八幡みやけの弓矢かな 

33 元船の水汲うらや蕗の薹 

34 花活に二寸短しふきの薹 

35 朱を研や蓬莱の野老人間に落 

36 こころゆく極彩色や涅槃像 

37 ねはん会に来てもめでたし嵯峨の釈迦 

                      原画 早稲田大学古典籍

 

38 引寄て折手をぬける柳かな 

39 善根に灸居てやる彼岸かな 

40 起々に蒟蒻囉ふ彼岸かな 

41 川下に畑うつ音やおぼろ月 

42 海の鳴南やおぼろおぼろ月 

43 月更て朧の底の野風哉 

44 島原へ愛宕もどりやおぼろ月 

45 欺て引キぬけ寺やおぼろ月 

46 連翹や黄母衣の衆の屋敷町 

47 実の為に枝たハめしや梨の花 

48 皮ひてしが入江や芦の角 

49 江をワたる漁村の犬や芦の角 

50 野をやくや荒くれ武士の煙草の火 

51 畑うつやいつくハあれと京の土 

52 耕すやむかし右京の土の艶 

53 山葵ありて俗ならしめす辛キ物 

                      原画 早稲田大学古典籍

 

54 春雨のふるきなミたや梓神子 

55 はる雨や芝居ミる日も旅姿 

56 春雨や昼間経よむおもひもの 

   徳門より春雨の句聞ゆそれに対す 

57 春雨やうち身痒かるすまひ取 

58 声真似る小者おかしや猫の恋 

59 草をはむ胸やすからし猫の恋 

60 おもひ寐の耳に動くや猫の恋 

61 諫めつゝ繋き居にけり猫の恋 

62 遅き日を膝へ待とる番所かな 

63 春の日や午時も川掃く人心 

64 扨永き日の行方や老の坂 

65 遅き日を見るや眼鏡を懸ながら 

66 長閑さや早き月日を忘れたる 

67 矢橋乗る娵よむすめよ春の風 

68 春風にてらすや騎射の綾藺笠 

                      原画 早稲田大学古典籍

 

69 燕来てなき人問ん此彼岸 

70 ゆたゆたと畝へたて来る雉子かな 

71 雉子追ふて呵られて出る畠哉

72 葉隠れの機嫌伺ふ桑子哉 

73 髪結ふて花には行ず蚕時 

74 華稀に老て木高きつゝじ哉 

75 蚕飼ふ女やふるき身たしなミ 

76 小一月つゝじ売来る女かな 

77 御影供や向よる守敏塚 

78 蘭の花やよし野下来る向ふ山 

79 猪垣に余寒はけしや旅の空 

80 川の香のほのかに東風の渡りけり 

81 東風吹くや道行人の面にも 

82 下萌や土の裂目の物の色 

83 やふ入や琴かき鳴らす親の前 

84 出替や朝飯すハる胸ふくれ 

                      原画 早稲田大学古典籍

 

85 親に逢に行出代や老の坂 

86 出替の畳へおとすなミたかな 

    春江華月夜 

87 花守のあつかり船や岸の月 

    きさらきの比嵯峨の雅因かいとなめる家見にまかりける 

    にそこらいまた半ばなり木の工ミともきそひはけミける其 

    かたハらにむしろ設酒うち吞居たるに句を乞れて 

88 大工先あそんでむで見せつ春日影 

    又弥生廿日餘行ぬ元の竹林にあらすもとの水にあらす 

    おかしう造りなして宛在樓あり 

89 すみけりな椀洗ふ川もありす川  

    中風めきて手痿ける春 

90 不自由なる手て候よ花のもと 

91 付まとふ内義の沙汰や花さかり 

92 鞦韆や隣ミこしぬ御身代 

93 ふらこゝの会釈こほるゝや高ミより 

94 寒食に火くれぬ加茂を行や我 

95 介子椎お七かやうになられけむ 

                      原画 早稲田大学古典籍

 

96 うくひすの声せて来けり苔の上 

97 うくひすや聟に来にける子の一間 

98 うくひすや葉の動く水の笹かくれ 

99 江戸へやるうくひす鳴くや海の上 

100 鶯の目には籠なき高音かな 

101 人をとにこけ込亀や春の水 

102 行舟岸根をうつや春の水 

103 堀川や家の下行春の水 

104 穂は枯て接木の台の芽立けり 

105 接詫ぬ世になき一穂得てしより 

106 奉る花に手ならぬわらひかな 

107 紫の塵やつもりて問屋もの 

108 つミ草や背に負ふ子も手まさぐり 

109 摘草やよ所にも見ゆる母娘 

110 来るとはや往来数ある燕かな 

111 あなかまと鳥の巣ミせぬ菴主哉 

                      原画 早稲田大学古典籍

 

112 落て啼く子に声かハす雀かな

113 あながちに木ふりハ言ず桃の花

114 大船の岩におそるゝ霞かな

115 ふりむけは灯とほす関や夕霞

116 つぎねふの山睦しきかすミかな

117 田螺ミへて風腥し水のうへ

118 山独活に木賃の飯の忘られぬ

119 崖路行寺の背や松の藤

120 朝風呂はけふの桜の機嫌哉

121 したたかなさくらかたけて夜道かな

122 塵はミなさくら也けり寺の暮

123 咲出すといなや都はさくら哉

124 京中の未見ぬ寺や遅桜

125 身をやつし御庭みる日や遅桜

126 あるしする乳母よ御針よ庭の花

127 児つれて花見にまかり帽子かな

                     原画 早稲田大学古典籍  

 

128 ちる花の雪の草鞋や二王門

    歯をたゝく事三十六我白楽天にならふ

129 歯を鳴し句成先立り花の陰

    宗屋ハ杖引ことまめなる叟ミちのく西の海辺より近所ハ  

    さら也花に涼に我わたり灯籠の夜まてもらさす此春身ま

    かりけるを猶幻に有心地す

130 死なれたを留守と思ふや花盛

131 蛙ゐて啼やうき藻の上と下

132 出代や厩は馬にいとまこひ

133 出代やきらふからいふいとまこひ

134 養父入の㒵けはけはし草の宿

135 やふ入の寐るやひとりの親の側

136 商人や干鱈かさねるはたりはたり

137 長閑さに無沙汰の神社回りけり

138 からくりの首尾のワるさよ鳳巾

139 落かゝる夕べの鐘やいかのぼり

140 屋根低き声の籠りや茶摘歌

                      原画 早稲田大学古典籍

 

141 世を宇治の門にも寐るや茶摘共

142 桃ありてますます白し雛の顔

143 華の色や頭の雪もたとえもの

144 御僧のその手嗅たや御見拭

    百歳賀

145  口馴し百や孫子の手鞠うた

    太宰府の神池に鳧雁群をなす

146 飛ビ六めにもどらぬ雁を拜ミけり

147 陽炎や景清入れし洞の口

148 墨染のうしろすがたや壬生念仏

149 炉ふさきや花の機嫌の俄事

150 春の夜や女を怖す作りこと

151 節になる古き訛や傀儡師

152 山吹や葉に花に葉に花に葉に

153 腹立て水吞蜂や手水鉢

154 人とふて蜂もとりけり花の上

                      原画 早稲田大学古典籍

 

155 声立て居代る蜂や花の蝶

156 見初ると日々に蝶ミる旅路かな

157 苗代や灯らて又も通る路

158 御供してあるかせ申潮干かな

159 女見る春も名残やワたし守

160 春ふかし伊勢を戻りし一在所

161 夜歩く春の余波や芝居者

162 行春や旅へ出て居る友の数

                      原画 早稲田大学古典籍

 

 春の部終わり

 

※ 以後夏・秋・冬とつづけます。そしてこれまでに出されている句解なども併載

  する予定です。乞うご期待。

   

 

 

 

 

 

 


太祇句集 翻刻1 序文

2016-12-31 21:13:53 | 炭太祇

太祇句集序                   炭 太祇

 

 交ハ易からぬ也 始めは刎頸にして半に寇讎たるの類古より少なからず。太

もと江戸の産にて中年都に上り住心やよかりけむ其ままに廿余年の春を迎

へ秋たつことさまで蓴鱸をも思はず本より山水の癖ありてみちのく、つくし

迄も杖を引弱冠より好める俳諧をもて生涯の楽しみとす。はた其好

                                 原画 早稲田大学古典籍

 

るや楽るや尋常にかはりて行住坐臥燕飲病床といへども日課の句を怠ずまい

て誰某が会など云には一の題に十余章を並べ三に五に及るにも此規矩を違ふ

事なく、もし趣を得れば上に置き下になしあるは中にもつづりて一句を五句にも

七句にも造りなし唯意をうるをもてセとす。故に其篇什佳境に入る許多也。又連

ね句をなすにもいつも沈吟する事外に倍せり。こゝをもて何れの巻にも造語連続

の率易なるを見ず。惜哉去年の秋文月の半ばより半身痿るやまふを感じて幾程

なく葉月上の九日に折からの草の露と消失ぬ。平生友とせる人あまたなる中に

わきて嵯峨の家在主人と予と三人雅筵を共にせし事亦復他に類ふべきにあら

ず、あるは雨しめやかなる春の夕はた雲、面白き冬の夜なと硯にむかひておの

がじし得たると得さるの自からなるをしらべ合い巨

                                      原画 早稲田大学古典籍

 

に椅居て櫓の上に杯をめぐらし果てハなき跡の事まで語出て吾倩かうやうに

此道に執深うそめぬれハ誰にまれながらへ残りたらん者志を一にして草稿を選

出世に残さましかハ゛生に死に改ざるの交ならんかし。実もさやしやなんと互に

契り約せしことも亦幾度にか及ばせん。されば今雅因とともに遺稿数十巻を閲し

てその中より先ず初稿を編輯して世に広うせんとす。事成の日雅因亦来会して

一ハ此功を終ハるを喜び一は多からざる心友の欠ぬるを嘆じけるに予頭を掉て

それもさる事なれど兄も我も元来二腰を横たふ身ならねば生前刎頸の交が思懸

す。されど風雅の可否を討論せしより外さらに市道の交をなさざりしがうへ契し

事のかうなん、とみに成ぬるは易からぬ交のよく終あん也祇もまた我等が相倍

さるのこころを莄壤の下に眉を開ざらまし

                                 原画 早稲田大学古典籍

 

や遂に此語をもて序とす

  明和九年壬辰夏五月

      洛                         嘯 山 書

 

 

太祇師年ころいひ捨をかれしほくの草稿なるものミな我に譲られ侍る 帋魚のた

めにむなしくせむ事本意なく選を葎亭、夜半亭の両匠へまかせ老師生涯のあら

ましまで序跋に述べ一冊となして給りぬ。さるを竹護叟の清書を乞さくら木にゑ

るとて今の不夜庵のあるじ師の俤をいたづらに書うつし反故をあながちに所望し

てここに彫刻し侍りぬ。

                                 呑 獅

                                 原画 早稲田大学古典籍