
この本を読み進めるいます。
著者はいわゆる学者肌の人ではありません。北アルプスの山小屋に努めたこともある現場肌の人です。
現場の人の目線を楽しむような気分で読んでいます。
この本で何度も出てくるのが、4歩進んだら顔を上げて前を見ろ、と言うことです。
昨日紹介したのは道迷いを防ぐ方法として4歩進んだら、と書かれているのですが、それだけではありませんでした。
たとえば雪渓歩き、足もとだけ見ていると落石などの異変に気づくのが遅くなる、と言う指摘です。
視野を広く持つことは道迷いを防ぐだけに必要なことではありません。

この本を読みながら考えました。
人さまの前で誇ることなど何もないタカ長の山歴ですが、視野を広く持っていることだけは、この著者から合格点をもらえそうな気がしますします。
タカ長は登山を始めたころから、体力的には仲間たちより劣っており、そのため少しでも余分な体力を使わないよう留意していました。
少しでも楽なラインを探す、と言うこともそのひとつ。その思いは習い性になっていると思っています。
そのためタカ長は、足下だけしか見ていない登山者ではないと言う自信があります。
軟弱な登山者も良いことが一つくらいあるのです。軟弱登山者バンザ~イ!

3月3日に登った湯来冠山の道です。
と言っても写真では見えませんが、両面羊歯やクマザサに隠れるように登山道が延びています。
足もとの半径1メートルしか見ていないと言う登山者の視野をタカ長は想像できませんが、登山道に注意しながら登る山としては、今の湯来冠山は最適だと思います。
羊歯やクマザサに隠れた道が鋭角に曲がったところが何ヵ所もあるので、足下しか見ていないと何メートルか行き過ぎるかも分かりません。
もし道を間違ったとしても危険なところはなさそうですから、藪山を歩く練習のレッスンワンになると思ったわけです。

この本の舞台は北アルプスです。
タカ長などのような藪山ばかり歩いている登山者には感覚的に合わないところはあります。
そこで思い出すのが青春のころの負け惜しみです。
北アルプスなどめったに行けないタカ長たちは、このような藪山を歩かせたら中央の登山者には負けない、と強がっていました。
タカ長に限ったことではありませんが、マイナーな山を歩いている登山者には、そこで培われたある種の感覚があると思います。

湯来冠山のルートはご覧のように単純です。
登山道が隠れているところがありましたが、問題になるほど茂っているわけでもありません。
そのため藪山歩きのレッスンワンだと思ったのです。