さすがに、名古屋松坂屋と言えども、大型台風到来を目前に控え、お客様も買い物気分ではないのだろう。少ないお客様の分、私の隣の売り場のあるお人形の小島さんとゆっくり話すことが出来た。
市松人形とは可愛い女の子の人形の代名詞のようになっているが、実は江戸時代の歌舞伎役者の「なんとか市松」と言う女形の人の模写人形だったそうだ。江戸時代や昔の市松人形の裾をめくってみると、小さなチンチンがちゃんと付いており、顔も眼光鋭くもっときつい顔をしていたそうだ。それが時代と共に忘れられ知らないうちに「女形」の女性の部分だけが受け継がれ、優しくなり、可愛い女の子の人形に変わっていったそうだ。現代の市松人形は裾をめくってもチンチンは付いていない。
小さくても高価な物、大きくても安価な物などいろいろあるが、竹のバッグと同じで手をかけて作った作品はどうしても高くなってしまうが人形が好きな人には堪らないものがあるのだろう。
顔も型で作った物と、木を削りだして作った物では表情が違う。着ている物も生地によっても違うし、良い物はちゃんと着せ替えできるように小さいながら着物の様式をちゃんと作られている。髪の毛も化学繊維のものと人毛では当然違うのが、当たり前である。
今日、私がとても気を引かれたのはこの人形だ。手彫りで削りだされた顔、着物には久留米絣を使い、人形士小島さんが顔を書き入れた物だ。何とも言えない味わいがある。
人形士「小島さん」、この人ほど、売り場に朝から晩まで座り続けている人は珍しい。営業時間に一度食事に行くだけで、後はずーと座っている。トイレにも行かない。尿瓶でも持ち込んでいるのだろうか?
人形作りはふつう分業化されているのだが、この人は顔作りに10年、着付けに8年、髪作りは家業として小さいときから親父の仕事を見てきたそうだ。一人ですべてこなすことが出来る数少ない職人だ。どの分野でも、分業されたまま、高齢化した今では、誰かが一人いなくなっただけでも製作できなくなってしまう。
貴重な伝統技術の伝承者である。また、来年もお人形さんのように座り続ける小島さんを見たい物だ。
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