松丸本舗で購入した松岡正剛著の本の中(『世界と日本のまちがい』松岡正剛著(春秋社))に
オルテガ・イセット著
『大衆の反逆』
大衆とは「・・・自分では何も考えずに、みんなと同じであると感じることで安心する連中」
とあった。
政治家は民主主義政治の原理が「多数こそ強」であるため、すべてではないにせよ、主義・主張・意見とは関係なく、どうしても大衆の好みに合わせた主張をせざるを得なくなった。
確かに、政治家も、芸能人も、企業も、スポーツも大衆に見放されたらオワリ。
消費社会という名の社会の方向は間違っているともいえないが、正しいとは到底いえるものでもない。大学のときに資本主義社会は無駄で成り立っていると言っていたやつがいたが確かだ。
『世界と日本のまちがい』のおわりに、で以下の数字が示されている。
日本:年間2000万トンの食料が廃棄されている
加工の段階で400万トン、流通過程で600万トン、生活者が1000万トンを捨てている。
アメリカはその3倍という。
有効に配分されれば世界の飢餓がなくなる数字。
映画『クワイエットルームにようこそ』の拒食症の蒼井優演じる役のセリフを思い出す。
「私が一食食べた分、世界のどこかの価値ある誰かの一食が減るんだ。そのシステムに気づいちゃったから、だからあたしは食べられないの。」
実はこれも間違っていて、自分の目の前に存在する食事だが、すでにそこに存在する前の過程で廃棄が行われているのだ。
五条瑛の革命シリーズ小説を思い出す。テレビの食べ放題の番組でおいしくもなさそうにつらそうに食べ物を口にする。この状況を見て、アジアの貧しい国から来た登場人物は腹を立てて怒る描写がある。
マスメディアや通信・インターネットを通じては"大衆"個々の顔は見えない。