ケンのブログ

日々の雑感や日記

名古屋フィルの定期演奏会を聴きに行く(第525回)

2024年07月25日 | 音楽
7月20日愛知芸術劇場に名古屋フィルハーモニー交響楽団の第525回定期演奏会を聴きに行った。

指揮はグミアン イオリオさん

最初に演奏されたのが

グリンカ 歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。

かなり快速テンポで 勢いよく音楽が進んでいく。

弦楽器も かなり良く鳴っているように思えた。かなり元気な演奏なのに パワーがマックスまで行ってない まだ 何となく余力があると感じられるのは きっとティンパニーの響きがマイルドだからだろうな とか考えながら演奏を聴いていた。

元気なのに 余力があるというのが 僕の気に留まった点で まずティンパニーが柔らかいからと思っていて それから 指揮者を見たら 肩幅が広く、がっちりしいていわゆる体格のいい人だった。

体格がいいからオーケストラに 余裕をもって気を送ることができる そんな風に僕には見えた。

それも 元気だけれど余力があるように聴こえる要因かな、などと考えながら演奏を聴いていた。

視覚的に見ても 例えばバイオリンは後ろの方までキビキビ動いているように見えて、細かい音もかなり聴こえてきてなんだかいい感じと思いながら演奏を聴いていた。

次に演奏されたのは

ピアノ ジャン チャクムルさんでチャイコフスキーピアノ協奏曲第一番

第一楽章 ちょっとピアノの音がドミノ倒しのように前に前に倒れこんでいくようだなと思いながら聴いていた。

残響が長すぎかな、と思いながら聴いている場面もあった。
要するに僕が好きなタイプの音ではないような感じだけれどそれは好みの問題だから。

ピアノよりもどちらかというとオーケストラの方に注目して聴いていた。

第二楽章
この楽章はピアノもオーケストラもなんだかいいなと思って聴いていた。

ピアノはスッとした感じだったし、木管が美しいメロディを切々と歌ったりするのはいいなと思っていた。

第三楽章もなんだかピアノがちょっとものたりないかも と思いながら聴いている場面もあった。

ただ、この曲に関しては若いころに聴いた ラザールベルマンさんが来日した時のNHK交響楽団もついていけないほどのすごい演奏とか、アルゲリッチさんがキリルコンドラシンさんの指揮で演奏されたものとか、もう圧倒的としか言えないような演奏の録音が心のどこかにこびりついてしまっているので、そういう影響も多分にあるような気がする。

全体に この演奏も オーケストラのパワーがマックスまで行かないのは 指揮者の体格がいいことと ティンパニーが柔いからかな、などと思いながら演奏を聴いていた。

休憩をはさんで次に演奏されたのは

ショスタコーヴィチ コンロン編 歌劇「ムツェスク郡のマクベス夫人」

このメロディ、シンフォニーでも聴いたような気がするとか思いながら聴いていた場面もあったけれど 何番のシンフォニーとか気づかずに終わってしまった。

ただイメージとして 音がおどけたように快活に転がるところでは交響曲第9番を、また、荒涼とした情景が目に浮かぶような曲想の場面では交響曲第11番を思い浮かべることが多かった。

そして交響曲11番は標題音楽だし、交響曲第9番は多分にパロディの要素があるであろう、ということに思いが至る。

何となくそのような点で「ムツェスク郡のマクベス夫人」と共通点があるように思える。

そして15曲のショスタコーヴィチのシンフォニーの中で9番と11番ってそういえば CDで聴く回数が僕にとっては結構多かったなとか そんなことを思いながら演奏を聴いていた。

歌劇の音楽なのでシンフォニーに比べるといろんな楽想が次々と出てきて、その意味では楽しかったけれど 逆に 次々いろいろ出てきてせわしないなと思うこともあった。

できればシンフォニーを聴きたかったような気がするけれど コンサート後半の40分くらいの時間で演奏できるショスタコーヴィチのシンフォニーとなると結局5番ということになってしまいそうだし、今まで聴いたことのないショスタコーヴィチの曲をコンサートで聴けてよかったなと思った。

この曲もオーケストラはかなりの熱演だったと思う。

演奏会が終わって外に出ると まあ 蒸し暑いこと、いよいよ本格的に暑いシーズンだなと思う。

後日談だけれど、演奏会が終わって何日かして クラシックにあまり興味のない人にコンサートに行った話をしたら、その人が「チャイコフスキーって何んかいいよね どうしてかなあ」と僕に言った。

普段クラシックをあまり聴かない人にどういったらいいかわからなかったので とっさに「チャイコフスキーの音楽はロシア民謡の要素が多分に織り込まれているし、ロシア民謡はメランコリックだし、そういう雰囲気がチャイコフスキーの魅力だと思う、そして たぶんそれはショスタコーヴィチにも言えること」と答えた。

そして 後になって その答えでよかっただろうか と自問自答してみた。

考えてみればチャイコフスキーのピアノコンチェルト第一番の第三楽章は、ほとんどロシアダンスの雰囲気だし まあ あたらずとも遠からずかと思った。

でも ロシアの音楽や そして文学がすごいのは(文学はあまり読んでないけど) やはり昔から農奴問題とか厳しい気候とか 人権抑圧とか 戦争とか 要はしんどい目をロシアの人はしているから そのことが大きな理由の一つなのだと思う。

それはともかくいちにち いちにち 無事に過ごせますように それを第一に願っていきたい。







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