ケンのブログ

日々の雑感や日記

もう30年

2025年01月17日 | 日記
1月10日は朝 マンションの駐車場に雪が積もっていた。

自動車を出そうとするとスリップする。

これはあかん 無理しない方がいいと思って自動車を出すのをやめた。

ネットでニュースを見ると行き先の僕の実家のある町は大雪警報になっている。

自動車を出さなくてよかった。

自動車がスリップしたことで運転を自粛することができて本当にちょっとした難が今回は逆に安全につながってよかった。

テレビやラジオを日常的に視聴する人には信じられないことかもしれないけれど、
僕はテレビを昔からほとんど見ないので気象情報にも疎い。

阪神大震災は朝の5時台に来たけれど、すごいゆれだったので布団を頭までかぶって念仏を唱えていたけれど ゆれが終わると二度寝してしまった。

当時会社は10時始業だったので9時10分にアパートの最寄り駅発の電車に乗れば十分間に合った。

8時半ころ起きて9時に駅に行くと駅のシャッターが閉まっていた。

ええ ひょっとして地震で電車が止まったのかと思いアパートに帰ってきてテレビをつけると横倒しになった阪神高速道路 黒い煙が上がる神戸市長田区の様子がテレビに映っていた。

それで初めて被害の甚大さを知った。

あれからもう30年になるのだなと思う。

いちにちいちにち無事に過ごせますように それを第一に願っていきたい。







寒い季節

2025年01月10日 | 日記
昨日の午後、名古屋市内を歩いて、風が強く、かなり寒いと感じる。

名古屋で寒い風に当たると「伊吹おろし」という言葉を思い浮かべる。

冬に濃尾平野に吹く寒く乾いた北西からの季節風。

風が北西からどうかは歩いていてもわからなかったけれど 伊吹おろしかなと思う。

名古屋にあった旧制第八高等学校の寮歌のタイトルでもある。

マンションに帰ってくると気温が0度となっている。

やはり寒いなと思う。

一年で最も寒い季節だなと思う。

それはともかくいちにちいちにち無事に過ごせますようにそれを第一に願っていきたい。

表向きは標準語だけど

2024年12月15日 | 日記
名古屋の国際交流のイベントに行った。

国際交流の映画を見てそれからパネリストのトークを聴くという趣向のイベントだった。

パネリストの一人は国際交流関係の財団法人の代表理事の方だった。

その方の言葉は表面上は東京の言葉、あるいは名古屋の言葉と思われるような言葉遣いだった。

でも話の運び方がなんとなく 東京や名古屋の人とは違う。

つかみのところで 「私は 東南アジアの人相手に貸しビデオ屋さんをしていましたが、今では随分、すごい人になりました」と言う感じのことをおっしゃったので、ええ、それって関西のノリだと思った。

でも名古屋ではそこでそんなに笑いはでない というかほとんど出ない。

「貸しビデオ屋さんをやってた時は 外人の人もたとえビデオと関係ない個人的な相談でも 『どうしてそんな風なんですか』という感じで電話がかかってきていましたが、外国人のための公的な相談窓口では 『先生 相談したいことがあるのですが』という感じで電話がかかってきます。やはり外国人の方も貸しビデオ屋にはこちらが金を払っていると思うから お客さんの立場でものをいってくるけれど 公的な相談だと かしこまってしまうんですねえ」という主旨の話を聴いた時にはいい話だなあと思った。

同時に これはもう完全に関西のノリだと思った。

それで ちょっと椅子の下に置いておいたイベントのしおりを見るとこの代表理事の方は 伊丹市出身となっている。

やっぱりなあと思った。

僕も言葉の表面上は東京に合わせているように見えてもそれはエセ東京弁で中身は関西となんとなくわかるほど長く関西にいたんだなあと思った。

一回それに気づくともう関西のノリに気付くことの連続だった。

「私たちが簡単な日本語を話すのも大切ですが 外国人のブロークンジャパニーズになれることも大切です。先日ある会社に電話をかけましたら外国人の方が出られて 『課長はいま席がはずれております』とおっしゃってましたが、日本人ならそれで何を言いたいかわかるじゃないですか。そこで理解することが大切です」という主旨の話を聴いた時にはいい話だと思った。そして関西だとも思った。

「パキスタンの女の子のお父さんは、『もう女の子だから中学卒業したら学校は行かなくていいです』 と言うんです。私はそれには抗う(あらがう)べきだと思います」
ああ、イスラムの神アッラーとあらがうをかけた親父ギャクだなと思いつつも なんだか名古屋の親父ギャクとはちょっと違うと思った。

あらがう アッラー パキスタンを結び付けないと面白さがわからないところが奥ゆかしくて関西らしい。

寒う と突っ込まれる危険性もいっぱいのギャグだけれどそういう危険性もいいような気がする。

でも 結局はやさしい方だったなと思う。

関西人なのに表向きは標準語を話されるのもやさしさのひとつのような気がした。

関西弁は関西以外の人には威圧的に思える場合もあるから、、、。

やさしい方だから 国際交流の多様性に配慮のある社会づくりの仕事に入っていかれたような気がする。

あれこれ考えていて結局はその人が培ってきた人柄だなと思うことが多い。

それはともかく いちにち いちにち 無事に過ごせますように、それを第一に願っていきたい。






屈むと上がります

2024年12月01日 | 日記
ジーンズのお尻のところがだんだん薄くなってきてとうとう破れてしまった。

それで、ユニクロに新しいジーンズを買いに行く。

結局、破れたジーンズと同じ型、同じ色のものを選ぶ。

試着室で試着。

サイズは問題ない。

丈はつめなければならない。

はいているスニーカーをチェックするとスニーカーの上のラインはくるぶしの
丁度下を通っている。

ということは、くるぶしの丁度センターまで来るように丈を詰めればいいかとその場で決める。

隣の試着室ボックスで女性がやはり丈詰めの話をスタッフの女性としている。

その声が途切れたタイミングで ちょっと試着室のカーテンを開けてスタッフに声をかける。

「僕も丈詰めお願いします。順番が来たら声かけてください」と僕。

「あ もう大丈夫です」とスタッフの方。

「くるぶしの真ん中あたりで丈詰めお願いします」と僕。

スタッフの方はくるぶしの上あたりまでジーンズを詰めて安全ピンでとめる。

「いかがですか」とスタッフ。

僕は屈んで丈の下限を指で確かめ 
「もう気持ち下でお願いします」と言った。

「お客様、屈むと丈があがりますので向こうの鏡を見てください」とスタッフの方。

それで鏡を見るとなるほどちょうどくるぶしのセンターあたりに丈の下限が来ている。

丁度 いい感じになっている。

それで僕はもう一度屈んで丈の下限を指さして
「じゃあ ここでお願いします」と言った。

「お客様 屈むと丈は上がりますので」とスタッフの方。

「そうでしたね」と僕。

話しはかみ合わなかったけど 手際よくやっていただけてよかった。

いちにち いちにち 無事過ごせますように それを第一に願っていきたい。



寒くなってきた

2024年11月21日 | 日記
だんだん寒さが本格化してきた。

シャワーを浴びて浴室を出ると身体が震えて電気ストーブにあたりたくなる。

いよいよ冬だなと思う。

マフラーも洗濯して去年覚えたミラノ巻をしようと思ってもできない。

春夏秋の間に忘れてしまった。

ネットの動画を見たら思い出した。

一度、覚えたことは見たら割とすぐに思い出すようだ。

そろそろ自動車の冬タイヤへの交換も予約を申し込まなければと思う。

昼間に空を見ていて「紺碧の空ってこういうことかね」と母が言う 「そうね」と僕。

秋から初冬にかけては確かに晴れると青空が澄み渡るイメージがある。

早稲田の応援歌 紺碧の空の歌詞は 「紺碧の空 仰ぐ日輪」で始まる。

要するに 青く晴れた空に 太陽を仰ぐということだけれど いい歌詞だなと思う。

日本の神様は天照大御神様が太陽神だし 日輪も太陽神 天照大神と日輪はどうちがうのか 僕の知識ではわからないけれど 太陽を拝むという感覚 最近の私たちにはなくなってしまったなとおもう。

けれど 大切な感覚のような気がする。


大阪のある音大の先生が古関裕而さんに言及して「古関さんは六甲おろし作曲したから言うて阪神ファンや思ったら大間違いでっせ、ちゃっかり巨人の応援歌も作ってまっせ」とある市民講座で笑いを取っておられた。

確かに巨人の応援歌「闘魂込めて」も古関裕而作曲となっている、そして早稲田の応援歌も古関さん。夏の甲子園の大会歌「栄冠は君に輝く」もそう。

もう日本のおいしいところを全部持って行ってしまっておられるような気がする。

これだけおいしい仕事のオファーがもらえるということは実力と人柄、両方兼ね備えておられるのだろうか。

いずれにしても、よほどの信頼を得ていなければこれだけいろんなところからオファーは来ないような気もする。

僕は古関裕而さんと誕生日が同じなのであやかりたいと思うのだけれどおいしい仕事のオファーってきたことがない気がする。

やはり実力の違いかとがっかりするけれど、これからの人生、いいことあるかもしれないと淡い期待ももつようにしよう。

期待を持ちすぎるとはずれたときガクッと来るので無欲が一番なのだろうけれど、、、。

それはともかく いちにち いちにち 無事に過ごせますように それを第一に願っていきたい。