ケンのブログ

日々の雑感や日記

コロナウイルスの影響

2020年02月28日 | 日記
昨日電話がなったので出たらコンサートホールからの電話で明日のコンサートが中止になるとのことだった。

もう電話のオペレーターの方はコンサートが中止になったことだけ伝えれば早々に電話を切りたいような雰囲気だった。

まあ、理由は聞かなくても折からのコロナウイルスの感染拡大のためであることはわかる。払い戻し方法はホームページでとおっしゃったのでハイわかりましたと電話を切った。しつこくしたら迷惑と思った。

それは千人を超えるお客に電話をしなければならないのでいちいちどうして中止になったの 払い戻しはどうすればいいの という問に答えていたら電話の数がさばけなくなってしまう。中止であることと払い戻し方法はホームページでという説明で電話を切ることができればそれに越したことはない。

お年寄りなどネットがつながらない人にはちゃんと説明しなくてはならないのでそのために早く切れる電話は早く切って時間を確保しなければならない。本当に大変なことと思う。

ここのコンサートホールから来た案内のはがきに返信には64円の切手をお貼りくださいと書いてあったことがある。

3箇所くらいに64円と書いてあった。おかしいな、はがきは63円のはずだったけれど64円か?なんか特殊な事情があるのかもと思っていたらコンサートホールからの案内一式にA4サイズの大きな誤植訂正表が入っていて正しくは63円切手です。

誠に恐れ入りますが64円をお貼りになっても返金はいたしかねますのでご理解のほどお願いしますとかいてあった。

ホールの職員の方には本当にこういう書き方をして申し訳ないけれど その一連の誤植を見たとき僕はしょぼいなと思った。金額の誤植は一番やってはいけないこと。

それなのに64円という文字が三箇所くらいに書いてある。三箇所もあって一箇所も気づかないなんてそもそも校正をしていないか、校正以前の問題として原稿がすでに誤っているということ。

ようするにそういうチェック体制が甘いということがお客にバレバレになってしまう。裏をかえせばホールも人手不足。非正規の労働の方に依存している部分が多いと想像した。

そんな中でのコンサート中止の電話。大変なことと思う。電話はそんなに多くの数がいて勤務時間内にかけていたらつながらない人も当然出てくる。会場まで知らずにやってきてクレームを言ってくる人などのことを考えていたら本当にしんどいなと思う。

しかし、コンサートホールって写真を撮るだけで係員が注意してきたとネットに不満を書いている人もいるのでそういうクレームが出る可能性もあるように思う。

そんなふうに思っていたら、今、僕がお世話になっている歌声クラブの先生からもお電話。3月は歌声クラブの開催をキャンセルするとのことだった。

もうキャンセルするなら3月の分は全部というふうに一思いにキャンセルしないと、そのたびごとに電話をしていたのではきりがなくなってしまうと思った。本当にこういう催しの運営は大変であると感じる。

それにしても久しぶりに北欧のオーケストラでシベリウスを聴く機会を逸して、歌声クラブにもしばらく行けないのは残念だなと思う。こればかりは伝染病の折だから仕方ないけれど。強硬に開催して何かあっても僕に責任が取れるわけでなし、、、。

こちらはコロナウイルスのためというより、たぶん今は期末テストのシーズンだからだと思う。
お昼くらいの時間帯に駅から高校生の子がたくさん電車に乗ってくる。高校生の女の子が一列ズラッと座席に座っているのを見ると「鬼も十八 番茶も出花」という上方かるたの言葉を思い出す。

鬼も十八だからどんな鬼のような顔の子でも十八のときはきれいという意味だろうけれど、もっと話を一般化すれば十八の女性はみな美しいということだと思う。

本当に僕の年齢になると女性は若ければ美しいとは思わないけれど、少なくともフレッシュな美しさということにかけては本当に鬼も十八だなとしみじみと思う。

さだまさしさんがあるコンサートの語りで「女性は最初はおしとやかでもだんだん象のように増幅して大きくなってきますからね」と言っていた。

十八の子の中で人生にもまれるうちに鬼のようになったり、象のように増幅してしまう子が一人でも少ないことを心より祈りたいと思う。

風邪引いてよ

2020年02月26日 | 日記
僕がとっている新聞のコラムにこんな文章が書いてある。

‘’夏目漱石の小説「門」にいまでは耳にしなくなったせいで、意味をつかみ損ねるセリフがある。縁側でごろ寝する亭主に細君が言う。「風邪引いてよ」

「てよ」は明治の後半に広まった女性言葉だという。細君は「風邪を引きなさい」と言ったのではむろんない。「風邪を引いてしまいますよ」という心配の言である。そういえば小津安二郎の映画で原節子がこんな言葉遣いをしていたように思う。品のあるよき日本語の一つだろう。‘’

この文章は折からのコロナウイルス感染症の流行と結びつけて書かれている。今はおちおち風邪も引けないと。

この文章を書いたのはあるいは僕より年下の方かもしれない。僕だったら縁側でごろ寝する亭主に細君がかける言葉と文脈がわかっていれば 「風邪引いてよ」の意味を取り違えることはないと思う。実際に聞き覚えのある表現だから。もちろん聞かなくなってから久しい表現でもあるけれど。

「食べたらちゃんと食器流しのとこへ持って行っといてよ」というときの「てよ」と「そんなところでごろ寝してたら風邪引いてよ」というときの「てよ」ではイントネーション、語気が違う。

僕の世代だと前者の用例、命令・依頼の「てよ」と後者の用例、気遣いの「てよ」のイントネーションの違いはありありと心に浮かぶ。

コラムの筆者が小津安二郎映画で原節子さんがこのような言葉遣いをしていたと例にあげているのはそのイントネーションが美しいから印象に残っているということもあるのではないかと想像する。

本当に小津安二郎さんの映画の登場人物はセリフのイントネーションが美しかったなと思う。

小津安二郎さんの「東京物語」という映画で笠智衆さんと東山千栄子さんが原節子さんに語りかける「ありがとう」という言葉のイントネーションは「ありがとう」が最も美しく聴こえる用例であり、また、僕にとって「ありがとう」という言葉の響きの原風景であるように思う。

それにしてもあの頃の女優が映画で着ている洋服は「お洋裁」でこさえた衣服という感じで本当に今の時代にはない美しさがあるなと思う。



力士マスク姿で大阪入り

2020年02月25日 | 日記
昨日の新聞に「マスク姿大阪入り」という見出しで新幹線の新大阪駅に降り立つ力士たちの写真が出ていた。見ると写真に映っている全員がマスクをしている。

ところがそれを見るとなんとなくみんな新聞の写真撮影を意識して親方に言われて急いでマスクをしましたという感じになっている。それがまた微笑ましい。

そして今日、隣の街の駅のコンコースを二人で歩いている力士を見つけた。急ぎ足で力士を追い越して振り返ると力士は二人ともマスクをしていなかった。

まあそんなものだと思う。力士がずっとマスクをしていたら息が詰まってしまうような気がする。でも新幹線ではちゃんとマスクをしていてみんな偉いなと思う。ちゃんと気をつけていますという宣伝にもなるし、、、。

お客さんに来てもわわなければ力士も生活が成り立たないし。春場所が無事に始まりそして終わりますように。

昔、 北の湖が大きい体して、こわごわ献血していたことを思い出す。北の湖は注射が嫌いなのだとか。アナウンサーにマイクを向けられると「これはお互い様ですから」としかめ面をして話していた。お互い様というところが北の湖らしい。マスクや献血などの啓発活動も力士の役割の一つであるように思う。

ネットバンキング

2020年02月24日 | 日記
ネットバンクのシステムにトラブルがあったというようなことが新聞に出ていた。
インターネット上での金銭のやりとりは本当に何かと心配なことが多いと思う。

2016年ころネットバンキングのパスワードを3回くらい誤入力したら
システムが使えなくなってしまったので怖くなってネットバンキングをやめた。


僕はアマゾンのアカウントを持っている。
以前はアマゾンをよく利用して近くのコンビニを支払いと荷物の
受け取り場所にしていた。

ところが2016年ころからちょっとアマゾンをパタッと使わなくなってしまった。
かれこれ4年近くアマゾンを使っていない。

そんな矢先、僕の携帯にアマゾンからメールが届いた。

僕は携帯のメールに関して、電話帳に登録していないアドレスからのメールは
一様に迷惑メールホルダーに入るように設定している。

迷惑メールが多いのでそのようにして自衛している。
ところがそのアマゾンからのメールはメインのホルダーに入ったので
アマゾンからのメールだと思った。

見るとアマゾンの利用がしばらくないのでこのまま放置すると
利用できなくなる。と僕の個人情報などをしかるべきところに
入力するように要求してきている。

アマゾンはしばらく利用していないし
メインホルダーに入ったメールだし。
本物かなと思った。

でもちょっとおかしいなと思ってアマゾンのカスタマーセンターに電話した。

ちょっと東南アジアのなまりのあるオペレーターの方が電話の応対をされた。

少し話してみるとマニュアルを超えた会話になると
ちょっと日本語がおぼつかないような感じだった。

それでできるだけわかりやすい表現をしなければと思い
そのメールが届いた日時をオペレーターの方に伝えた。

するとオペレーターの方が調べてくださって
その時間にアマゾンからメールはお客様に発信していない。
ということを教えてくださった。

商品を発注していないのにアマゾンからメールが来て
個人情報を聞き出そうとするのは偽メールだと思ってほしいとアドバイスを受けた。

本当にメールアドレスまで迷惑メールホルダーではなく
メインのホルダーに入るように本物を偽装してあって
あやうくひっかかりそうになるところだった。

僕はときどき偽メールもあえて開いてみてその文章の特徴などに
なれるようにつとめている。

一つの文章を不特定多数の人に使いまわしできるような書き方だったら
怪しいというのが僕の経験則だ。

それでもやっぱり泡を食うとひっかかるなと思う。

クレジットカードの期限切れ、24時間以内に連絡がないと
失効しますなどのメールも来る。

それはそもそもクレジットカードを僕は今持っていないから
ひっかかることはない。

しかし偽メールってきっと何万、何百万と送って
一人が二人引っかかればいいという認識で送っているような気がする。

僕は大丈夫と思っていてもなんだかちょっと心配。

アプリをダウンロードするときも規約に同意というのは
読んでいると時間が掛かるし規約の文章って
読んでもややこしいし
同意しないとダウンロードが先に進まないし。

もうほとんどルーチンで同意するにチェックを入れている。
無事であることを祈るばかりだ。

天皇誕生日

2020年02月23日 | 音楽
今日は天皇誕生日。自分と同じ年代の天皇陛下の誕生日ということで、そして新しい時代の天皇陛下の誕生日ということで、なんとなく嬉しく思う。

大阪の北ターミナル近くの道を歩いていたら右翼の街宣車が来ておじいさんが「なんやあれ」と言ったら、奥さんと思しき人が「今日は天皇誕生日だから」と言った。「そうか」とおじいさんは言った。

年を取ると祝日などにも鈍感になると思う。とくにその日だからやすみというわけではないだろうし。

今朝の新聞に天皇陛下今日60才と見出しが出ていた。天皇誕生日は前から意識していたけれど今日が60歳のお誕生日というのは意識から抜けていた。
もう60歳になられるかと思った。

新聞には陛下が60歳ということに言及して「もう還暦ではなくまだ還暦という思いでおります」と大相撲初場所で優勝した徳勝龍関を引き合いに出されたと書いてある。

徳勝龍関は初場所の優勝インタビューで「もう33歳じゃなくてまだ33歳と思ってがんばります」と年齢についてたずねられたとき答えたので、そのことを新聞の記事は言っていると思う。

優勝力士を引き立てるような形でユーモアを込められるところがお人柄というか陛下は若い頃とお変わりになっていないなと思う。

ところで2月23日はシンガーソングライター中島みゆきさんの誕生日でもある。

みゆきさんの作品で「後悔」という歌がある。
歌詞を見るとつき合っていた人に自分の思いを伝えなかったことを後悔する歌になっている。
歌詞はつき合っていた人が外国へ旅立つフライトの時間を思い浮かべる場面のものだ。

その歌詞にこんなくだりがある。

‘’泣くほどの子供じゃなかった
ひきとめるほどの自信もなかった
諦めることに慣れたふりして 何を守ろうとしてみたの‘’


この3行の中で
ひきとめるほどの自信もなかった
という言葉に一番心を打たれる。

自信がなかったと正直に自分の心の内面を見つめていること
自分の心に正直に向き合う一文が入っていること
それがこの歌の歌詞をより深みのあるものにしている。

諦めることになれたふりして 何を守ろうとしてみたの
と少しかっこつけた自分に対する照れが入っているのも泣かせるなと思う。

しかし、自信がなかったと正直に認めることで
それは時間とともにしっかりとした諦めになりうる。
あのときは自信がなかったんだ。仕方がないと。
そこが、みゆきさんの歌詞はすばらしい。

自分を正面から見つめ、自信がなかったことを素直に認め
それでいてちょっと照れてみる余裕もある。

おなじ歌詞の二番にはこのようなフレーズがある。

‘’大切なことはいつだって いちばん後に気がつく‘’

大切なことに気づくのが遅かったと後悔しているようにもみえるけれど
いちばん後にでも大切なことに気づけば別れた人や自分を恨まなくてすむ。

遅かったとは言え大切なことには気づいたのだから。

ネガティブなことを歌っているようで結局はポジティブ。
そこが、すごいなと思う。


こういう歌詞がかけるのももちろん才能や努力もあるけれど
結局は人柄だなと思う。