ケンのブログ

日々の雑感や日記

中国の人

2023年10月29日 | 日記
先日 日本への留学生を応援する集まりに行った。

ある 庭園に行ったとき 中国人の学生が 庭園の係の人に紅葉の時期などを聞いていた。

それで「紅葉には興味ありますか」と僕がたずねると彼は「子供を連れてくるのにいいかなと思って」と言った。

家族思いの優しい人だなと思った。そして この人は家族連れで留学してるのかと思った。

「家族と一緒に留学とは大変ですね」と僕は言った。

彼は ちょっとその言葉には 同意しかねるという表情だった。

それで僕は「大変という言い方がよくない。家族がいるから頑張れると言った方がいいですね」と言った。

すると彼は「でも自由がない」と言った。

日本人でも中国人でも面白い人は面白いなと思う。

それはともかく 一日いちにち 無事に過ごせますように それを第一に願っていきたい。


京都市交響楽団定期演奏会を聴きに行く。

2023年10月16日 | 音楽
10月14日は京都コンサートホールに京都市交響楽団第683回定期演奏会を聴きに行った。

指揮は太田弦さん

最初に演奏されたのは

ラベル スペイン狂詩曲

終曲 祭りを聴いていて スペインということも思ったけれど 何となく 地中海 というイメージが心に浮かんできた。

ヨーロッパの地中海に面した地域というのは こんなイメージではないかと心の中で想像していた時間が あった。

といっても 地中海って見たことないから 過去にきいた音楽などから僕が勝手に作ったイメージだけれど、、、。


いい演奏だったけれど 時折 弦楽器の響きがもう少し豊饒なものであれば、、、と考えていた時間があった。

次に演奏されたのがピアノ アレクサンドル タローさんで

ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調

ジャズ的な要素の 強い曲だと 生演奏を聴いて 改めて思った。

けれど 演奏も なんとなく ジャズ的な要素の強いものだと感じた。

ピアノのアレクサンドル タローさんはアンコールを二曲演奏してくださった。

一曲は 知らない曲 二曲目も知らない曲だったけれど 聴けば エリックサティに違いないと感じられる曲だった。

ジャズ的な ピアノ協奏曲の後に 演奏されたせいも 多分にあると思うけれど クラシックの演奏を聴いているというよりも クラシック ジャズなどいろんな ジャンルにまたがった 多彩な演奏を聴いているというイメージだった。

多分に 僕の 主観的なものだけれど 聴いていて ピアノを演奏する方の よって立つ基盤はどこにあるのか というのが ちょっとわかりづらいな と思った。

単に 好きかどうか ということであれば 僕にとっては ちょっと 範疇不明の 演奏で わかりづらいな と感じた。

20年か30年くらい前に キースジャレットの演奏する ショスタコーヴィチの24の前奏曲とフーガのCDを楽しみにして 買ってきたけれど 聴いてみると 僕にとっては 少なくともクラシック音楽の専門家の演奏ではないという感じがする範疇不明の演奏で よくわからないな と感じたときのことを 心の中でなんとなく思い出していた。

20分の休憩をはさんで次に演奏されたのが

武満徹 波の盆

武満徹の音楽を聴いて 初めて 心から 楽しいと思った。

弦楽器の音を聴いていて マーラー交響曲第五番のアダージェットを心の中に思い浮かべた場面が何度かあった。

テレビドラマの音楽のようだなと思っていた時間もかなりあったけれど 家に帰ってきてプログラムの解説を読んだらもともとテレビドラマの音楽として作曲されたものを演奏会用組曲にしたもの という主旨のことが書いてあった。

それで 楽しいと感じられたのかもしれない。

最後に尾高尚忠の交響曲第一番が演奏された。

プログラムに第二楽章は 2005年に楽譜が発見され ほんのわずかの補筆を行った後に2006年外山雄三指揮NHK交響楽団によって世界初演されたと書いてある。

この書き方だと補筆をされたのは たぶん 外山雄三さんと思われるから 先般亡くなられた外山雄三さんのことも思い出して少しジーンときた。
僕には記憶が連鎖するくせがあって 外山雄三さんと書いて まだ20歳代のころだったと思うけれど 知り合いのおじさんに 名古屋のホテルで 和食をおごってもらったときに そのお店に 外山雄三さんが きていたけれど とても日本を代表する指揮者という感じではなくて ごく普通の 紳士風の方が 食事をしている という感じで ちょっと感心してしまったことを思い出す。


さて その尾高尚忠 交響曲第一番の演奏中、リヒャルトシュトラウス 特に 英雄の生涯を 心に思い浮かべて聴いていた 場面があった。

曲の冒頭で 指揮者が 腕を振り上げたとき ああ これは 大きな音が出てくるな と思ったら やはり 大きな 音が出てきた。

そのさまを見て 最近 指揮者よりも オーケストラのプレイヤーを見ていることが多い僕だけれどなぜか 指揮者に 注目してしまった。

先月 沖澤のどかさんの しなやかな 動きを見た後で 指揮者の動きを眺めると 力をためて はきだす という イメージが 強いな と思った場面が何度か あった。

しかし やたら 指揮台でダンスをしたりとか そういう 変な? 癖がないな 安定した 指揮ぶりだなと思った。

そして 指揮の気も よくオーケストラに伝わっていると感じた。

将来 この人なら 安心して聴ける というタイプの指揮者に なられるのではないだろうか と思って演奏を聴いている 場面が何度かあった。

いい演奏会だった。

演奏会が引けて 四条まで戻ってきて 牛丼のチェーン店に入って店員さんに

「ウエットティッシュありますか」と僕が言ったら 

「これです」 と普通の紙ナプキンを店員さんは僕に見せた。 

「ああ ドライですか」 と僕が言ったら

店員さんはちょっとためらって 「はい ドライです」と言った。

「それなら 結構です」 と僕は言った。 

帰りしなにその店員さんが 大きな声で 「ありがとうございました」 と言ってくれた。

ひょっとしたら ドライ が受けたのかも知れないと思った。

それはともかく いちにち いちにち 無事でありますようにそれを第一に願っていきたい。






時代は過ぎていく

2023年10月07日 | 日記
原辰徳さんが ジャイアンツの監督を辞められると新聞に出ている。

65歳という原さんの年齢を考えると 再登板は考えにくく 実質 これで最後になりそうとも書いてある。

まあ そうだろうな と思う。

1995年の 9月。 もう記憶が薄れてしまったけれど 阪神にとっては優勝の可能性がなくなった消化試合の季節だったと思う。

甲子園球場で 巨人阪神のナイトゲームを見た。

その試合で 見た原辰徳選手の最終打席は たぶん サードフライだったと思う。

レフトのアルプススタンドと内野席の間くらいにある 照明灯の 近くで 野手がそのフライをキャッチしたのを 妙に覚えている。

いかにも 凡退するときの原選手 という感じの 滞空時間の長いフライだった。

滞空時間は長くても ボールは 遠くへは飛んでいかない。

そんな 凡退のシーンだった。

記憶にあまり 自信はないけれど たぶん それが 甲子園球場での 原辰徳選手の現役最後の打席だったような気がする。

これが ホームランとかだったら 今どき ネットで 調べれば 記録が出てくるだろうから 記憶の不備を それで補うことができるけれど サードフライの記録までは ネットで検索したくらいでは 出てこない。

それこそ しかるべき 事務所に出向いて スコアブックとか 公式記録を閲覧するとかしなければ 確かめられないことのような気がする。

でも たぶん あれが 原選手の 甲子園 最後の打席だったような気がする。

原選手の 凡打を見て ああ ひとつの時代が終わったんだなと思った。
そして あの 甲子園球場でも 三塁側には ジャイアンツのカラーである オレンジで身を固めたファンもいて そのことも 妙に記憶に残っている。

それから 数日して 原選手の引退セレモニーをテレビで見た母は
「野球のことは わからんけど あれは やってきた男の顔やと思った」と言った。

何をやってきなのかは わからないけれど。

そして 新聞で 原監督の引退の挨拶風景の写真を見たとき 原辰徳さんに対する 好き 嫌いは ともかくとして やっぱり 僕も これは やってきた人の顔だな と思った。

なんとなく そんな気がする。

阪神の 岡田監督は 原監督と年齢も近い。

記者に原監督との 想い出は と聞かれて
「そんなもん ないわ」と答えられたとスポーツ新聞のサイトに書いてあった。

ちょっとかっこつけて ぶっきらぼうに 言いすぎかな とも思ったけれど なぜか そのぶっきらぼうな 言い方に ジーンときた。

でも もう少し 言い方があるのではないかと思って ちょっと調べたら 「想い出、そんなもんないわ」という発言は 帰りのバスに乗り込むときの発言らしい。

正式な 場所で 聞かれたら 岡田監督もそんな 想い出なんて ない という答えはしなかったと思うけれど とっさに バスに乗るところを記者にぶら下がって 聞かれたら それは へたなことを しゃべらないためにも 「そんなもん ないわ」となってしまうと思う。

そんなことを 考えながら ネットで 岡田監督の今年の甲子園球場での優勝インタビューを見た。

それを見ると いかにも 大阪人らしい 発想 言い回しでは あるけれど、 その中に 周りのみんなへの 感謝を入れたり 選手をほめながらも うかれすぎないように 慎重に言葉を選んだり セリーグの優勝は あれ と言っていたけれど まだ 日本一をどういうかは 決めてないから いい言葉があったら 教えてほしい など とにかく 失言をしないように いらないことを しゃべらないように とても 注意を払いながらインタビューを受けているように見える。

最近 大阪人というと 政治家など どちらかというと 炎上商法的なことも やっている人が 目立っているような 気がするけれど 岡田監督のように よけいなことをしゃべらないように 慎重に構えながら なおかつ 大阪らしい人が こういう時に スポットを浴びるのは いいことのような気がする。

大阪にも こういう人がいるんだよ ということが わかって。

そして これが 本当の大阪らしさかもしれないと 思ったりして。

ドリカムの「あなたのように」という歌の歌詞にこんな くだりがある。

“”口数は少なくて 多分に漏れず頑固で
いつでも控えめて 笑うとかわいくて“”

岡田監督が インタビューに答える姿を見ていると そんな 歌の歌詞を思い出したりする、、、。

それは ともかく いちにち いちにち 無事に過ごせますように それを第一に願っていきたい。








状況によって気持ちが変わる

2023年10月04日 | 日記
コンビニでおにぎりを買ったとき レジに紙おしぼりがおいてあった。「この紙おしぼりいいただきます」と僕が言うと 返事が返ってこない。

それで レジの女性をちらっと見ると スマホのような端末をいじっている。

私用でスマホを見ているわけではなく あくまでスマホのような端末で 在庫管理の状況を見ているという感じだった。

でも 返事が返ってこない 要するに 無視ということなのだけれと デジタル端末に目をやりながらの 無視って やはり感じ悪いなと思う。

たぶん そこの コンビニは 店員の前で自動支払機を使うシステムなので 店員の方は 僕が 支払いにもたついている間に 少しでも 在庫管理の仕事を進めておきたかったのだと思う。

このことには 伏線があって その 10分くらい前に 僕が ピーナッツを買おうとしたとき その女性は 棚の整理をしていて 後輩の男の子に 「レジ お願い」と言っていた。

それで ああ 在庫管理が忙しいんだなとピンときた。

でも 在庫管理に追われて 自動支払機で 客が 支払っている間に 端末に目をやっていて 客を無視というのは ちょっと やっぱり むっと来てしまう。

別のコンビニには ベトナム人の店員さんがいて その 店員さんは 僕が支払い機にお金を入れ始めると 僕のことを ほっておいて 商品の 棚の方に行ってしまう。

なぜか 同じ ほっておかれても こういう場合は 僕のことを 信用してくれているから お金の支払いは まかせて 自分は棚の整理をやりにいく という感じで 逆にその店員さんのことが好きになってしまったりする。

同じ 無視 放置 でも やっぱり とっさに 心に浮かぶ 感情というのは そのときの状況によって異なってくるものだなと思う。

それは ともかく 一日 いちにち 無事にすごせますように それを第一に願っていきたい。