ケンのブログ

日々の雑感や日記

今年も終わりに近づいて

2022年12月31日 | 日記歌入り
日付が変わって 今年最後の日になってしまった。

早いなと思う。そして寒いなと思う。

12月29日の読売新聞に 福知山線の脱線事故の教訓 と言うことが書いてある。

2005年の事故だから 阪神大震災の10年後ということになる。

僕は 当時 関西に住んでいて あの 事故の映像や写真をテレビや新聞で見て、阪神大震災に匹敵するくらいのショックを受けた。

壊れた ビルの数は 阪神大震災にはるかに及ばないけれど 壊れた ビルや脱線した電車の無残さは阪神大震災のショックに匹敵すると感じた。

それに 僕が 忘れられないのは その事故が 起きたのは 当時 僕の 身近におられた人の誕生日だった。

さて その 福知山線の脱線事故の教訓としてJR西日本は 「判断に迷ったときはもっとも安全と認められる行動をとらなければならない」という安全憲章を事故の翌年に定めたという。

「判断に迷ったときにはもっとも安全と認められる行動をとらなければならない」

運輸業や 自動車の運転などに限らず いろんな 場面で もっとも 安全な行動をとる という判断基準は たいせつなのではないかと思う。

昔 工事現場には お決まりのように 安全第一 という標語がでかでかと かかげられていたし。

しばしば 最も安全 ということを 忘れがちな 僕だけれど とっさの 判断に 迷ったときに 思い出したい言葉だなと 思う。

それは ともかく いちにち いちにち 無事にすごせますように それを第一に願っていきたい。




きびしい寒さ

2022年12月29日 | 日記
ここ数日の寒波は 本当に厳しいと思います。

大阪から 犬山市に引っ越してきて どうも こちらのほうが寒いことに昨年気づきました。

それで 今年は 電気ストーブを買って 暖房を 増強したのですが それでも ここ数日は 寒いと感じます。

自動車の フロントグラスの 凍結も 大阪では あまり経験したことがなく こちらは かなりの頻度で 凍結が あるのだと 昨年気づきました。

昨年は 凍結すると 雑巾で ごしごし こすっていましたが 手が冷たくて かなり 難儀だな と思っていました。

ネットでいろいろ調べると ガラコを塗っておくと 凍結が防げるという 内容のことが 書いてあるサイトがありました。

実際に塗ってみると 凍結しないか もしくは 凍結しても シャーベット状の凍結なので ワイパーを回すか 雑巾でかるく ぬぐう程度で 凍結が 落ちてしまうようです。

今のところは ガラコの 効果が確認できています。

もっと寒くなったら どうなるか わかりませんが これが 寒さの マックスであると祈りたいです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
柚月裕子さんの最後の証人という小説を読んでいたら こんな 言葉が 出てきました。

「誰でも過ちは犯す。しかし、一度ならば過ちだが、二度は違う。二度目に犯した過ちはその人間の生き方だ」と。

なんだか 読んだときに こころに 言葉がとまりました。

誰でも 性格はなかなか かわらないと思います。

しかし 毎日 生きていて しまったな と思うことは いくらでも ありますが、それを反省して次につなげていくかどうかは 大切なように思います。



 

年末の第九コンサート

2022年12月21日 | 音楽
12月16日 名古屋フィルのベートーヴェン第九を聴きに行く。

会場は愛知県芸術劇場コンサートホール。

会場の入り口を入ると 女性の係の方が 後ろから 追いかけてきて 「すみません 検温お願いします」とおっしゃった。

「はい」と言って立ち止まると 女性は 僕の手首のところに 検温の測定器をあてるのだけれど 測定器が反応しない。

セーターの上から 測定器を当てているからだ。

たぶん とっさに 「セーターをまくってください」とは言いにくいのだと思う。

「手首で検温ですね」と僕は言って セーターの手首をまくると そこに 女性は測定器をあてて 無事に検温が 終わった。

やれやれ。

たぶん 入り口の 外で 検温をするべきなのだろうけれど 僕が 自動検温の機械をスルーしたのか それとも 女性が 僕を 見落としていて 追いかけてきたのか それは わからない。

でも 後ろから 係員の方に 声を かけられると ドキッとすることは 事実。

特に 僕のように 過去の人生で 私服警官に職務質問されたり 機動隊の人に呼び止められてかばんの中をあけて見せるように言われたり カラオケの 店員に 自動支払機をスルーしたと 勘違いされて 大阪のなにわ筋通りを50メートルくらい 追いかけられたりした 経験のあるものは もう 警察官や 警備員 会場係員は ちょっと 苦手 という意識があるので より ドキッとしてしまう。

まあ 女性の係員の方も 遠慮があるから 僕に セーターのそでをまくれ とは言えなかったのだろうけれど、、、。

こういうところにも いわゆるコロナ禍というものは 終わっていないな と 感じてしまう。
キープディスタンスの シールが床に貼ってある一方で 混雑してくると 「おつめに なってください」と係の人が みんなに 声を かけているのを きくと やはり キープディスタンスと言っても ここは 国土の大半が山で 平地は人口密度のたかい 日本だな と思ってしまう。

さて 今回 指揮者はオーラ ルードナー という 外国の方だった。

久しぶりに 外国人の指揮者でオーケストラを聴くなと思う。

最初に演奏されたのは ラーションの シェイクスピア劇のための4つのヴィネット「冬物語」 作品18

演奏の 冒頭で チェロの音がいきなり ゴーっと 聴こえてきて ああ ベートーヴェンの田園の始まり方のようだ と思った。

ベートーヴェンの 田園も 最初の チェロの音が ゴーっと割とはっきり 聴こえるタイプの演奏がある。 僕が知っているものでは フルトヴェングラーが1952年ころにウィーンフィルを指揮して たぶん スタジオで録音したものが そんな 感じだ。

さて、名古屋フィルの演奏が進んで 弦の柔らかい音に乗って 木管が渦巻くように盛り上がっていくところがあったけれど そこを 聴いて うーん なんだか スメタナの モルダウのような盛り上がり方 と思った。

もう 年齢が60歳になると 自分が過去に聴いた音楽が 頭に いろいろ 浮かんできて 連想のお花畑のようになってしまう。

このように 冒頭付近のことは 二日たった今でも覚えているけれど そのほかのことは 忘れてしまった。

ただ、 最初に なんだか 田園の始まりのようだ とおもった その 第一印象が 僕には 大きくて 全体に 心が和むタイプの音楽だったように思う。

なんだか よかった。

次に ベートーヴェンの交響曲第9番が演奏された。

演奏は ピリオド奏法 あるいは ピリオド奏法的 と言うのとは 違うと思うのだけれど テンポが速くて 引き締まった感じのものだった それは 第一楽章から 第三楽章にかけて 言えることだったと思う。

第二楽章で弦楽器の音が 細かく動くところ そして 第四楽章でウィキペディアの楽曲紹介に『Alla marcia Allegro assai vivace 変ロ長調 8分の6拍子
"Froh, wie seine Sonnen"
行進曲である。

それまで沈黙を守っていた打楽器群が弱音で鳴り始め次第に音量を増し、その上を管楽器が「歓喜」の主題を変奏する。

続いて、テノール独唱が「歓喜」の主題の変奏の旋律で"Froh, wie seine Sonnen"「神の計画」を歌い、それに男声三部合唱(第1テノール、第2テノール、バス)、続いて管弦楽の伴奏が力強く重ねて入ってきて一つの頂点を作る』と書いてあるところで その 管弦楽の伴奏の音が細かく動くのだけれど それらの細かい音の動きの弦楽器のアンサンブルが 引き締まっていて 聴いていて 気持ちが 充実するのを感じた。

それで 上記の第二楽章の 弦の音の細かい動きのところと 第四楽章の弦の音の細かい動きのところを心の中で歌ってみて気づいたのだけれど 基本のリズムの形が 同じになっている。

この歳になってそれに はじめて 気づいた。

気づくのが遅いかもしれないけれど 何度聴いても 新しい気づきを与えてくれる点で やっぱり ベートーヴェンはすごいな と思ってしまう。

そして そういう気付きの きっかけを与えてくれるのは 生演奏だということにも気づく。

家で 漫然とCDを聴いているとなかなか気づかないで終わってしまう。

そして、こういう 楽章間のリズムの 整合性など 曲全体に心を配る姿勢が きっとベートーヴェンは極めて卓越していて それゆえに 様々な作曲家に与える 影響力も大きいのだと感じる。

ずっと オーケストラの方に視線をやっていて 第四楽章で なんだか 合唱の声が くぐもった感じだなあと思って 高いところに目線を移すと 合唱団の人は みんな マスクをしていた。

うーん こういう ご時世だから 仕方ないと 思いつつも 残念 と感じた。

確か 定期演奏会で マーラーの復活を やったときには 合唱団は マスクをしていなかったように思う。

なので 今回は マスクなしで すると 思っていたけれど やはり いろんな 事情があるのだろう。

こういうご時世に 書いては いけないことかもしれないけれど コロナを 忘れたくて 第九のコンサートに 行っている という面も あるのに 逆に マスクの合唱団を見て コロナを 思い出す 結果に なってしまった。

第九は 録音でも 生演奏でも 何度も 聴いていて マスクをしないときの 響きが 耳に 残っているから やはり ギャップを感じてしまうな と思った。

プログラムの楽曲解説の 第三楽章の紹介で 「(第三楽章の)後半に『目覚めよ』という警告のようなファンファーレが鳴り響く」と書いてある箇所がある。

そのような 箇所を はじめとして 第一楽章から 第三楽章まで 金管楽器の音が 抑え気味になっているな と思う場面が 何度かあった。

それも ひょっとしたら 合唱団が マスクをするから 指揮者の方が 演奏全体を通しての バランスを 考えて 金管を 抑え気味にしたかもしれない と ちょっと深読みをしてしまった。

第三楽章までで 高らかになる 金管に 耳が 慣れてしまうと マスクをした 合唱の声が より 小さく 聴こえてしまう可能性があるから、、、。

ただ、 マスクをすることの デメリットとして 音量的な ことだけではなく 細かい表現が できなくなってしまうこと が ある。

ひょっとしたら 音量的なことよりも 細かい表現が マスクで妨げられる と言うことの方が 個人的には 気になったのかもしれないと思う。

たぶん これで 3年連続で マスク着用の 第九を聴いたような 気がする。

あるいは マスクなしで 合唱団の人も また その 関係者の方も 何も気にすることなく 第九を歌えるようになった時が コロナ禍 が 終わった時なのかもしれないと思った。

そういういみでは やはり 第九は 象徴的な 音楽だなと思う。

コロナが収束し マスクなしの 第九を 聴ける日が 来ることを 祈りたい。

それは ともかく いちにち いちにち 無事にすごせますように それを 第一に 願っていきたい。

■残酷な天使のテーゼ
高橋洋子さんの「残酷な天使のテーゼ」をカラオケDAMの音源で歌いICレコーダーで簡易に録音したものです。

聴いていただければ幸いです。

リズムに勢いがあって好きな歌です。

↓「残酷な天使のテーゼ」をカラオケDAMの音源で歌いました。












昭和最後の取り組み

2022年12月16日 | 大相撲
YouTubeで千代の富士が昭和63年九州場所で連勝が53でストップした時の話題が出ていた。

連勝を止めたのは横綱大乃国。

大乃国は この頃 あまり 横綱としていい成績を残せていなかった。

そのことは 僕もよく覚えている。

この九州場所 千代の富士は14日目に14戦全勝で優勝を決めて 連勝も53に伸ばした。

翌日 千秋楽の対戦相手は 同じ横綱大乃国。

大乃国は その 14日目に千代の富士が優勝を決めた夜に 食事の席で 師匠の放駒親方にこんなことを言われたという。

「どうせ今のお前じゃ何をやっても勝てないんだから、せめてヒヤッとさせる場面はつくってこいよ」

“”どうせ勝てないから せめてヒヤッとさせる場面をつくってこい“”

動画で聴いた瞬間に 放駒親方(元大関魁傑)は 「勝て」 というと 大乃国が緊張して固くなるから 「どうせかてないから せめてヒヤッとさせろ」 と言ったことは 直観的にわかった。

もう それで どうせ 勝てないと 言ったに決まっている。

現役時代から 放駒親方のこと 見ているから わかる。

放駒親方らしい 愛情のある言い方だなと思った。

ところが この話には もっと 奥があることが 別のサイトを見ていて わかった。

2017年9月の 銀座蔦屋書店のトークイベントで大乃国が当時を振り返って こんな風に語ったことが 銀座蔦屋書店のサイトに出ている。


“”(千代の富士との対戦の)前の日の夜、師匠(元大関魁傑の放駒親方)が後援者とご飯を食べていて、私も隣で食べていたら、「明日、今のおまえじゃどうせ勝てねえんだから」って言われましてね。思わずご飯がつかえて、喉を通らなくなりましてね。

通らないどころか、食ってられませんよね。もう、さっとかき込んでさっと立ち上がって、「どうも」って言って部屋に行きました。部屋で、「とにかく明日は絶対なんとかしないといけない」と。

私は、「なんとかしなきゃいけない」って思っていただけなんですよ。ただ、部屋の師匠はなにを思っていたかというと、明日負けた次の千秋楽は、双葉山(ふたばやま)と並んじゃうから、なんとしても勝たなきゃいけない。

そういう計算が師匠の頭の中にちゃんと出来てたっていうのを後で聞いて、「ああ、恐ろしい話だ」と。あのとき聞いてたら、もしかしたら、負けてたかも分からない。それに震えちゃってね“”と。

計算すると その通りだ。

大乃国と 千代の富士は横綱同士だから千秋楽に対戦が組まれる。

千代の富士は 大乃国に勝つと54連勝になる。

そして 次の場所の千秋楽は 大相撲は一場所15日だから 54+15=69 となり もし大乃国が負けると その時点で 千代の富士は 神の領域と言われる双葉山の69連勝に並ぶことになる。

大乃国は 今の 高安と同じで 優勝がかかったりする相撲になると 固くなって なかなか勝てなくなってしまう傾向がある。

だから 強い割に 優勝回数は 少ない。

また 当時の 千代の富士は 誰も 連勝を止める人が いないというような 勢いだったから 大乃国が 負けると 次の場所まで 勝ち続けて 69連勝目で 大乃国とあたる確率も 高いと想定できる。

そこまで かんがえて 放駒親方が 「どうせ勝てないんだから せめて ヒヤッとさせろ」 と言ったかと思うと なんだか じーんと来てしまう。

「ヒヤッとさせろ」 というところが この言葉のミソで 勝とうと思わないで ヒヤッとさせようと思うと いわば 捨て身になって 思い切っていけるという効果がある。

言葉の持つ力は 大きいなと 思う。

何よりも 大乃国が 何年もたっても そのことを 覚えていることが その力の大きさの一番の証拠だと思う。

そんなことを考えていて 思い出したことがある。

昭和47年3月場所 魁傑は 長谷川と優勝決定戦を行い 敗れて 長谷川がこの場所は優勝した。

この場所 千秋楽の時点で 長谷川と 魁傑は3敗で並んでいた。、。

まず 魁傑が勝って3敗を守る。

次に長谷川が 土俵に上がる。

長谷川の対戦相手は 魁傑と同じ花籠部屋の輪島。

輪島は 長谷川に敗れた。

輪島が 長谷川に 勝ったら 長谷川は4敗になり 3敗の魁傑がすんなり 優勝していたのに、、、。

同じ 花籠部屋の輪島が 長谷川に敗れて 申し訳なさそうに支度部屋に戻ってくると
優勝決定戦にもつれこんだ魁傑は輪島に 「いいよ 俺 やるから いいよ」と言ったという。

それは その日 大相撲の 実況のアナウンサーが 支度部屋から 伝えていた。

僕は 当時 小学四年だったけれど かたずをのんで 相撲中継を見ていたから 今でも覚えている。

記憶違いだといけないと思って ネットで 昭和47年3月場所の星取表を見てみると やはり この場所の千秋楽の本割は 輪島と長谷川の対決で長谷川が勝っている。

自分で言うのもあれだけど 僕 記憶力いいな、、、。

本当に あの時の 魁傑は 優勝できなかったけれど 輝いていたなと思う。

「俺やるからいいよ」 って 輪島に言ったことにしびれたし、、、。

言葉や 思いが のちのちに 残っていく人って素敵だなと思う。

そりゃ 魁傑は 本当に 当時の青春ドラマの 主人公のような顔だもの。

やっぱり 顔と 性格は 関係あるな とも思う、、、。

ちなみに この場所 今 大相撲解説の 北の富士さんは 輪島にも 魁傑にも敗れている。 長谷川には 勝ったけれど。

本当に 北の富士さんの 調子が悪かったから 昭和47年は 横綱以外の優勝が多い年だった。

そういう意味では 令和4年と似ているともいえる、、、。

なつかしいな。

ちなみに 昭和は64年の新年早々 天皇陛下が崩御したので この昭和63年九州場所の大乃国の勝ち星が 昭和最後の 大相撲の勝ち星になるという。

それは ともかく いちにち いちにち 無事に過ごせますように それを 第一に願っていきたい。








名古屋フィルの定期演奏会に行く

2022年12月13日 | 音楽
12月10日は名古屋フィルハーモニー交響楽団の507回定期演奏会を聴きに行く。

会場は愛知芸術劇場コンサートホール

指揮 川瀬賢太郎さん

最初に演奏されたのは 武満徹 波の盆

武満徹と 聴いただけで これは 退屈だぞ と思っていた。

けれど なんだか クリスマスファンタジーのような 感じで いやあ 波の盆 というタイトルだけれど お盆ではなく クリスマスのファンタジーか? と思いながら聴いていた。

小林研一郎さんがよく アンコールでされる ダニーボーイに弦楽の響きが似ているな と思う場面もあった。

武満徹だけれど 寝ないで聴くことができてよかった。 


次にサックス上野耕平さんで
リュエフのサクスフォン小協奏曲作品17が演奏された。

初めて聴く曲だし 現代という言葉の定義をよく知らないけれど まあ 現代の曲だし あまりよく覚えていない。

最終楽章 つまり 第三楽章がプログラムには 生き生きと、とても律動的にとなっている。

その 律動的な 音楽の旋律が なぜか どこかで聴いたことがあるような気がした。

なんか 聴いたことがある気がするぞ どの曲だろう ショスタコーヴィチか いや 違う どの曲だろう いやあ 思い出せない と思っているうちに 音楽が終わった。

・・・・・
最近 近眼に加えて 老眼も 進んできている。
 
なので プログラムが よく 見えなくて 前半は この サクソフォン小協奏曲で終わりだと思っていた。

しかし、サックスの 上野耕平さんがステージのそでに引っ込むと ステージにたくさんのオーケストラ奏者が出てきた。

いやあ これは コロナだから 休憩なしで 今日のメイン シベリウスの交響曲第五番をやるんか と一瞬思ってドキッとした。

そうしたら そうではなくて 上野耕平さんが楽器を一曲目より細いものに持ち替えて ステージに出てこられた。

それで もう一度 プログラムに目を凝らすと

坂田直樹作曲 盗まれた地平 ソプラノサクソフォンと管弦楽のための となっている。

そうか 前半にもう一曲あるんだと安心した。

そして あの 細い楽器が ソプラノサクソフォンかと思った。

曲は 初めて聴くことだし よく覚えていない。

スーッと音が鳴って ピーっと鳴って 最後に 仏壇の鐘のようにチーンと鳴る。

そんな 感じの場面もあり 指揮者は こういう時 どうやって振るのだろうと思ってみたけれど よくわからなかった。

20分の休憩をはさんで次に演奏されたのがシベリウスの交響曲第五番 変ホ長調

第一楽章
冒頭のホルンのぼわーっという響きに続いて木管が出てくる。

ここは 目を凝らしてステージを見ていると 2本のクラリネット 2本のオーボエ 2本のフルートという具合に それぞれの木管楽器が2本セットで しみじみと響く和声を作りながら 木管全体としての音を構成しているように 見えるし また 聴こえる。

本当に シベリウス音楽の木管の響きは 美しいなあと思った。

音楽が静かになる部分で 弦楽器が 波のような音を作りながら それを バックに ファゴットなどの木管が 音を奏でるところがあったけれど その 弦楽器の静かな音の波が プログラム前半の 現代音楽の音の動きに通じるようなものがあるように聴こえた。

(プログラム前半のどの曲だったか忘れてしまったけれど。なにしろ現代音楽なので、、、。)

そして やはり シベリウスって 20世紀の作曲家なんだなあと 思った。

こういう音の動きは 家でCDを聴いていても 気づかずに終わってしまうので やはり コンサートはありがたいなと思う。

音楽が律動的になって トランペットが なると うーん これが 北欧の光か と思ったり いや なんでも北欧の光に結び付けるのは 短絡的か と思ったりしながらそれを聴いていた。

でも こういうところの 金管の 響きは フィンランディアの きらきらした 響きを思わせるものがあることも また 事実だと感じた。

第二楽章

ここは 弦のピチカートが印象的。

ショスタコーヴィチの5番の第二楽章もそうだったけれど 今年の名フィルの定期は 第二楽章で ピチカートが印象的な曲が多いのか と思った。

コンサートで聴くと 音の分離がよくわかるので 聴いていて わくわくする。

音の掛け合いがうまい 演奏だと思った。

ただ、ピチカート以外のことは 一晩寝たら忘れてしまった。

まあ 牧歌的な 音楽だったとは思うけれど。

第三楽章
ホルンがプログラムの楽曲解説に 振り子のように揺れるモチーフと書いてある旋律を奏でる。
この旋律は 3つの音を単位にしているように 僕の耳には 聴こえて その 3つの音が延々と連続して続いていくように思えてくる。

ベートーヴェンの月光ソナタの第一楽章のように、、、。

そういえば 秋に 名フィルの定期で聴いた プロコフィエフのバイオリンコンチェルトでも3つの音を一単位にして ずっと 続く場面があったっけ などど 思いながら それを聴いていた。

僕自身 同じパターンを繰り返しがちな性格なので 同じ音のパターンが続くと なんだか 心が落ち着く気がする。

この楽章は 第一楽章よりもさらに 細かい波で 弦が 音を奏でる 場面があったけれど そこで かなり 小さい音が出ていた。

ああ、 音を小さくすることを意識しているんだな と思った。

けれど 小さくて かつ スリリングなら もっと 息をのんだと思うけれど うまく 音を絞っているな とは 感じたけれど そこに スリリングさが加わればもっとよかったのに と思いながら 聴いていたことも また僕にとっては事実だった。

曲の最後は 6つの音を 打楽器的に鳴らして終わるのだけれど その 6つの音は かなり長い間隔を置いて 奏でられる

その間隔で 指揮者の ブレスの音が かなり 聴こえた。

ああ ブレスの音が聴こえるほど 指揮者が集中しているんだな と思ったけれど その割には 出ている音は ちょっと ふやけた感じのところもあり 指揮者の気合の空回りか それとも オーケストラが 指揮についていってないか ちょっと微妙 という感じで演奏が終わった。

でも シベリウスの5番が生演奏で聴けて良かった。

シベリウスのシンフォニーはベルグルンドさんと クルト ザンデルリングさんの全曲集を持っていて 結構 家で聴くことは 多いのだけれど、生演奏は2番は 数えきれないくらい聴いているけれど そのほかでは1番を 大阪センチュリー交響楽団の定期演奏会で聴いた記憶があるくらいだ。


ショスタコーヴィチの生演奏を聴くと やはり 20世紀の音楽は CDで聴いていても聞こえない音がいっぱいあるな と思う。

シベリウスも 5番を聴くと やはり 生演奏でなければ聞こえない音がたくさんあるなと思った。

帰りは 駅まで歩いたけれど もう 街は クリスマスのモードだった。

■クリスマスイブ
山下達郎さんの「クリスマスイブ」をカラオケDAMの音源で歌いICレコーダーで簡易に録音したものをアップロードします。

聴いていただければ幸いです。

日本のクリスマスソングでたぶん 僕は この歌が一番好きと思います。

いろんなところで聴いた記憶がありますが 関西でたぶん京都から大阪に向かって、夜に自動車を運転していてラジオから流れてきたときに 特に いいな と思いました。

↓山下達郎さんの「クリスマスイブ」をカラオケDAMの音源で歌いました。