今年もこの日が来た。
まいこを失くしてから
苦しみや悲しみや虚しさや
何年経っても命日症候群に襲われる。
進歩ないな、、
でも今年は病気療養中で
あまり外にでないので
秋の空や、空気感や、
暖冬のおかげでいつも感じる
12月に続く季節感を感じず
気持ちが穏やかだったような…
あの日…
物言わぬ姿で布団に横たわるまいこに
「まあちゃん、ねんね」と
片言で喋っていた1才半だった孫が
春には大学生になる。
そして今、振り袖選びに奔走している。
17年の年月。
まいちゃんが使ってた
CHANELのトート欲しいな。
まいちゃん、教科書詰め込んで
通学に使ってたたんやろ、、
ママが言ってたよ、
私も使いたい。
そんな事を言う。
あの小さかった孫が大学生。
そう思うと17年の歳月の長さを感じる。
ねぇ、おかーさん
そう呼んでくれる孫の姿が
一瞬まいことダブルことがある。
そうか…17年か、、
よく生きてきたなと思う。
まいこは先日36才になった。
お仏壇の前でハッピバースディを
歌う孫たちの姿に
微笑ましく、切なく…
まいこを失くしてから
苦しみや悲しみや虚しさや
たくさんの感情の中で生きてきた。
それでも、
幼かった次男が独り立ちするまで
頑張ろうと
それだけを思い夫婦で踏ん張ってきた。
その次男も親の心配もよそに
運命の人に出会い、
さっさと結婚して独立し
一児の父になった。
私たち夫婦は
子供に迷惑を掛けないように
余生を過ごすことを目標に
断捨離をしたり
終活を始めた。
折に触れ子供たち家族が集う。
長女家族、長男家族、次男家族
3組の夫婦に孫6人。
それはそれは賑やかで
でも、本来ならそこに
まいこの家族もいたはずで
それを思うと心がざわつく。
夫の持論は、
まいこを失くしたことは
大きな悲しみで
不幸でしかない。
でも、
だからといって自分が不幸かといったら
決してそうではない。
まいこのことを覗けば
幸せじゃないか、、
そうなのだろう。
決して私も不幸ではなく
幸せなんでしょう。
今でも、まいこの代わりに
おかあさんと
そう呼んで慕ってくれる
まいこの友達がたくさんいる。
この命日を前に連絡をくれる
友達がたくさんいる。
それも、幸せなこと。
たくさんの
まいこに関わってくれた人達が
私に関わってくれる。
有り難いと感謝しています。
いつ自分の命が終わってもいいと
そう思って生きている。
私の経験がまいこの経験になる。
私の感動がまいこの感動になる。
私の幸せがまいこの幸せになる。
そう言ってくれた友がいる。
だから、
私は日々を能天気に生きる。
小さな楽しみ見つけて行動する。
今の私には
凄い~も素敵~も
楽しい~も何でもあり。
私は
たくさんの思い出を抱えて
まいこの所に行きたい。
そして出来ることなら、
「おかーさん、がんばったやん」
まいこに言ってもらいたい。
今はそう思ってる。
私の1年が終わる。
また新たな1年が始まる。
何年経っても私にとっては
1年の括りはまいこの命日。
たくさんの方に寄り添って頂き
ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
私なりの18年目を生きていきます。
まいこママ
17回目の命日に。