天気予報は晴れを予測していなかった。実際の空も朝から雲の比率が多かった。だから今日は星を撮る気などさらさら無く、丘に向かう車には修理を終えた小さいほうのカメラをテスト用に載せているだけだった。なのに、草刈りの後大工仕事をしようと準備を進めながら、ふと窓の向こうの西の空を見ると細い月が掛かっている。雲も少なくなっていた。
あれ、今日は撮れるのかな。カメラを持ってデッキに上がる。なんだこれは。どこを触ってもペタペタしている。隙間から海水交じりの雨水が吹き込んだのだ。やれやれ、かつてのデッキは見る影もない。ちゃんと掃除しなくては。
そう思いながら水を含んでずっしりと重くなった屋根の妻を開くと、西の空には月だけでなく明るい星が二つ輝いていた。明るいほうが最大光期を迎えた金星。暗いほうが遠ざかりゆく木星だ。そう、美の女神ビーナスと大神ゼウス、それに月神アルテミスのそろい踏み。美しい光景だ。
え、撮れそうじゃないか。でも何も準備していない。カメラは一つ。そしてレリーズも持って来ていない。仕方無い。セルフタイマーを使おう。そう思いながらとりあえず三脚を出して西の空の3人の神様を捉えた。
次に何を撮ろう。先に沈む月かな、えっと、使える望遠鏡は今8センチしか無い。あわてて屈折望遠鏡に付いていたウェブカメラを外してアダプターと取り換え、小さいほうのカメラCANON EOSkissX4を取り付ける。そうして撮ったのが一番上の写真だ。月齢は2.4。以前「細月」と名付けた時の月、月齢1.5には及ばないがなかなか美しい。
さて次はやっぱり金星かな、高度が下がると大気のメラメラでまた撮れなくなる。そう思いながらファインダーに金星を入れてカメラのモニターを覗いた。そして…
あれ、惑星はどんなふうに撮るんだっけ。長い間撮影をしていない。細かな作業をすっかり忘れていた。どこがジャストフォーカスかもつかめないながら、グニャグニャ揺らめく美の女神を十数枚撮影して重ね合わせたのがこれ
だめだ、大気プリズムの補正すら忘れている。そう、もうずいぶん前から天文ファンではなくなっている。被写体の導入方法も、一眼レフのモニター画面の使い方も、すっかりどこかに置いてきていた。悪戦苦闘しながら無駄な時を過ごすうちに、月は山陰に隠れようとしていた。これはまずい。拡大投影法で接眼鏡の前に取り付けていたカメラをいったん外してTリングと呼ばれるカメラのアダプターを接眼鏡と取り換え、改めて直焦点法で月を狙う。
ああ、もう少し早く気付けば。臍を噛みながらシャッターを切った。ああ、カメラが二つあれば一つは三脚の上に載せたままで風景を撮り、もう一つのカメラを望遠鏡に繋げる事が出来るのに。