職場で掛っているテレビが朝からずっとこのフレーズを繰り返していた。「442年ぶり」
皆既月食自体は去年も見られたし、それほど珍しくはないが、今回は皆既中の真っ赤な月が天王星を飲み込むと言う。そんな話は考えた事も無かった。皆既月食の月が惑星を隠す惑星食が442年ぶりだと言うのだ。見てみたい。見られるかな。デスクに有るパソコンで気象庁の半日後の予想天気図を見てみた。移動性の大きな高気圧が日本列島を覆う図が表示されている。晴れるんだ。それも快晴。撮りたい。いや、肉眼でも良いから見てみたい。
ただ今日は平日だ。仕事が終わってからみかんの丘に上がっていたのでは間に合わない。仕方が無い。去年同様岡山の自宅かその近辺で撮るしかないだろう。天体シミュレーションソフトによると天王星の光度は5.6。真っ暗な空なら肉眼で見られるが街中に近い我が家では無理だ。
頑張って仕事を片付けたつもりでも職場を出たのは午後6時過ぎだった。東の空を見ると左下がすでに薄暗くなっている。急いで家に帰って機材を組み立てようとしたが、撮影に使おうと思っていた8センチフローライトを出してきたが、カメラを繋ぐアダプターもTリングもどこにしまったのか見つからない。そうこうしているうちに時刻は6時半を回ってしまった。仕方が無い。去年使ったファミスコ60をカメラに繋いで庭に出た。月はもう半分以上欠けている。とりあえず手持ちで撮影。
道に出て撮影できないかと思ったが、我が家の前にはかなり大きなショッピングモールが有る。しかもその看板の灯りが深夜まで煌々と辺りを照らしているのだ。
仕方無く庭に戻って三脚を立てた。月食の時いつも思うが、月の動きは結構早い。空を眺めているうちに月はどんどん形を変えていった。
そして、午後7時21分ごろ、月はどっぷりと地球の影に入った。それまでの20分の1のシャッタースピードでは暗すぎる為、露出を6分の1まで延ばす。するとカメラのモニター上に真っ赤な月とその周りの星々が見えてきた。お目当ての天王星も月の直径と同じくらいの距離で左下に見える。
その天王星に真っ赤な月が近づいて行き、太陽系7番目の惑星は餅つき兎の臼にあたる湿りの海に近い縁に飲み込まれていった。
口径6センチのプラスチック鏡筒のファミスコ60。もっと高価な望遠鏡も持っているのに、今回もこの子のお世話になってしまった。赤道儀も、大口径望遠鏡も、我が家から20キロ以上離れた丘の上だ。最近は行く事も叶わないでいる。そう言えばこれを撮影した一眼レフも長い間手にしていなかった。レンズ交換の必要が無ければコンデジを、そしてあえてズームしなければスマホを使ってなんでも撮る日々。それで良いのかと自問してみるが、もう少し自由な時間が欲しい、心に余裕が欲しいと、情けない心の言葉が返ってくるだけだ。