望遠鏡もコンピュータも取り外し、荒れ放題になっていた竹取庵にひとつの朗報が届いた。「娘の友達がお星さまを見たい言うんです。宜しいでしょうか。」
竹取庵の土地を無料で貸してくれている家の娘さんからの依頼。え、今の観測デッキは星は疎か、ゴミだらけで入ってもらえる状態じゃない。と思いながらこれは良いきっかけだとひそかに喜んだ。
「宇宙に続く丘」として20年以上造り続けてきたみかんの丘の竹取庵は、家の事情で建設が止まって観測デッキの屋根も長い間開いていない。主砲のはずの45センチかぐや姫はスズメバチの攻撃を受けて分解する羽目になり、ほかの望遠鏡たちも取り外して岡山の家に持って帰っていた。ただ、心の中ではこれで良いのだろうかといつも思っていたのだ。そこに舞い込んだこの依頼。土地をただで貸してくれているだけではない。みかんはもちろん、いつも野菜やブドウを分けてくれているこの家の人達。その家の依頼を断るわけにはいかないだろう。そうだ。それは絶対にダメだ、と有りもしない義務を自分に課して再び観測デッキの整備が始まったのが今月初めだった。
仕事のほうは実は一年で一番忙しい時期にあたっている。なので休みでも職場に出ていたが、その分寝る時間を減らせばいいだけだと、ホームセンターで資材を買い込んで丘に上がり、デッキに新しい床を張りながら積もりに積もったゴミや埃を取り除いていった。そしてその作業が完了しないまま来客を迎える日が来てしまったのだ。それでも何とか赤道儀に20センチ反射と8センチフローライトを取り付け、その横に10センチと8センチの双眼鏡を並べる事が出来た。
ただ、心配していた空は台風5号の影響で完全なべた曇り。夕方まで覗いていたおぼろ月も約束の午後7時半までにはすっかり姿を消してしまった。どうしようと思いながらデッキにお招きしたのだが。
お客様たちはこの手の施設を見るのが初めてらしく小さなことでも喜んでくれる。中でも屋根を開ける時には歓声が上がった。そして、僅かに見える瀬戸内海対岸の小豆島の灯りを双眼鏡で眺めたり、望遠鏡が動くさまを喜んだりしてくれた。
本当ならこの夜は十日月の表面の虹の入り江やコペルニクスクレーター、南極を埋め尽くすあばたたちを楽しんでもらうつもりだった。
月齢10.6。この夜見えたはずの月です。
また、もしもう少し居てもらえたら、東の空から昇ってくる接近中の土星も楽しんでもらえたのに。本当に残念でならなかった。
ただ、天気だけはどうにもならない。星は何時がきれいなのですかという問いに、秋ですよ。気流が穏やかな晴れ夜にまた来てください。とお答えしてお開きとした。次の機会。それまでに観測デッキをもっと進化させます、と約束をして。