観測デッキで星を撮らなくなって丸一年が過ぎていた。
仕事が忙しい、家で片付けなければならない事が山積している、体力が落ちた、理由はなんとでも付けられる。しかし一番の原因は星を撮りたいという心が折れていたことだ。その心を無理やり奮い立たせようと僕に思い至らせたのは太郎の死と2本の苗木だった。
竹取庵には月に一度くらい入って大工仕事をしていたが、観測デッキはスズメバチ騒動以来荒れ放題だった。外壁もそろそろ塗らなければ防水が怪しくなっている。そんなある日、材料を買いに入ったホームセンターで苗木に目が留まった。「さくらんぼ」だ。みかんの丘には枝垂桜の木が4本ある。今年も綺麗な花を付けてくれたが、周囲のみかんは娘さん夫婦が多忙な事も有って弱っていた。何とか畑に賑わいが欲しい。そう思っていた矢先のさくらんぼだった。
さっそく買って丘に上がり、遅咲きの紅の木の間に穴を掘って植える。
さくらんぼは二種類。一種類では実が付きにくいと説明書に書いてある。苗木の勢いは良いが、どれほど経ったら実が付くのだろう。まあ、何年掛かっても良い。これで楽しみが増えた。毛虫に気を付けなければ。
竹取庵の建て増し部分は、たまにしか行かないとは言え、少しずつ進んでいた。
寝室となる部屋のフロアーも7割以上上張りが出来、塗料を塗る直前まで来ている。これが終わればこの部屋へのアプローチと階段、そして二階だ。その二階、観測デッキこそ、この竹取庵の心臓部であるはずだ。にもかかわらず、すっかり荒れて全く機能していない。主砲かぐや姫も分解されて休眠していた。
以前僕がそこで星を撮っていると、太郎が夜中でもやって来て下でクンクン鳴いていた。星になった太郎はきっと、このデッキの屋根が開いて僕が見上げるのを待っているだろう。そう考えるとぼんやりしている事に罪悪感を感じ始めた。早くしなければ。どうせするならこのデッキを改装して気密性を高めよう。材料は以前職場に繋がりのある大工さんにもらっていた。錆止めや断熱、交流直流の電気配線もしなくては。増築部分をそのままにして二階に上がった。
すっかり傷んだタイルカーペットをはがして作業を始める。根太になる松の材もフローリングもプロの物だけにシワリが無くて造作しやすい。赤道儀を載せたポールとの間に隙間を作りながら材料を置いて行く。白いフローリングは電線やケーブルが通る部分だ。全部張れるのはかなり先だが、それが終わると電気配線をして壁に間柱を置き、化粧板を張り付ける。それが済んだら屋根裏に断熱材を張って天井材と照明を付ける。それと同時に移動屋根と壁の間に可動式のクッションを入れていくつもりだ。すべてが終わるとかぐや姫の再建が待っている。
完成はいったい何時になるんだろう。この茫々としたアバウトな計画に心が温まる。遠のいていた宇宙(そら)がまた身近に感じられるような気がした。
心地よい疲れを感じながら作業してゆくうちに陽が西に傾く。せめて春霞の空でもとカメラを用意していたが、時折冷たい雨も落ちる空がもうお帰りとささやいていた。
判ったよ。でもまた還ってくるからね。早いうちに…
宇宙(そら)に続く丘ホームページ :http://taketorian.org/
さくらんぼ実るの楽しみなのデス♪